SS第12話 大脱出

第12-1話 逃げられない依頼

 ペンス、というのが俺の通り名だ。

 仕事は運び屋だが、もちろん、正規の運び屋とは違う。

 銀河帝国が信じられないほど広い範囲の宇宙を開拓したおかげで、闇の商売をする連中も山ほどいる。

 そういう連中の間を駆けずり回るのが、俺の仕事の主なものになる。

 開けっぴろげに言えば、麻薬だ。スパイスとか、カクテルとか、ジュエルとか、連中は様々な隠語を使うが、麻薬に違いはない。

 こういう仕事には超高速の船を使うんだろうな、と思う奴が多いが、俺の使っている船は、よくある小型輸送船で、乗員は二人が設定されているにも関わらず、俺は一匹狼を自負していて、ひとりきりだ。

 大口の取引相手の六合会というマフィアから、連中がドラゴンと呼んでいる麻薬を受け取ったのは、かれこれ三ヶ月前になる。

 これを連中の息のかかった運送屋へ運べば、そこから連中の手足が、自然と惑星の様々な都市にいる売人に流れる、というのがいつもの展開。

 しかしそういかなかったのが、一ヶ月前だ。

 帝国軍所属の警備艇に出くわした。

 できることは一つしかない。

 俺は即座にドラゴンを船の燃焼門に放り込み、チリも残さず、徹底的に消してしまった。

 警備艇をやり過ごしたが、こうなっては六合会に言い訳が立たない。

 遥か昔に似たような展開の映画を見たが、俺の偉いところは、愛しの輸送船を売り払い、身を隠したことだ。

 輸送船は惜しかったが、連中の視界は広いし、とにかくしばらくは鳴りを潜めるしかない。

 というわけで、俺がこの一ヶ月を、惑星シュダの惑星首都で、自由気ままに暮らす、ということもできず、集合住宅の一室で、隠れて過ごした。

 情報端末を使って、こちらの位置を特定されないように注意しつつ、六合会の様子を探ったが、大きな動きはない。ただ、俺のことは周知されていて、どうやらブラックリストの筆頭にあるらしい。

 これは由々しき事態で、どうにかして打開する必要があった。

 燃やしてしまったドラゴンの末端価格は、個人で弁済できる額ではない。

 そして六合会に逆らった奴が、いつまでも生きているのでは、連中の沽券に関わる。

 この二つをどう解決するべきか、俺には見当もつかなかった。

 そんなわけで、輸送船を売却した金で生活しつつ、半ば人生を諦めていた。

「お客さん、ちょっといいかい?」

 声をかけられたのは、一週間分の食料を買いに、近くの個人商店に行った時だった。

 店主が言いながら、店の奥の椅子に座って紙の新聞を読んでいる男を指差した。

「あの人があんたに用があるって」

「へえ」

 殺し屋かもな、と俺は思いつつ、そっと懐の拳銃の位置を確認した。注意深い奴なら、こちらの銃に気づいている。

 俺はあまり、撃ち合いが得意じゃない。

 それでも最後の抵抗はするつもりだった。

 男が新聞から顔を上げて、こちらを見た。よく見ると穏やかで、とても人を殺すような顔じゃない。虫さえも殺せないように見える。

 新聞を折りたたんで、椅子を立つとこちらに歩み寄ってきた。

「歩きながら話しましょう」

 そう言って、そっと俺の腕を掴むと、そのまま外に連れ出された。

「探すのに苦労しましたよ」

 いよいよ追手かもしれない。虫も殺さない顔の奴が、実は虫の足をもいで楽しむ。うん、ありそうな展開だ。

 背筋が冷えているのを隠しつつ、堂々と応じる。

「俺が何者か、知っているようだな」懐にそっと掴まれていない手を差し込んだ。「火傷するぜ」「害意はありません。やって欲しい仕事がある」

 害意がなかろうが、今の俺の立場では、仕事も何もない。

「悪い奴らに付け狙われていてね、船もないんだ」

「こちらで手配します。六合会にも、話をしましょう」

 なんだ? どうやらこちらのことは丸見えらしい。

「あんたはどこの誰だ?」

 真っ先に聞くべきことを、やっと俺は質問していた。

 男がやっと俺の腕を放す。

「私は、シェーン・クルーンズと言います」

 そう言って笑う男は、三十代だろう。俺より十は離れていないはずだが、しかし、その落ち着きには年齢よりも深いものがある。

「俺はペンス、ってのも知っているな?」

「本名も知っていますが」

「捨てた名前だ。で、俺が船がなくても、ビッグトラブルを引き連れていても、できる仕事っていうのは?」

 わずかにシェーンが顎を引く。

 俺たちはゆっくりと歩いていた。近くには誰もいない。

 話をするにはうってつけなんだろう。

「あなたが最適というわけではないのですが、経験がものを言うので、お願いします」

「だから、何をだ?」

「人工知能を一体、手に入れて欲しい」

 人工知能?

「人工知能なんて、そこらじゅうに溢れているじゃないか。確かに俺の船にはチューンした人工知能が積まれていた。しかし俺がエンジニアじゃないぜ。それに手に入れるも何も、俺はセールスマンでもない」

「正確には、奪う、というべきでしょうね」

「どこかの企業か? それとも研究所?」

 もっと大きなところですよ、とシェーンが微笑んだ。

「帝国軍の実験施設です」

「おいおい」さすがに俺も笑っていた。「それは無理だ。自殺行為だ」

「このままでも、あなたは六合会に殺されますよ」

 どう答えることもできなかった。

 ただ、反射的に周囲を確認した。今、この時も誰かに狙われているかもしれない。

 大丈夫そうだが……。

「それで、帝国軍の施設から、人工知能を奪おうっていうあんたたちは、何者だ? マフィアでもないだろ? となれば、だ」

「その通り。私は反乱軍の者です」

 少しの動揺もなく、平静な様子でシェーンが肯定する。

「あなたは過去に反乱軍のための秘密の輸送を請け負ったことが記録されています」

「やったな。四回だったかな」

「五回です」

 思わず溜息を吐いてしまった。

「しかし、帝国軍の施設を襲うなんて、投身自殺も同じだぞ」

「心踊る情報を付け足してもいいですか?」

「ご自由に」

 シェーンの笑みがわずかに深くなる。

「狙うのは、工廠惑星のグレゴです」

 最悪だった。

 グレゴといえば帝国軍の宇宙艦船を製造する六大工廠惑星の一つだ。

「こちらをお渡しします」封筒が差し出される。「もし受けていただけるなら、そちらに書いてあるところへ、連絡を取ってください。では、今日はこれで」

 封筒を突き返すこともできず、なし崩し的に受け取って、そのまま俺はシェーンの背中を見送った。

 元来た道を戻りつつ、封筒を開封するか迷っていた。

 このまま隠れて生きていくのは不可能だし、シェーンが言った通り、暗殺者が来るかもしれない。

 しかし、わざわざ帝国軍の主要な惑星に飛び込むのも、馬鹿げている。

 いやいや、どちらにしても同じことか。

 店まで戻って、とりあえず、二日分の食料を手に入れた。つまり二日のうちに決断するつもりになったのだ。さっきのこともあってか、店主は不思議そうにこちらを見ていたが、何も言わなかった。

 集合住宅のエレベータに乗って、部屋のある階まで上がった。

 しかし、人工知能か。

 エレベータのドアが開く。 

 通路に、誰かいる。

 俺の部屋の前に、立っている。

 その誰かがこちらを振り向き、その手に拳銃があるのが見えた。

 油断した。

 持っていた食料品のせいで、拳銃は抜けない。

 というか、身を投げ出す余裕もない。

 男は冷静に、かつ敏速に照準し、小型のエネルギー拳銃の銃口が、ピタリとこちらに向いた。

 死んだ。

 しかし、死はやってこなかった。

 動きを止めた俺の目の前を短い閃光が走り、男が倒れる。

 狙撃だ。

 エネルギー弾が刺客の頭に湯気が上がる穴を作っていた。

 俺はエレベータから降りることもできず、扉が自然と閉まった。慌てて操作盤に触れ、扉を開ける。

 やっぱり刺客が倒れている。

 こうなっては、進むしかない。

 決断する以外に、道はなかった。



(続く)

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