第12-2話 収拾のつかないような事態

 シェーンから受け取った封筒の中身には、とあるアドレスが記されていた。

 それは宇宙空間の座標を示すもので、事前に調べた範囲では何もない。小惑星一つない場所だった。

 俺はレンタルした宇宙船でそこまで行ってみて、驚いた。

 帝国軍の警備艇が一隻、浮かんでいるのだ。傷一つない、新品に見える警備艇だった。

『聞こえているかしら?』

 いきなり宇宙船の操縦席に音声が流れた。どうやら警備艇が自動で通信を開いたらしい。

 これは本来、ありえない。ほとんど遠隔操作に近い技術で、お互いに認証しないと、不可能な事態だ。しかし今の俺の船はレンタル船で、情報面では脆い。相応の力のある相手なら、防壁を突破するだろう。

「そちらは誰だい?」

『こちらはレイよ。あなたがペンスね?』

「その通り。話したところ、人工知能かい?」

 短い沈黙の後、控えめな笑い声が操縦室に流れた。

『さすがに鋭いわね。接舷して、乗り移ってきて』

「了解、レイ。歓迎会を期待している」

 宇宙船を接舷させ、ハッチから乗り移った。レンタル船の方は、自動航行で返すことになる。

 警備艇に乗り移って、俺は意外な事態にぶつかった。

 警備艇には誰も乗っていないのだ。無人である。

「レイ、どうなっているんだ?」

 通路を歩きながら声をかけると、船内放送で返事があった。

『今は私とあなただけよ。三十分後、少尉が来るわ』

「少尉? シェーンか? シェーン・クルーンズ?」

『彼ではないわ。マクスター少尉。技術部門の一人』

「じゃあ、俺と彼と君で、どこぞの人工知能を奪うわけか」

 またレイの控えめな笑い声が降ってくる。その時には、俺はリビングを抜け、操縦室に顔を突っ込んでいた。

『どこぞの人工知能じゃないわ。私よ』

「私?」

 操縦席に座ると、目の前に小さな立体映像が映った。

 お淑やかな服装の女性が浮かび上がっている。その女性が軽く頭を上げた。

『初めまして、ペンスさん』

「参ったね、これは」俺は操縦席に計器類を確認し、事態を理解した。「君はこの船を遠隔操作しているのか」

 実際、超遠距離と通信状態にあることがパネルの一つに表示されている。

 そしてこの船には固有の人工知能がインストールされていないのも、理解した。

「わかってきたぞ。君の本体は惑星グレゴにあるってことに間違いはないか?」

『間違いありません』

「そして君の情報戦闘力は、最高レベルだ」

『まさしく』

 さらに話を続けようとすると、近くに船が亜空間航法から離脱してきた。俺が乗ってきた船とどっこいの、小型船だ。

『もう着いているかい? 運び屋さん』

 立体映像で映ったのは、やや肥満気味な男だった。顎の下にありすぎるほどの肉がある。眼鏡をかけていて、髪の毛は長い。

「今来たところさ、少尉殿」

『すぐそっちへ行くよ。待ってて』

 船が接舷し、俺は彼をハッチで出迎えた。映像よりも小柄に見える。

「技術部のマクスターだ。よろしく、ペンス」

「こちらこそ。どこまで知っている?」

「おおよそ全部かな。レイ、君から話すかい?」

『いえ、少尉にお任せします』

 頷いたマクスターに連れられて、俺たちはリビングで向かい合った。

「レイが僕たちに接触したのは一ヶ月前だ。というより、彼女は僕たちが設計し、作らせた人工知能なんだけど、ちょっと事態が悪い方へ転がった」

 なんだって?

