第17-3話 想定外の展開

 警察署に戻りつつ、俺は車の中でサルーン氏との聞き取りについて、考えていた。

 サルーン輸送は、スティール船舶と契約を結び、しかも何度も繰り返されている。サルーン氏はそれが正当な契約だし、法的に問題はない、と言っていた。

 実際、そうだろう。

 帳簿を見せてもらったわけではないが、サルーン輸送は風前の灯に見える。

 事務所の古さもさることながら、どうやら事務員はあの女性一人しかいないらしい。運用している輸送船は四隻で、ヒマッカを中心に食料品を輸送していると話を聞いた。

 サルーンくんの失踪に関して、サルーン氏は相当、堪えたようで、そのことを尋ねると顔を歪めて、長い時間、目をつむって俯いてから、ポツポツと話した。

 息子が失踪する理由がわからないし、何の相談もなかった。人間関係に悩んでいるようでも、金銭で困っているようにも、何も感じなかったという。

 そういう痕跡を警察が必死に探しているわけで、ここでサルーン氏から新情報が出るわけもなかった。

 失踪前にいつ会ったかだとか、どんな話をしたかだとか、定番の質問で様子を見たが、サルーン氏が何かを隠したり、話をはぐらかそうとするような動きは、全くない。

 そこにいるのは、意気消沈した父親の姿だった。

「息子さんはどうしてこの会社で働かなかったのですか?」

 質問のネタの一つとして考えていたものを、俺はぶつけてみた。

 その質問を受けてサルーン氏は、わずかに顔を歪めた。

「母親を失ったからでしょうな」

「どういうことですか?」

 これだけが、報告書にもない情報だった。

 答えは簡潔だ。

「旅行中に宇宙海賊に襲われたのです」

 捜査員が報告書に書かなかったのは怠慢だが、しかし、これは自然なコースだった。

 宇宙海賊に身内を殺され、その仕返しとばかりに傭兵会社に協力する。

「本当は軍学校か準軍学校に入りたがっていました」

 まだ顔をしかめたまま、サルーン氏はそう言って、視線をどこか斜め上に向けた。

「私がそれを思い留まらせるのにどれだけ苦労したか、わからないでしょうね」

 俺は神妙に頷いておいた。

 結局、何もわからないまま、引き上げるしかない。

 警察署に戻ると、すでに二人の部下は戻ってきていて、書類を作っていた。

「何かわかったか?」

 自分の席に向かいながら尋ねると、シドーが端末を操作し、三人の前に電子データを展開させる。

「サルーンくんの仕事仲間で、彼と一緒に女を買いに行った奴がいます。その時の料金を、サルーンくんが払ったらしい」

 新情報だが、しょうもないネタだった。

「サルーンくんにはそういう癖がありました。誰かと遊びに行って、酔っ払うか何かすると、支払いを全部、自分で持ってしまう。癖と言ったのは、今日調べた限りで、そういう場面が四回、発見できました」

 俺はちょっと興味が湧いて、視線でシドーを促す。彼が端末を操作し、俺たちの前には電子マネーの使用履歴が出た。

「収入と支出はバランスが取れています。収入は基本的に、スティール船舶からですね。誰かの支払いを肩代わりするとしても、まさに癖というか、そういう精神の持ち主だった、というところに落ち着きますが」

「その交友関係を当たりました」

 今度はフェザが発言する。彼が端末に指を伸ばし、新しい立体映像が出現。

「彼が関係を持っている人間は、ほとんどがスティール船舶の社員です。それ以外は仕事上での関わりです。彼が奢る相手に、身内は一人も入っていません。こうなると、彼の癖は、癖ではなく、私的に取引相手を接待した、ということなのかも」

「つまり捜査は空振りってわけだ」

 俺の結論に、二人の部下は途端に疲れたように頷いた。

「報告書にまとめておいてくれ。いつか、役に立つかもしれない」

 そう言いながら、俺はシドーがすでに作り上げていたサルーンの収支一覧を眺めていた。

 支出が収入を上回ることがない。ちゃんと考えて金を使っているんだ。電子マネーの支払いの履歴を見れば、背広は安物を買っているし、食料品は安売りを狙っているようだ。安売りが宣伝されているスーパーでの履歴が大半だ。タバコも吸わず、酒もほとんど買っていない。

