第17-2話 進まない捜査

 捜査開始から一週間で、俺たち三人は一点突破を狙うことにした。

 それは例のスティール船舶の営業マンを集中的に調べるという手法だった。

「え? サルーンさんですか?」

 スティール船舶の、ヒマッカ営業所に俺は一人で足を運んでいた。今頃、シドーとフェズはそれぞれにその営業マンのサルーンくんの生活その他を洗っている。

 俺を出迎えた受付はいい顔をせず、すぐにサルーンの上司と引き合わせたが、その上司はぽかんとしている。

「うちには辞表を出していますよ。失踪したと聞きましたが」

 上司はまだ事態が飲み込めない顔で、そう言った。

「辞表は手書き? それとも電子書類ですか?」

「電子書類です。個人署名入りで、本人からに間違いありません」

 そのことは俺も知っている。報告書にちゃんとあった。

 ただ、ここで少し押してみれば何か出てくるかもしれない。

「見せてもらえますか?」

「ええ、はい」

 彼は手元の端末で誰かを呼んだ。部屋は狭い応接室で、シンとしている。

 この沈黙は俺にはありがたい。相手へのプレッシャーになるだろう。黙っていることに、普通の人はなかなか馴染めないものだ。

「あの、どうして?」

 案の定、サルーンの上司だった男は、沈黙に負けたように尋ねてきた。

「どうしてとは?」

「サルーンくんは何か、事件に巻き込まれたのですか?」

 不安でいっぱいな口調だが、どうもサルーンの身に起こったことが不安の原因ではないように感じた。

「捜査中ですよ。あなたには影響はないですよ」

 そっけなく応じて、俺はまた口を閉じる。

 再度の沈黙。相手はハンカチを取り出し、こめかみや額の汗をぬぐい始めた。

 しかし、何か言う間もなく、ドアがノックされ、女性の事務員が入ってきた。手に端末を持っている。それを受け取った男が、素早く操作して、一枚の電子書類を表示した。

「これが、サルーンくんの辞表です」

 端末を受け取り、書類を眺める。

 警察に記録されていたデータと同じだろう。断ってから、自分の携帯端末と接続し、データをコピーしておく。念のためだ。

「ありがとうございます」端末を返しつつ、相手を上目遣いに見る。「サルーンさんはどんなお仕事を?」

「え?」

 相手は端末を受け取りつつ、また目を丸くする。癖なのかもしれない。演技っぽくはない。

「彼は、短期契約の斡旋をしていました。一日契約パック、というのが彼の担当でして」

「取引先のデータはありますか?」

 また端末が操作され、こちらに表が示された。

「あの、これは、社外秘ですから、コピーは……」

「ええ。今度は令状をもってきます」

 プレッシャーを与えつつ、電子書類を確認する。契約相手は、個人経営の輸送屋が多い。銀河帝国という広大な領域を、様々な物資が行き交う関係で、輸送屋はある種の花形なのだ。

 端末を返して、改めて質問する。

「サルーンさんに何か不自然な点はありませんでしたか? 誰かとトラブルになったり」

「いえ、非常におとなしい男でした。仕事も真面目にこなしていて、辞めたり、事件に巻き込まれるとは、思えません……」

「彼の出身地は?」

「彼はヒマッカ出身です。彼の父親は、輸送屋ですよ。この会社です」

 端末上で書類が切り替わる。確かにサルーン輸送とある。

「契約を結んでいるのですか?」

「それは、はい、他の企業の方と同じように、取引させていただいています」

 サルーン輸送のことも、捜査員が事前に調べて書類に書いていた。

 それからしばらく粘ったが、新しい発見はなかった。

 コーヒーをご馳走になって、俺はスティール船舶のヒマッカ支社の建物を出た。

 相手に警戒されないように、レンタルしておいた一般向けの飛行車両に乗り、走り出す前にシドーとフェズの状況をチェックした。

 シドーからの報告では、サルーンの部屋はすでに引き払われている。彼は地元の人間ながら、一人暮らしをしていたのだ。母親は死んでいて、父親は存命。兄弟はいない。その父親が、例の輸送会社をまだやっているということは、調べられている。

 シドーはサルーンが生活していた集合住宅の他の住民に当たっているようだが、サルーンと親しかったものはいないという。

 そのサルーンの交友関係の大半を徹底的に当たっているのが、フェズだ。彼からの報告を聞いても、やはり目新しい情報はない。

「スティール船舶とサルーン輸送、その二つからの筋を再確認してくれ」

 俺の言葉に立体映像で通信中のシドーとフェズが、露骨に嫌そうな顔をした。

『筋って、具体的には何ですか?』

「人間関係だ。同僚、取引相手、恩を売った相手や恩を返す必要のある相手、そういう関係性を全て洗え」

 二人は少しゲンナリした顔で、しかしちゃんと請け負った。

 俺は飛行車両を始動して、自動運転でサルーン輸送に向かった。

 ヒマッカの街の外周に近いのは、広い土地が必要だからだ。実際、サルーン輸送の事務所は都市の最外周にある。ここからなら郊外の発着場も近いだろう。

 だだっ広い空間のすぐ脇にある建物はボロボロで、強い風が吹いたりすると不安になりそうだ。幸い、今日は無風。どうやら所属する輸送船は残らず稼働中らしい。

 事前にアポイントメントを取っていないが、構うもんか。こちらは老人の一人息子を探しているのだ。

 中に入ると、中年女性が奥から出てきた。四十代か。

「サルーン氏とお話ししたいのですが?」

「ええ、ええ、事務所にいますよ。お名前は?」

 人当たりのいい、柔らかい口調だ。

「レッド・シュルームと言います。警官です」

 俺は手帳を見せた。女性は少し驚いたようだったが、すぐにその驚きを微笑みの下に隠し、

「こちらへ」と俺を招いた。

 スティール船舶の応接室も簡素だったが、サルーン輸送の応接室は、まるで取調室のような素っ気なさだった。飾り気のない小さい机と、パイプ椅子が二脚。このパイプ椅子は、もう五十年は現役を続けていそうだった。

 そこで待っていると、さっきの女性がお茶を持ってきた。紅茶だ。陶器のカップで、このカップも個性がない。

 さらに待っていると、杖をつく音ともに、その男性が入ってきた。

 席を立って、軽く頭を下げる。

「何かわかったかね?」

 低い声でそう言われて、俺は顔を上げた。

 がっちりとした体格。四角い顔の顎はヒゲに覆われている。片方の瞼はほとんど開いていない。頬に大きなシミがある。

 年齢は、六十を超えているだろう。

「息子について、何かわかったかね?」

 サルーン氏は言いながら椅子に腰を下ろした。ほとんど墜落するような感じで、パイプ椅子が激しく軋んだが、持ちこたえた。杖を手の中でもてあそびつつ、サルーン氏が億劫そうにカップに手を伸ばす。

 なんというか、他人を圧倒する気配がある老人だ。

 俺も椅子に座って、彼を改めてみた。

 強い視線が返ってくる。こちらも本気にならないと、飲まれそうだ。

「息子さんの件について、我々は改めて捜査しています」

「つまり、まだ進展はないわけだ」

 威圧的な言葉に、俺はどうにか笑みを返した。

 微妙にひきつっていたかもしれないが。




(続く)

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