第13-4話 変わらない心と、その痛み

 マリー中尉の指導は、はっきり言ってスパルタの中のスパルタ、というものだった。

 レーザーで命中か外れたかを測定するような近接格闘の訓練の前に、曲芸飛行をやらされたのだが、これがとんでもなかった。

 機動戦闘艇がガチガチにプロテクターに包まれているなと思ったら、曲芸飛行の中で俺が失敗すると、マリー中尉は容赦なく機体をぶつけてきた。

 つまり、体当たりだ。

 ガツンとやられると、とんでもない衝撃がやってくる。

 もちろん彼女も同じ衝撃を感じているはずだが、気にならないらしい。

『ボーイ! もっと正確に飛びな!』

『膨らみすぎだ! スラスターがお留守だよ!』

『やる気あるのか! さっきもできてないぞ!』

 一日に四時間もそんなことをやっていると、終わった時には三半規管がめちゃくちゃになっていて、格納庫の床に立って降りることができない。

 三十分ほど、俺は機動戦闘艇で休むしかない。

 その間にも整備士たちが機体を確認している。その中に俺と一緒にここへ来た整備士の少年もたまに見える。

 マリー中尉のめちゃくちゃな訓練は、二週間ほど続いた。

 控え室へ三十分遅れで戻ると、珍しくリッケルンが待っていた。

「訓練は上々だと聞いているよ」

 すでにマリー中尉のその部下の二人の男性は、カードに興じている。

「今、この船の前方に小惑星がある」

 恨めしげにマリーを見るしかできない俺に、リッケルンがそんなことを言った。

「ちょっと遠出しないか?」

「いいですよ、訓練は休みたくないですけど」

 ちらりとマリーが振り向き、目が合った。でも何も言わない。

「訓練の後でいい」リッケルンは微笑む。「操縦は私がやる」

 へえ、この男も操縦士なのか?