 そんな制限された支出の中で、ひと月に一回ほど、やや高い額の支出は、様々な料理屋や酒場の支払いで、これがシドーの言った、例の癖か。

 しばらくそんな履歴を眺めていた。

 彼の財産は順調に増えている。未来に不安なんてないだろう。

 そんなことを考えて何かが引っかかった。

 なんだ? 何か、気づけそうだ……。

 財産が増える?

 いや、違う。逆だ。

 そう、彼の父親のことだ。

 俺はもう一度、その帳簿をチェックした。彼の口座には、スティール船舶からの振込しかないのだ。過去の記録を遡る。口座の開設は五年前。えっと、彼の年齢は?

「サルーンは何歳だった? わかるか?」

 部下に尋ねると、シドーがすぐに答えた。

「二十五歳です」

「学歴は? 卒業はいつだ?」

「ヒマッカ商業大学です。四年制で、ダブってないので、卒業は二十二歳。えっと、三年前かな?」

 俺は反射的に立ち上がっていた。

「スティール船舶からサルーンの口座に、振込があるのは、古いのが五年前だぞ」

 シドーとフェザも気づいたようだ。

 こういう時、刑事っていう仕事の醍醐味がわかる。

「シドー、お前はサルーン氏にカマをかけて、スティール船舶とどういう関係か、探ってみろ」

「もう事務所は閉じてますよ」

 すでに日が落ちていて、時刻は十九時になろうとしている。

「家まで行け。カマかけに失敗しても、逃げ出さないように見張るんだ」

 立ち上がったシドーが部屋を出て行く。俺はフェザに歩み寄り、彼の端末を操作した。

「サルーンの行動で、スティール船舶の社員と余暇を過ごさない理由が気になる。もう一度、彼が関係を持っていた連中を確認して、それぞれの所在、仕事を確認しろ」

「わかりました」

「俺はスティール船舶に行く。まずは支部長を当たる。何かわかったら連絡をよこせ」

 部屋を出て通路を突っ走り、建物を出たら急いで警察車両に飛び乗る。携帯端末に入力しておいた情報から、スティール船舶の支部長の自宅の位置を引っ張って入力した。

 中心街に近い集合住宅だ。

 飛行車両はサイレンなしで、しかし優先権を確保して、道路を高速で走った。

 集合住宅にたどり着き、一階の玄関のロックに阻まれる。

 端末の通信ボタンを押して、管理用の人工知能に緊急を告げる。ロックが解除され、中に入った。エレベータを待つのももどかしく、階段を駆け上がり、例の支部長が住んでいる四階の角部屋へ。

 インターホンを押す。反応がない。ドアの向こうの気配を伺うが、何も感じなかった。

 不安と興奮が湧き上がって、俺は携帯端末を取り出した。集合住宅の管理会社に連絡を取り、今度は担当の人間相手に緊急を宣言して、遠隔操作で鍵を開けさせた。 

 ドアを開いて、中に飛び込む。

 そこには、誰もいなかった。

 片付いた部屋の中で、俺は顔をしかめて、部下に連絡しようとした。

 が、誰かから着信がある。シドーだ。即座に受ける。

「どうした? サルーン氏は?」

『それが』

 シドーの声が震えているのは、通信の乱れかと思ったが、違う。

『それが、サルーン氏は、見つかりません』

「見つからない? 自宅と仕事場、両方を当たったか?」

『自宅は無人です。今、例の事務所ですけど、誰もいません』

「ありとあらゆる知人を当たれ!」

 どうなっているんだ?

 俺はシドーにそれ以上、どう言っていいかわからないまま、改めて、自分がいる室内を見た。

 何か、そら恐ろしいものの影を踏んだような気持ちだった。




(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る