第5-2話 反旗

 問題が起こったのは半年後で、その間に私は別の惑星で、やはり掃除のようなことをしていた。どこにでも汚れはあるものだから、仕方ない。

 惑星サダールのことなんて、すっかり忘れていたが、名前を聞いた途端、すぐに記憶が押し寄せてきた。

 反乱軍の攻勢を受け、砲撃艦は奇襲で撃沈されていた。

 今、反乱軍はサダールで拘束されているものをピストン輸送で惑星から脱出させているらしい。

「馬鹿な」

 私はカルッソスの執務室でその話を聞いて副官とともに艦橋へ向かった。

 艦橋に着いた時、帝国宇宙軍本部から通信が入り、惑星サダールを制圧せよ、という指令を受けた。

 第十七特務艦隊は二つに分かれて任務に当たっていたが、合流すると、すぐに惑星サダールに向かった。

 亜空間航法を解除すると、そこには反乱軍の連中が待ち構えていた。

「戦闘隊形を取れ。情報共有を始めよ」

「機動戦闘艇、発艦せよ」

「フィールド展開、開始。出力最大」

 反乱軍の艦隊は、我々とほぼ同等だ。しかし向こうはあからさまなほど、寄せ集めな集団に見えた。

 同型艦がないし、そもそも艦と呼べるものも少ない。

 あるのは装甲巡航艦が二隻、目につく。だが、どちらも旧型で、装甲も見るからに古びていた。他は小型の輸送船を改造した船が多数で、ただし数は多い。

 戦いは唐突に始まった。

 両軍の間を粒子ビーム砲から放たれる光線が飛び交い、それはフィールドに弾かれて、眩く消える。

 機動戦闘艇はその雨の中をかいくぐって飛び回り、魚雷攻撃をかけるが、この展開では帝国軍が有利だった。

 帝国軍のフィールドは強靭で、エネルギー魚雷もおおよそ無効化できる。

 逆に反乱軍の小型船は、エネルギー魚雷にあっさりとフィールドを突破され、撃沈されていく。魚雷の一撃だけで沈んでしまうのだ。

 これに対して反乱軍は粒子ビームの密度を上げることで、帝国軍の機動戦闘艇を押し返し始める。それでも反乱軍の船は二隻、三隻と爆沈した。

 二時間ほどの戦闘の後、反乱軍が後退し始めた。

「おかしいですね」

 艦橋にいた参謀が呟いた。

「説明しろ」

 私が尋ねると、その参謀は海図を見上げたまま、私を見ることも、姿勢を変えることもなく、呟くように言った。

「連中が後退する理由はない。後退するのなら、亜空間航法で逃げればいいんだ」

「全艦隊停止だ」

 ケルッソスの艦長であるミグロ大佐が命令をする。

 艦橋が光に包まれたのは、次の瞬間だった。

 激しい振動に、私は床に叩きつけられる。素早く起き上がり、モニターを見た。

 モニターは真っ赤に染まり、様々な計器も赤いランプを点滅させている。サイレンも鳴り始めた。

「大出力の粒子ビームです! フィールド消滅!」

「機関は! 推力はどれほどだ!」

 オペレーターの声にミグロ大佐が即座に問いただす。

「機関に異常はありません! なお、砲撃艦バクーが艦の制御を失い、漂流しています。他の艦は健在!」

「フィールドがなければ粒子ビームで蜂の巣だ! 後退しろ、陣形を立て直す!」

 モニターの赤い表示が消えていき、計器も正常に戻っていった。

 周囲の状況がわかった。砲撃艦が未だ一隻漂流しているが、他は無事なようだ。

「閣下、シートにお座りください」

 今になって、立ち尽くしていた私は、艦長の声に従って、腰を下ろした。

「どこからの攻撃だ?」

 私はまだ何も言うことができず、艦長が私に変わるように、オペレーターに尋ねる。

「惑星サダールからです。超大出力の粒子ビームです」

「地上からだと? ありえない」

「観測艦シラセから当時の映像と、地表の精査データが来ています。メインモニターに映しますので、ご確認を」

 モニターにウインドウが開き、今、私たちが乗っている旗艦ケルッソスが映った、

 それを掠めて光が突き抜け、すぐに消える。

 別のアングルになり、惑星サダールから逆に走る稲妻のように宇宙に光が伸びるのが見えた。

 最後に映ったのは、惑星サダールの地表を撮影したもので、かなり画素が低いが、圧倒的に巨大な円盤のようなものが地上にあるのが見える。

「対艦砲か」

 私はやっと冷静になり、記憶を探った。

 対艦砲の概念は、だいぶ前から存在する。しかし、宇宙戦艦を最大級とする様々な艦が主力となると、粒子ビームによる決定打はフィールドの発展もあり下火になった。

 今は、艦を沈めるには、エネルギー魚雷と決まっている。

 対艦砲が実用化を見なかったのは、そのエネルギー源にも理由がある。

 宇宙戦艦の強力なフィールドを一撃で貫き、破壊するような粒子ビームは、膨大なエネルギーを必要として、宇宙戦艦クラスの燃焼門が必要になる。

 私の推測が正しければ、あの惑星上にある対艦砲は、惑星全土にエネルギーを供給する燃焼門と同等の燃焼門が使われているだろう。

 私は自分の席に付属の端末を操作し始めた。

 その間にはミグロ大佐は艦隊を後退させ、対艦砲を注視しながら、陣形を立て直してる。

「おかしい……」

 私は思わず声に出していた。

 惑星サダールにも鉱物燃料は埋蔵されている。だが、大々的には採掘されていない。そしてこれまでの鉱物燃料の輸入量も、特におかしな点はない。

 それが意味するところは、対艦砲を稼働するためのエネルギー源が、特別には用意されていない、ということだ。

 惑星サダールそのものが、対艦砲のために全エネルギーを、差し出したのか。

「技術士官を呼べ」

 私はすぐ横に控えている副官に命じた。艦橋を走り出ていった副官を横目に、私はミグロ艦長を見た。

「艦の損傷はどうなっている?」

「フィールド発生装置が極端な負荷で、動作不良を起こしています。現時点では五十パーセントの稼働率ですね。復旧には急がせても一日が必要です」

 どうやら丸一日は休戦らしい。

 そうこうしている間に、技術士官がやってきた。

「参上しました、閣下」

 敬礼をする技術士官に私は自分の席の端末を見せる。士官は恐る恐る、近づいてきた。

「ここに一覧にしてある鉱物燃料で例の対艦砲は何回、撃てるものか、知りたい」

 技術士官は表をじっと見つめると首を振った。

「出力を抑えて、三発でしょう」

「間違いないか?」

「この表は、惑星サダールの鉱物燃料の総量と推察しますが、しかし、反乱軍が鉱物燃料を運び込んだ可能性はあります」

 そう言ってから、技術士官は言いづらそうに続けた。

「閣下。撃沈された砲撃艦のことはご存知ですか?」

「反乱軍にだな?」

「そうです。この対艦砲は、その砲撃艦の部品を流用されていると思われます。なら鉱物燃料も、想定よりは多く見積もるべきでしょう」

 物怖じしない奴だな。私が言うと、彼は恐縮し、背筋を伸ばした。

 彼を下がらせ、参謀を集めて今後の展開を話し合うことになった。

 この間にも、反乱軍は惑星サダールから住民を脱出させているらしい。しかもその中には物資を輸送する部隊もあり、反乱軍の艦隊が補給を受けている。

「惑星サダールは、もはや反乱軍の拠点ですな」

 参謀の一人がそういった時、私は一つの発想を思いつき、自分だけで吟味した。

 私についている参謀たちの智力は、どこの参謀にも引けを取らない。

 しかし、私の思いつきは、彼らとしても認めないだろう。

 私はしばらく考えたのち、会議を解散にし、一人で執務室に戻った。端末をすぐに起動し、宇宙軍の本部の研究ユニットの情報データベースにアクセスした。

 ここでは様々な研究のデータが日々アップロードされ、将校は自由にアクセスできる。

 私が確認していたのは、生物兵器の研究データだった。

 参謀に言えなかった発想は、惑星サダールを無人の星にすることだった。

 もはや惑星サダールは帝国にとっては害でしかない。

 こんなことを許していては、他の惑星も反乱軍になびきかねない。

 ここで取るべきは、苛烈で、誰も反乱軍になど協力せず、帝国軍こそが絶対であるという事実を、明確にすることだ。

 私はしばらくの間、生物兵器の特性や効果を確認していた。


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