 翌日、訓練でヘトヘトの俺は、格納庫で機動戦闘艇を降り、そのまま横にある二人乗りの戦闘艇に乗り換えた。副操縦士席で、操縦士席にリッケルンがすでに座っている。

『行くぞ』

 戦闘艇はスムーズに発進し、飛行を始める。

 かなり飛ばしているのがわかる。全速力だろう。

 どうしてそんなことをするのかは、よくわからない。

『反乱軍から抜けたいか?』

 ヘルメットの中に声。何気なく、リッケルンが尋ねてくる。

「まだ何もしてないですよ。機動戦闘艇で鬼ごっこをしているようなもんです」

『君の力が必要になる、と私は判断した。しかし強引な手法になって、申し訳なく思っている』

「いいですよ、もう俺は、意地も無くなりましたし」

 少しの間の後、リッケルンが言った。

『そのうちに気づけるだろうが、君は芯の強い人間だ。ただ少し、臆病なだけだ』

「臆病だから負けたんです」

『それは克服できる』

 目の前に小惑星が見えてきた。意外に大きい。

「克服する前に、帝国軍の機動戦闘艇に撃墜されると思います」

『大丈夫さ。さあ、集中してくれ、よく見ていろ』

 何を? と思っているうちに、さらに機動戦闘艇が加速した。

 小惑星のすぐ横をすり抜ける。

 機動戦闘艇が、ほとんど無駄なく、弧を描いで小惑星の縁をすり抜け、Uターンした。

 その挙動だけで、相当な技量と見て取れた。最小限の燃料と完璧な慣性の制御。

 少しのほつれもない、最高の技術。

 シンプルが故に、精密さが際立った。

「あんた、操縦士だったのか?」

『そうだ。今は一線ではないがな』

 それにしても、抜群の技量だ。

『私たちで君を一流の操縦士に育てるつもりだ。どうだろう?』

「ええ、それは」

 俺の気持ちは、ガラッと変わっていた。

 急に、目が覚めたような思いがした。

 この男が、俺を認めている。それは大きなことのように感じた。

 マリー中尉だって、俺を見限ってはいないわけだし。

「決めています、ついていきます」

 そう答えていた。小さくリッケルンが笑ったようだった。

『ご両親には何か話しておくかい?』

「俺は孤児ですよ。父が反乱軍に殺されて、母は、病死しました」

『そうか……、すまない』

 俺は別に何も感じていなかった。

「気にしていません。父が俺に言っていた言葉があるんです」

『どんな言葉かな?』

「何事にも集中しろ」

 もうリッケルンは何も言わなかった。

 戦闘艇は宇宙母艦に入り、格納庫に降りた。リッケルンがどこかを指差したので、そちらを見る。

 そこには俺が使っている機動戦闘艇があり、そこに何か文字が書いてある。

 そこには「Locket Boy」とあった。

「おかえり、ボーイ」

 いつの間にかマリー中尉が出てきていた。

「どうだい、こいつは。気に入ったかな?」

「はい」俺は自分の機体を見て、答えた。「とても」

 強くマリー中尉が俺の背中を叩いた。

「もっとシャキっとしな。あんたはまだうちの部隊に馴染めていないぜ。うちは豪放磊落がモットーの部隊なんだ」

 俺は笑みを見せて、胸を張った。

「マリー中尉、よろしくお願いします!」

「もっとシゴいてやるから、覚悟しな」

 マリーが僕の胸に拳を押し付けて、戻って行った。

「君の待遇は、追って決めるとして、しばらくは訓練になる」

 リッケルンがそう言って、僕に手を差し出した。

「無理やり連れてきてしまったが、それは君への期待の大きさを示している」

「反乱軍が帝国国民を拉致している、という噂が本当だとわかりました」

「それは事実無根だ」

 本当とは思えないな。少なくとも、俺は賭けの結果として、ここにいるのだ。

「君は是非とも欲しい人材でね」

「そうとは思えないですけど。俺なんて、反乱軍の中じゃ、真っ先に撃墜されますよ」

「そうならないための訓練だ」

 まだリッケルンの手はこちらに向かっている。

 やれやれ。

 俺はその手を握り返した。

「よろしくお願いします、リッケルン少尉」

「君の面倒は私が見るよ。安心していい」

 それから数カ月の間、俺は徹底的に基礎を叩き込まれ、射撃に関する訓練も積んだ。

 マリー中尉とその部下は、いつからか不機嫌になり、次に、親しげになった。

 さらに後になって、リッケルン少尉と会った時、彼にこんなことを言われた。

「中尉たちは君の成長に嫉妬したようだが、さすがに受け入れたようだね」

 嫉妬? 俺に?

 深く聴いても仕方がないので、聞き流しておいた。

 反乱軍に加わって半年で、初めての実戦の場に足を踏み入れた。

 機動戦闘艇が味方は八機、敵は十機の空中戦で、俺は二機、撃墜した。

 いつかの俺の中にあった臆病は、もうなくなったようだった。

 しかし戦闘が終わって、上官に報告してから、急に足が震えた。

 俺は今日、二人を殺したのだ。

 それが、戦争だ。

 リッケルンとマリーが祝勝会を開いてくれた。

 会のことは覚えていない。

 終わってから、艦の中の部屋に戻ると、同室の軍曹が声をかけてくる。

「なんだ? 飲み過ぎか? 血の気が引いているぜ」

「なんでもないですよ」

 俺は寝台に横になって、目を閉じた。

 目元が熱くなり、涙がこぼれるのを、俺は袖で押さえて隠した。

 声が出ないように歯を食いしばり、震えを抑えた。

 俺は遠くまで来てしまった。

 俺はやっぱり臆病で、こんなことには向いていない。

「お疲れさん」

 軍曹の声がした。

「お前はよくやっているよ」

 俺は何も言えずに、より強く目元を押さえ、顎に力を入れた。




(第13話 了)

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