SS第17話 影に飲まれるもの
第17-1話 失踪事件
その噂は聞いていたが、俺が担当するとは思わなかった。
「頼むよ、シュルームくん」
俺は特別本部長に敬礼して、特別本部長室を出た。もっとも特別本部長室というのは、小会議室のことだ。
特別本部長というのも、臨時で設定された役職だった。
俺はレッド・シュルーム。惑星ヒマッカの惑星首都で、首都警察に所属し、階級は警部補だ。
所属は特殊犯罪を取り締まる第四課だが、たった今、俺は新しい任務を与えられたわけだ。
その任務は、ヒマッカで起こっている失踪事件の捜査だ。
どうして俺に白羽の矢が立ったかはわからないが、とにかく仕事をしなくちゃいけない。オフィスに戻ると、俺の席のところで二人の若者が待っている。
「シュルーム警部補」
二人がこちらに敬礼する。若者は、シドー、フェズ、と名乗った。どちらも巡査長だ。どれだけのやる気か、これだけで知れる。
「会議室をくれるらしい」それは例の特別本部長から聞いたことだ。「第十二小会議室だ」
三人でそこに移動し、何もないために、備品をかき集めて、深夜になってやっとまともな状態になった。
部屋の真ん中に立体映像を表示させる。十名ほどの顔写真が浮かぶ。
シドーが十人の名前と住所を読み上げる。
俺が手元の端末を操作し、ヒマッカの地図を展開した。
十名は全員が惑星首都のヒマッカから、ここ二ヶ月で失踪した十人だ。
「組織犯罪とも思えないな」
また端末をいじり、失踪者の個人情報のリストを見る。
年齢は二十代から三十代。職業はまちまち。接点があっても、二人か三人で、全体に統一的なくくりは見当たらない。
「どこかの愉快犯が連続殺人をしているとか?」
フェズが気のない口調で言った。冗談なんだろう。
「どこかに繋がりがあるはずだ」
時計を確認すると、日付が変わりつつある。警察にも労働時間の制限がかなり厳しく設定されている。ただし、事件が労働時間を思いやってくれることはない。
「今日はこれで終わりだ。本部長がブチ切れる」
俺はそう言って全ての映像を消した。二人の部下が支度をしているところで、
「ちょっと飲んで帰るか?」
と、聞いていてみたが、「早く帰りたいんで」と「犬に餌をあげなくちゃ」という返事だった。まったく、誰が教育しているんだ?
結局、俺は一人でヒマッカの中心部にある、行きつけの居酒屋に向かった。
ほとんど営業時間が終わりだったが、店主は顔見知りなので、特に注文せずとも俺が好きな銘柄の酒を出してくれた。
「なんか、やる気がみなぎっているね」
店主がそんなことを言ったので、俺は目を丸くして応じておいた。
すぐに小料理の鉢が出てきて、これはお通しだ。
ちびちび飲みつつ、考えていた。
十人が失踪する理由とは何か。まさか、愉快犯とも思えない。実際、失踪した人間の住んでいた部屋は、きっちりと調べられている。血痕もなければ、それ以前に荒らされてもいない。
いや、三件は、わずかに部屋が荒れていた、と報告書にあったな。
他に共通点は、ほぼ全ての失踪者の部屋から、財布が見つからないことだ。
ここが微妙なラインではある。失踪者が、意図的に失踪したのなら、財布を持って出て行くだろう。逆に、物盗りの犯行という展開も、捨てきれなくなる。
もっとも、部屋を荒らさずに財布だけを手に入れる、ということは不自然すぎる。荒れている部屋、をどう捉えるべきだろうか?
