第13-3話 臆病風

 レースの当日になった。

 予選はびっくりすることに五位だった。機体の性能が向上したおかげだ。

 ひょろひょろは三位につけている。

 レースはいつも通り、シグナルが青に変わって、スタートした。

 スタートは上々、早速一機をやり過ごす。これは異例だ。最初の四分の一のエリアでのオーバーテイクは滅多にない。

 複雑なコーナーを次々とすり抜け、他の機体の接触もない。むしろスピードが出るので、前を行く三位の機体、まさにひょろひょろの機体にぶつかりそうだった。

 理屈ではこちらが速くて抜けるはずだが、巧妙に抜くために必要なスペースを空けてもらえない。このあたりは相手も海千山千という感じだ。

 そのままコースは小惑星帯に突入する。

 ここで唐突に思いついた、ひょろひょろの後をついていけばいいじゃないか!

 即座にその作戦を実行に移す。

 が相手もそれを察知したのだろう、急制動をかけて、こちらを引き剥がす。

 仕方なく一機で小惑星の間を抜けていく。

 機体の反応はかなりいい、動きにもキレがある。

 小惑星帯を抜けた。

『今は五位だ』

 一機に抜かれたことが、整備士からの報告でわかる。

 スロットルを全開に。ここから惑星を半周するまでは、スピードエリア。

 小型の燃焼門が鉱物燃料を貪欲に飲み込み、推進器が爆発的なエネルギーを生み出す。

 前方に他の機体が見えてくる。向こうも全速で、それでもじれったくなるほど、ゆっくりと近づいてくる。

 操縦室のモニターを確認。相対距離を測定し、追いつく時間を確認。行ける。

 このレースでは自動操縦は認められない。なので操縦桿を握ったまま、片手で各種の計算を行う。燃料の残量、推進器への負担。

 わずかな機体の振動を感じて、フレームの疲労もチェックする。大丈夫。

 前を飛んでいた機体に追いついた。素早く抜き去る。その時には前方に小惑星帯が迫っていた。ここが勝負どころだ。

「例の奴はどこにいる?」

『三位のままだ。十秒前に小惑星帯に入っている』

 十秒なら、まだ引っ繰り返せる。

 小惑星帯に突入。無理するしかないので、もはや接触を恐れても仕方がない。

 警報が鳴り響くのを無視して、攻めていく。

 今にも破綻しそうな際どい機動の連続で、呼吸を忘れる。

 視界の中を次々と小惑星が過ぎ去り、また現れる。

 気づいた時には、小惑星帯を飛び出していた。

『二位だ! 奴を抜いたぞ!』

 整備士からの通信。

「奴の位置は? 詳細に!」

『まだ見えない、いや、すぐ後ろだ』

 後方を映しているモニターをチェック。確かにそこにいる。

 しかし最後の惑星四分の一周は、出力が制限される。

 ここで重要なのは、惑星の重力をいかに使うか、になる。

 惑星の重力を利用して、ゴールまでに加速を試みるのだ。スイングバイに近い動き。

 俺はぐっと、機体を下げ、重力をはっきりと感じた。

 後方では奴も機体の高度を下げている。

 これではチキンレースだ。

 しかし負けるわけにはいかない。

 高度計と速度計をチェック。

 おかしい。後ろにいる機体が近づいてくる。

 どうしてだ?

 間合いがなくなった奴の機体は俺の機体のすぐ下をジリジリと進んでいく。

 こちらもより高度を下げるべきか。

 しかし引力に引っ張られても脱出できる段階が終わるのを見誤れば、そのまま引力に捕まってしまう。

 引力計もチェック。すでに際どいラインだ。

 奴も同じ状況のはず、いや、向こうの方が厳しいのは確実だ。

 死ぬ気か?

 俺はここで、弱気に支配された。その時はそうとは思わなかった。

 しかし、間違いなく、弱気だ。

 奴は大気圏に落ちる、そう思っていた。

 順位が入れ替わる。しかし引力計は予断を許さない。

「死ぬぞ」

 思わず俺が呟く目の前で、相手の機体はじわじわと上昇し、俺の機体の前へ浮上してくる。

 ゴールはすぐそこに見える。

 見えるのに、俺のすぐ目の前に、奴の機体が位置を占めている。

 これ以上の加速は不可能。

 ゴールに飛び込む。

 三位だった。

 花火が打ち上げられる中で、俺はレースを振り返っていた。

 最後の瞬間、もっと踏み込んでいけただろうか。

 しかしそんな危険を、俺は受け入れられなかった。

 ただのレースだ。

 命を捨てるほどではない。

 でも、勝つためには命を捨てなくちゃいけないのか?