「待ってくれ。僕たちが設計し、作らせた?」

「帝国軍の技術者に協力者が大勢いてね。つまり彼女は人工知能でありながら、反乱軍の一員なんだ」

 途方も無い話だった。

「それをグレゴでやったのか?」

「木を隠すなら森の中だ」

 やっぱり途方も無い。デタラメだ。

「で、こちらの技術者は彼女がある程度、成熟したところで、グレゴを脱出させる予定だった。データがクラッシュして、彼女は消滅した、そう見せかける予定だった」

「俺が呼ばれたってことは、予定は狂ったわけだ」

「まさしく。こちらの技術者が拘束された。取り調べを受けているが、たぶん、まだ何も吐いていない」

 森の中に木を隠そうとするからだ。

「俺の仕事は、人工知能を回収しつつ、その技術者先生の救出か?」

「反乱軍としてはレイを回収するのが正式な任務だ。技術者には最悪、死んでもらう」

「おいおい。それはちょっと酷くないか?」

「誰がグレゴに降りると思っている?」

 思わず顔をしかめてしまった。誰がグレゴに降りるも何も、俺が降りるわけだ。

「あんたは何をする?」

「技術的にサポートする」

「技術とは?」

 マクスターが肩をすくめる。

「正直、レイの操作が及ばない範囲をカバーする」

「あんたも一緒に降りないか?」

「生憎、自殺志願者ではない」

 つれないやつだな。

 それからマクスターと様々な打ち合わせをした。

 どうやら今、俺たちが乗っている警備艇は、レイによる情報操作で、本当に正規の警備艇を一隻、手に入れたらしい。この警備艇で惑星グレゴに近づき、俺は宇宙基地から地上へシャトルで移動する。

「レイが身分を作るから、バレることはない」

 かなり不安だったが、それを口にするのも馬鹿らしい。

「で、俺は帰り道は来た道を戻るわけか?」

「そうだ。レイは携帯端末に入る。これだ」

 マクスターが持っていた鞄から取り出した端末を、こちらに投げてくる。

 大容量の端末で、ちゃんと帝国軍が正式採用している奴だ。

「何か質問は?」

「ないな」俺は首を振るしかない。「投げやりだよ、俺は」

「フォローできる限り、フォローするよ」

 どれだけ期待できるか、わからないが、こうなっては仕方がない。

「レイに頼るしかない、マクスターよりも」

『私には実体がありません。マクスター少尉の方が頼りになるかと』

 思わず俺はマクスターを見てしまった。彼は顔をしかめている。

「僕はあまり頼りにならないよ」

「そういうことを言うなよ。たらい回しじゃないか。俺が誰を頼ればいいか、わからなくなる」

 誰もその言葉には答えなかった。答えてくれよ。

 その後、すぐに船を亜空間航法でグレゴに向かわせるために計算を始めた。

『複雑なものですね』

 操縦室のシートに座った俺に、レイの立体映像が首を傾げる。

「複雑? 人工知能なら、すぐにできるだろ?」

『私にはまだ未入力の情報が多くあります。星海図もそのうちの一つです』

「なんだって? この船をどうやってここまで飛ばした?」

 レイが苦笑いを浮かべる。

『基本設定の人工知能に指示しました。その人工知能は消去済みです』

 ものすごい人工知能だ。というか、その人工知能から学べばいいのでは?

「まぁ、計算装置は機体に組み込まれているし、人工知能は必須でもないか」

 なぜかレイを擁護するようなことを言っているうちに、計算が終わった。

「じゃあ、行くとするか」

 亜空間航法を起動し、あとは自動で飛ぶので、俺はリビングへ移動した。

 すでにマクスターが料理を終えていて、保温容器の上で湯気を上げている。マクスターは椅子に座って、手元の端末が投射する映像書類をチェックしている。

 こちらに気づくと、端末を閉じた。

「最後の晩餐ってことかな、こいつが」

 俺が冗談で言うと、マクスターが真面目な顔で頷いた。

「ワインも出そうか?」

「四時間後には実行だ、飲んでいる暇はないよ」

 食事はぼちぼちの会話と、居心地の悪い沈黙の中で進み、片付けは俺がした。

 個室に用意されていた帝国軍技術局の制服に着替え、身分証もチェックする。軍人が持っていないものを持ち込めないのが、どこか不安だった。武器はエネルギー拳銃だけだ。

 心を落ち着けるために、じっと目をつむっていると、レイが声をかけてくる。

『よろしくお願いします』

「任せな」

 こうして、俺たちは惑星グレゴに到着した。



(続く)

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