明日になったら、もうちょっと現場検証の結果を確認しよう。
酒を二杯とちょっとした肴を食べただけで、酒場を出た。
惑星警察本部の建物に近い、集合住宅の部屋に戻り、その日はさっさと寝た。
翌朝は早く起きて、食事は途中でサンドイッチを買って、歩きながら食べる。考えているのは十人の失踪者のことだ。
これでも俺は仕事熱心で有名なんだ。
建物に入り、もちろんまだ誰もいない会議室に入った。
端末を起動して、現場検証の報告書を繰り返し読んだ。
やはり財布が見つからない。通帳がなくなっている現場が四件ある。通帳と言っても紙の通帳ではなく、データ通帳と呼ばれる小さなメモリーカードだ。
通帳がなくなっていることは、かなり遠回りして判明していた。
捜査を担当した刑事が、失踪者の財産関係をチェックした時、銀行とのやりとりで口座が開かれている、と知り、では通帳はどうなったのか? という疑問を解消するために動き、結果、通帳の紛失がわかった。
ただ、その筋での捜査は、四件で終わりになり、他の六件では通帳は現場に残っている。
荒らされていた三件は、何がなくなっているのか、よくわかっていない。
そもそもその三件は一人暮らしの被害者で、誰もその部屋が元々、どんな様子だったのか、部屋に何があったのか、知らないのだ。平均的な一人暮らしの生活スタイルを想像しても、何がないのかは、知りようがない。
携帯端末が七件でなくなっている。
この携帯端末の位置情報は厳密に調べられたが、それぞれの場所で信号は途絶え、その喪失地点を警察官が当たったようだが、すべて空振り。
ただ、ここだけ見ると、携帯端末が破壊されたり、バッテリーが切れたとか、そういう雰囲気ではない。
地図に信号が消えた地点を重ねて眺めると、川に捨てられたとか、土に埋められたとか、そういうわけではないとすぐ知れる。街中なのだ。
じっと地図を見れば、そのうちの二件は街頭に設置されているゴミ箱が近いとわかる。そこに捨てた可能性があり、その可能性はすでに検証されている。
当然、空振り。ゴミ箱には端末はなかった。
一件は何もない通りの真ん中で信号が途絶え、でもどうして信号が途絶えたのか、俺にも想像がつかない。
事件の可能性として、どういう展開があるか。
財布がない、通帳がない、ということを重く見れば、金目当てだが、どの被害者も富豪ではない。
被害者を拉致して、身代金を求めるという昔ながらの手法は、身代金を求める展開がないので、排除。
誘拐の可能性も、見返りがないので、ありえないだろう。
つまり十人が十人、自分の意思で姿を消した?
会議室のドアが開き、シドーとフェズが入ってくる。こちらを見て目を丸くしていた。
遅いじゃないか! と言おうとして、反射的に時計を見ると、始業時間には間に合っている。俺が早く来すぎただけか。
「おはようございます。早いですね」
そんなことを言いながら、二人が荷物を置く。すぐに仕事モードになったようだ。
三人で分担して、十人の失踪者の情報を確認した。俺はもう何度目かわからないほど読んだが、三人でそれぞれに報告書を読めば、何かに気づくかもしれない。
「この企業、傭兵会社ですね」
突然に、フェズがそう言って、手元の電子書類を忙しげに操作した。俺は彼の横へ行き、書類を見た。
「スティール船舶?」
スティール船舶という会社の営業マンが一人、失踪者にいるのだ。
「船舶会社じゃないのか?」
俺が尋ねた時には、フェズはスティール船舶の情報ネットワーク上の紹介サイトを開いていた。そのページには、「一日から契約可能」などと書いてある。その横には「もしもの時の保険も充実」とあった。
フェズが捜査を続けると、確かにその会社は傭兵会社だった。
一日からの契約、というのは、一日だけでも護衛任務を受けます、ということだ。
もしもの時の保険、というのは、宇宙海賊か反乱軍と戦闘になった時の保険、ということだった。
「とんでもないな。こんな会社があるのか」
俺がそういうと、フェズが苦笑いした。
「反乱軍やら宇宙海賊やら、銀河帝国も治安が悪い」
「下手なことを言うと、秘密警察に捕まるぜ」
俺がそういうと、フェズが肩をすくめた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます