第11-4話 次なる一歩

 ロストニアの惑星首都の真ん中には、二つの建物があると聞いていた。

 片方は帝国軍の施設で、片方は警察の施設だ。

 僕はどうやら警察で処理されることになったようだ。それがわかったのは、取り調べをする相手が警察の制服を着ていたからで、それ以外に確信を持てる要素はない。

「メイズ・ラッカマン、どうしてこの惑星に来た?」

 取調官と机を挟んで向かい合い、僕はパンパンに腫れた顔のせいで、ぎこちない発音で答えた。

「取材です」

「君の身元は、確かにはっきりしている。大学二年生で、アルバイトとして、報道記者の真似事をしている」

 それは反乱軍が偽装した身分そのままだ。

「クリストフ報道社に問い合わせたが、確かに君を雇ったと言っている」

 それもまた、反乱軍の偽装だ。

「疑う理由はないようだが、二つの点で君には不自然な点がある」

 僕は無言で、頷くこともせず、相手の顔を見た。

「一つは、こんな惑星に来るにしては、君はひ弱すぎる」

 そちらの警官が過激なんだ、と言い返したかったが、もちろん、黙っている。

「反論があるなら、言ってもいい。この施設は、ロストニアの実験とは無関係だ」

 聞きたくない事実だった。

 この警官が今、口にしたことを素直に受け取れば、それは今、僕が拘束されているのは警官たちによる弱いものいじめではなく、正式な形で、嫌疑をかけられて拘束されている、ということになる。

 僕の体感では、拘束されてまだ六時間ほどだ。

 反乱軍の情報工作が正確で、かつ、強力なら、まだ余裕はありそうだ。

 しかし帝国の警察も間抜けではない。今頃、僕の身分を徹底的に洗って、ほつれを探すだろう。両親にも連絡が行っているかもしれない。報道のアルバイトをすると伝えてあるので、大丈夫だと思うけど、しかし、ことがことだ。

「なんで報道なんてことをしたがる?」

「下手の横好き、です」

 半ばやけくそでそんな返事をしていた。

「君の映像は面白い」

 そう言って警官が傍にあった僕から没収した、僕のカメラを操作し、壁に映像を映し出した。

 ロストニアで撮った、僕の映像だ。

 しばらく無言でそれを眺めた。

 我ながらよく撮れているが、しかしプロには程遠い。

「この映像のテーマは、暴力かな」

 警官が感慨深げにそう言った。

「ロストニアの実験は、極めて暴力的で、むしろ、ありとあらゆる形での暴力が、人間の心にどう作用するのかを、分析する実験でもある。人間の心は、どんな負荷を受けた時、どんな反応をするのか、それを探っている」

 映像の中で、警官が若い女性を拘束し、連れ去ろうとする。

「反乱軍の存在を、私たちは重く見ている。帝国の方が圧倒的に勝っていようとも、人間の心はいとも簡単に、権力を無視し始める。その萌芽を探り出すために、帝国は時に暴力を使い、時に情報を操作し、市民を揺さぶり、その隙間から反乱の意思を探り出す」

 映像が最後にたどり着き、消えた。

「君にかけられた疑いのもう一つは、この映像だ」

 カメラが操作され、別の映像が映った。

 僕は思わず悲鳴をあげそうになった。

 映っているのは、輸送船の中の光景だ。

「この制服は、反乱軍のものだな」

 警官がこちらをじっと見据えた。

 映像では、輸送船の中での生活の映像が映っている。僕をヒース少佐に引き合わせてくれた中尉の制服は、間違いなく、反乱軍の軍服だった。

 カメラから消去したはずの映像だ。なんで残っている?

「我々の捜査能力を見くびったな」

 冷笑を浮かべる警官を僕は直視できなかった。

 終わった。

 僕の人生は、終わったのだ。

「聞きたいことは、簡単だ。反乱軍の協力者がいると、話したそうだな。どこの誰だ?」

「それは……」

 もう命がないとわかっているのに、希望にすがってしまうのが人間の性のようだった。

「わかりません。聞いていない……」

「あの店員を覚えているか。惣菜屋の店員だ」

 警官がぐっとこちらに身を乗り出した。

「あの男の証言では、協力者がいるのははっきりしている。今、ここで情報を口にすれば、君の命も少しは延びる」

「本当に、知らない」

「あの店員の命がなくなるぞ」

 いっそ、自分で自分の命を奪いたかった。

 あの店員に恨みはない。僕の弱さが出たんだ。

 僕が恨みを持って彼をわざと殺したとは、誰にも思ってほしくなかった。

 でも、それ以外の可能性がない。

 彼の命を救う情報を、僕は知らないのだ。

 そして僕が知らないという事実が、彼を死に追いやる。

 ここは、本当に地獄だ。

 壁に写っていた輸送船の中の映像が終わり、カメラが停止した。

 警官が何か言おうとした時、部屋のドアがノックされ、ゆっくりとそこが開いた。警官が顔を出し、取調官と何か話をして、二言三言のやり取りの後、二人がこちらを見た。

「続きは明日だ」

 僕は頷く気力もなく、項垂れるしかない。

 その時、鈍い音ともに、取調官が倒れこんだ。

 顔を上げると、入ってきたばかりの警官が歩み寄ってきて、僕の頬を殴り飛ばした。

 取調官を殴り倒した拳だけど、手加減されたようだ。

「この大間抜けめ」

 低い声でそう言うと、その警官が僕の手錠を外し、立ち上がらせた。そしてカメラを僕に押し付けた。

「助けに来てやったんだ、もうこれ以上は仕事を増やすな」

 僕は警官の言葉の意味もわからないまま、取調室を出た。


 結局、僕は生きてヒース少佐の元へ帰ることができた。

 僕を助け出した警官が、反乱軍の協力者だったのだ。警察の中に潜んでいたのである。

 しかし僕を拾ったことで、彼は正体が露見し、仕事が台無しらしい。

 僕の方も、治療に一週間がかかり、その上、帝国警察は全力で僕をの身元を確認し始めた。

 もちろん、メイズ・ラッカマンは犯罪者になったのだ。

 その点に関して、ヒース少佐は謝罪の言葉を口にしたが、その口で即座に、僕を正式に反乱軍に加える、と言い出した。

 この誘いを断ることは無理だ。

 僕は帝国では生きられないのだから。

 両親は保護してもいい、という言質もあったし。

「待遇は追って決めるとして、君にはすぐにやってもらうことがある」

「なんですか? なんでもやりますよ」

 もう大学に通う必要もないわけで、こうなっては歩兵にでもなんでもなってやる、と、治療の一週間の間に決めていた。

 ヒース少佐は不敵に笑うと、

「ネオハリウッドを知っているか?」

 と、口にした。

 ネオハリウッドというのは俗称で、惑星バークシャにある、映画産業が盛んな惑星首都だ。

 知らない方が珍しいだろう。

「ネオハリウッドで、何か?」

「バークシャ大学に通え」

 何を言われたか、わからなかった。

「通うというのは?」

「そのままの意味だよ。君はバークシャ大学の映像科の二年生として編入する」

 とんでもない展開だった。

 バークシャ大学の映像科といえば、全ての映像作家を志す若者のメッカだ。

「メイズ・ラッカマン、という名前ではないが、不服かな」

 僕は首を振った。不服なわけがない。

「君は今日から、リーアム・ロンドンと名乗れ。そして我々が誇る映像作家となるべく、努力しろ。全てはそこからだ」

 こうして僕の新しい人生が始まった。

 数年後、ヒース少佐と顔をあわせる機会があり、その時、僕は最後まで謎だった、カメラに残された輸送船の中の記録映像について、どうして完全に消去されなかったか、尋ねてみた。

「あれは、工作員への証明だ。君の身分を明かし立てるためのな。警察は即座に君のカメラを検める。そこでやっと対面だ」

 そんな返事だった。

 つまり僕を助け出した警官も、例の映像がはっきりするまで、僕を認識していなかったことになる。

「あれは、良い薬になっただろう」

 ヒース少佐はそんなことを言うが、僕は怒りを抑えるのに苦労した。

 危うく死ぬところだった、と主張したいが、それを救ったのは彼らだ。

 ちなみに、例の工作員とは、再会していない。

 今もどこかに隠れているんだろう。 

 僕が映像を映すカメラのこちら側に隠れているように。



(第十一話 了)

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