第13-2話 約束事
病院から四日で退院し、すぐに小格納庫へ向かった。
「あと三日は安静ですよ」
医者にそう言われていたが、無視する。
整備士の仲間が入院中に報告に来てくれたけど、俺は自分の目で見たかった。
小格納庫の扉が開き、中に入ると、自然と明かりが灯る。そこに現れた光景に、俺はこれ以上ないほど、完璧に、絶句した。
「なんてこった」
ゆっくりと機体に歩み寄る。
メインの推進器がなくなっている。ほとんどが操縦席である機首でさえもひしゃげている。操縦席の安全性の高さには、さすがに感謝した。
推進器があった辺りを確認する。
メインフレームが破断しているのがわかる。
これはスクラップにするしかないだろう。
ただ、スポンサーが新しい機体を用意してくれるだろうか。
仕方なく、俺は格納庫を出ようとした。
そこで一人の男が待っていた。
「君がロケット・ボーイ?」
大学生くらいに見える男性だ。見ない顔である。
「そうだが、そちらさんは?」
「君をスカウトに来た」
「他のチームの誰かか? 俺は俺の仲間とレースに出ることしか考えていない」
男が格納庫の方を覗き込んだ。まだ明かりがついていて、ドアは俺が立っているせいで開いていた。少し前に踏み出して、扉が閉まるようにするんだったと後悔するが、遅い。
「あのスクラップは、飛べるのかい?」
「これから飛べるようにするんだ」
「これでもマシンの価格は知っている。修理にどれくらいかな、そうだな……」
彼がそれから口にした値段は、おおよそ、正しかった。
「そんなに財力が君たちにあるとも思えないが?」
「これからスポンサーと交渉だ」
「私が金を出す」
……なんだって?
何を言っているんだ?
「そちらさんはどういう仕事をしている?」
思わず尋ねた俺に、男は柔らかい笑みを見せた。
「気ままな自由業さ」
彼はそう言って、笑みが不敵なものに、一瞬、変わった気がした。
「ちゃんとした知識があるようだが、さっき、あんたが言った金額は、確実に必要だぞ。それをあんたはぽいっと出せるってか?」
「もちろん。確認するか?」
彼が手元からマネーカードを取り出した。俺は端末を取り出し、そのカードの電子マネーの額をチェックする。
本当に大金が入ってた。
「信用してくれた?」
「わけがわからないがね。金持ちの気まぐれか?」
「そういうことでもいい」
俺は彼のマネーカードを受け取った。
彼は「期待している」と言って俺の肩を叩き、あっさりと姿を消した。
夢じゃないのを確認するべく、マネーカードを握りしめたまま、即座に携帯端末で仲間に連絡を取った。
それからは忙しい日々だった。
古い機体をスクラップにして廃品業者に引き取らせ、代わりに最新型の機動艇を手に入れた。それをさらに使い勝手がいいように改造していく。
レースへの参加は、俺の入院のせいですでに一つ逃していて、つまり二回連続でポイントはない。すでにパイロットの順位も、チームとしての順位も、今季は怪しい見通だ。
なので、もう参加にこだわらず、機体整備と完熟飛行に努めることにした。
謎の男の名前は、リッケルンと言うらしい。
彼は金持ちで、暇人であるのと同時に、優れた技術者でもあるようだった。
俺と整備士チームが機体をいじっている間にも、ふらっとやってきてはいろいろと口を出してくる。そのうちに、彼は小格納庫に常にピタッと貼りついているようになった。
整備士たちが反論できない場面が多い。この彼の行為は、レースのルールに抵触するが、どうやら実際の整備や改造に手を出さないので大丈夫、ということらしかった。
機体の整備と調整が終わり、完熟飛行を始めるか、という時、例のひょろひょろとがっちりの二人組がやってきた。
「これはどうやら、猫に小判だな」
ひょろひょろの方がそんなことを言う。
俺たちは何も言わなかった。リッケルンもいたが、何も言わない。
「賭けをしないか?」
ひょろひょろが賭けが好きだということは有名だ。そして奴に様々なものを巻き上げられた奴を、俺は 何人も知っている。
「欲しい部品があるんだ。こちらが負けたら金を渡す。どうかな。部品は、その機体についているのをくれればいいさ。中古だが、問題なしとしよう」
「新品の機体でね、賭けるのは惜しい」
「吝嗇だな。良いだろう。しかし、こういうこともあるんじゃないか? そう、お前のテクニックじゃあ、その機体でも俺には勝てないってことが」
大いに不服だったが、グッとこらえる。
「また小惑星に衝突し、それも新品の機動艇から、新品のスクラップに早変わりってわけだ」
口車に乗ってはいけない。
「ロケット・ボーイ、という名前も意味深だな。ロケットっていうのは、何かにぶつかるものだし。おっと、それじゃミサイルか」
ここで俺の忍耐力は底をついた。
「いくら賭ける?」
俺の言葉に、ひょろひょろがにんまりと笑い、額を口にした。
良いだろう、負けなければ良いのだ。
俺たちは契約を結び、奴らは帰っていった。
「なんでそんなことをする?」
リッケルンがすぐに歩み寄ってきた。
「俺の名前を馬鹿にする奴は、許さない」
「時には自分を殺す必要もある。そう思わないか?」
「だから、譲れないんだ」
整備士の一人がこちらは歩み寄ってくる。
「こいつの初恋の女が名付け親さ」
俺はその整備士を追い払った。リッケルンは納得できないようだが、知ったことか。
「なんにせよ、奴に負けるわけにはいかない」
「そうだな」リッケルンがこちらを真剣な目で見た。「私も一つ、賭け事をしたい」
こうなってはどうとでもなれだ。
「どういう賭けだ? 何を賭ける?」
「君が負ける方に賭ける。もし君が次のレースでさっきの奴らに負けたら、君には反乱軍に入ってもらう」
「は? なんだって?」
全くわからなかった。反乱軍?
整備士たちを振り返ると、彼らも聞いていたようで、惚けた顔でこちらを見ている。
リッケルンに向き直った。
「反乱軍に入る? いや、そもそも、俺が負けると思っているのか?」
「思っている」
「馬鹿にしているのか? あんたは負ける人間に機体を提供したってことか?」
リッケルンは何も言わずに微笑んでいる。例の、柔らかそうで、どこかに強気な、凄みのある笑み。
俺の頭の中で何かが切れた。
「良いだろう、賭けてやるよ。この機体は最速なんだ。負けるわけがない」
「これだけは助言しておくよ」
リッケルンは去り際に言った。
「レースは機体の性能で決まるものじゃない、操縦者の技量で決まるんだ」
「御託はもういい、レースの邪魔をされると迷惑だ、終わるまでここには来ないくれ」
頷いてリッケルンが出て行った。
「反乱軍って言ってたな」
整備士がやってきた。
「デタラメだろう。きっと頭がおかしいんだ。大金を払って俺たちに機体を提供して、それなのに負けると思っている。矛盾も矛盾、めちゃくちゃだ。いかれている」
それから俺たちは厳密に機体を確認し、完熟飛行を始め、さらに一回のレースを不参加でやり過ごした。
例のひょろひょろがやってきて、ほとんど茹で蛸のように怒りながら次のレースに出るかと聞いてきたので、俺ははっきりと出場を明言した。
このレースで賭けが行われる。
一つは機体の部品を失うか、金を手に入れる賭け。
もう一つは、よくわからない。
賭けているのは俺の心かもしれなかった。
どちらにせよ、負けるわけにはいかない。
俺はそれからさらに機体の癖をつかむため、必死に練習を行った。
(続く)
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