 表彰式の間も、ずっとそれを考えていた。

 宇宙基地に戻ると、ひょろひょろとその相棒がやってきて、俺は部品を手渡した。

「悪くないレースだったが、まぁ、結果は俺の勝ちだ」

「一つ、聞いてみたいことがある」

「なんだ?」

 俺は思い切って質問した。

「最後の四分の一で、重力が怖くなかったのか?」

 ひょろひょろは首を振って応じた。

「怖いさ。でも気にならなかったな。勝つためには必要なことだ」

 あっさりとした言葉が、俺には途方もなく重かった。

 俺だって勝ちたかった。

 しかし、勝ちより安全を優先した。

「勝負というものを知らないな、ボーイ」

 ひょろひょろは軽く僕の肩を叩いて、去って行った。

 入れ違いに、リッケルンが入ってくる。

「賭けは私の勝ちだな」

「そうだな」

 俺は意気消沈していて、気力が散漫になっていた。

「反乱軍だったか? もういいさ、どうとでもしてくれ」

「レースに負けた理由がわかったかい?」

 リッケルンが話題を変えたので、俺はさらに落ち込むしかない。

「日和ったから、だよ、ロケット・ボーイ」

「わかったよ。どこでもいいから、連れて行ってくれ」

 整備士たちに事情を説明し、俺は彼らも知らないうちに失踪する、というのがリッケルンのシナリオのようだった。

 しかし、整備士たちはそれを受け入れなかった。

 自分たちも連れて行け、さもないと全てを暴露する、と言い出した。

 俺は躍起になって彼らを押し留めようとしたが、無理だった。

 リッケルンが手配した輸送船で、俺たちはどこともしれない宇宙の辺境へ連れて行かれることになった。

 四日間の旅の間、俺はレースのことを何度も何度も、しつこく思い返した。

 俺の臆病が、俺の負けを決めた。

 しかし、俺の中のその臆病は、どうやったら払拭できるのか。

 輸送船が亜空間航法を解除すると、宇宙母艦が窓の外に見えた。

 格納庫に滑り込み、リッケルンに従い、俺と三人の整備士は反乱軍の宇宙母艦に足を踏み入れた。

「君たちのことは事前に連絡してある、あそこへ行け」

 リッケルンが指差したのは、格納庫の端にある整備士の詰所のようだった。三人の整備士は俺を励ますような言葉を投げ、そちらへ駆けて行った。楽しそうで、何よりだ。

「さて、ボーイ、君はこっちだ」

 格納庫を出て、すぐにあったドアを開けて中に入った。

 ここは控え室のようで、二人の男性と一人の女性がカードで遊んでいる。三人とも、パイロットスーツを着ている。色がそれぞれ違うが、型は同じだ。

 女性がこちらに気づいた。

「久しぶりね、少尉。その坊やは?」

 男性二人もカードをテーブルに落とし、軽く敬礼をした。

 どうやら女性がリーダーらしい。

「マリー中尉、この少年をちょっと鍛えてやってくれ」

「私が? なんで?」

「この年齢では筋がいい。中尉の指導についていけるでしょう」

 そうかい、とマリーが席を立つ。そして俺の顔を覗き込んだ。

「よろしく、坊や。名前は?」

「ロケット・ボーイだ」

 なけなしの強気をかき集め、そう答えた。

 マリーは目を丸くしたが、仲間の男性二人を振り返った。

「我らが機動戦闘艇部隊に、ロケットが配備されたよ!」

 彼らはゲラゲラと笑った、リッケルンも苦笑いしていた。

 俺だけがムスッとしている。

「いいだろう、ボーイ」マリーが俺の腕を掴んだ。「腕前を見せてくれよ」

 俺は更衣室に放り込まれ、マリーが予備のものらしいパイロットスーツを放ってくる。

「早く支度しな! 敵は待ってくれないよ!」




(続く)

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