第5-3話 破滅
私は時間を忘れて、実験データを検めた。
見れば見るほど、残酷であることがわかってくる。それが少し、私を気後れさせたのだろう。私にあるまじき、臆病だったと今ならわかる。
その翌日、私は再度、反乱軍との会戦を指示した。
惑星上からの対艦砲を避けようとするために、帝国軍艦隊は不自然な機動しかできず、やや苦戦している。それでも練度も士気も、変わらない。
両者は拮抗し、消耗戦になりつつあった。
反乱軍は明確な理由がある。自分たちに協力的な人々を、脱出させればいいのだ。彼らはそれを着々と進めている。
逆に帝国軍は、烏合の衆にも見える、いい加減な艦隊の反乱軍と押したり引いたりしているのだ。
拮抗もいい、消耗戦もいい、それはどちらでも最終的には物量で勝る帝国軍が勝つ展開だ。
しかし、反乱軍もそれは知っている。
彼らは脱出作戦が終われば、どこかへ消えていけば、勝ちである。
そして今、そこに向かって事態は流れている。
砲撃戦は半日が過ぎて、お互いに軍を引き、小休止になる。
「閣下」
副官が声を潜めて耳元でささやく。
「このままでは援軍を要請することになるかと思います」
私がその時に考えていたのは、いかにして反乱軍を包囲するかということで、やりようによっては対艦砲を使わせないことも可能かもしれない、それを参謀たちに検討させよう、ということだった。
「援軍?」
「反乱軍は多勢を持って潰すのみです」
「なるほど」
私の頭の中にどうしても捨てきれない何かがあった。
それは、負けている、ということだ。
包囲して押し潰しても、援軍と共に押し潰しても、負けなのではないか。
私や私の艦隊が負けているわけではない。
帝国そのものが負けている。
帝国の支配が、敗れようとしている。
「決めたことがある、来い」
私は執務室に戻り、端末を操作し、研究ユニットの細菌兵器開発グループに連絡を取った。
彼らは慣れていないのだろう、困惑しつつ、私の質問に応じ、最後には私が言ったことに目を見開いた。
「実用可能なものをこちらへ送ってくれ」
「は? 閣下、今、なんと?」
白衣姿の研究者は呆然としていて、ほとんど無意識で尋ね返してきた。
私は堂々と言った。
「細菌兵器を使用する。本部との交渉は私が行う。決済はまだだが、現物を可能な限り早く使用したいのだ」
「あの、閣下、ご所望の兵器の本質を、ご存知ですか?」
「もちろんだ」
研究者は顔を歪め、何かが切れたようにまくし立てた。
「あの細菌兵器は、惑星を一つ丸ごと滅ぼすのですよ? 現状では細菌の根絶は不可能です。つまり、人の住めない場所になる、それも永遠とそうなるかもしれないのです! お分かりですか!」
私は頷いてみせた。何か言うよりも、説得力があっただろう。
研究者は顔を伏せ、了承した。
次に宇宙軍本部の戦略戦術審議会に、私は亜空間通信を使って、通信参加した。
議論は一進一退でその日は結論が出なかった。翌日も話し合いが続けられ、またも結論には至らない。
その日のうちに、特務艦隊に二隻の輸送船が到着し、そこから六基のミサイルが乗せ替えられてきた。
「悪魔の兵器です」
私と一緒にミサイルを点検した副官が漏らした。
「連中こそが悪魔だ」
私の言葉に、副官は答えなかった。
通信で参加した会議は、三日目に結論を出した。
惑星サダールが星を挙げて反乱軍と合流するというのなら、細菌兵器の使用もやむをえない。
私の行動は迅速だった。
反乱軍の圧力を少ない数で支えるため、特務艦隊の中の防御に特化した艦に前衛を任せ、細菌兵器を積んだミサイルを搭載した小型艇に、護衛する戦闘艦を添えた。
他の艦はいつも通りに反乱軍と遠距離砲戦を始めた。
「会議の決定に反しています、閣下」
旗艦のブリッジで、副官が私に言った。私は首を振る。
「反してはいない。惑星サダールは、反乱を起こしたのだ」
「帝国でも、やっていいこととやってはいけないことがあります」
「君は帝国軍人ではないのか?」
彼のほうを見ると副官は、こわばった表情で首を振った。
「私は、帝国軍人です。誇りを持っています」
「まるでその誇りを私が傷つけているような印象を受けるが?」
彼は無言だった。
砲戦は激烈を極めた。旗艦さえも反乱軍の粒子ビームやエネルギー魚雷を受けて、何度も激しく揺れた。帝国軍の艦が二隻、航行不能に陥るほどだ。機動戦闘艇の損傷は、第十七特務艦隊としては過去最大の被害が出た。
しかし、これは大規模な陽動だ。
『こちら、特別作戦部隊指揮官です』
私の端末に通信が来た。相手は少尉である。彼にはミサイルを積んだ小型船の指揮を任せていた。
「首尾は?」
『六基ともを、予定の地点に投下しました。失敗はありません』
「ご苦労だった」
通信を切って、私は艦隊に後退を命じた。砲戦は終わってない。
殿軍を務める艦が猛烈な追撃を受けるだろうが、それも今は許容できる。
戦闘が終わるまでに、さらに二隻の艦が中破したが、沈みはしなかった。
「終わったな」
私は思わずつぶやきつつ、遠景で惑星サダールを見ていた。
これが「サダールの破滅」と呼ばれる事態に至る経緯である。
細菌兵器は、惑星サダールの六地点で炸裂し、あっという間に惑星中に細菌は広がっていった。
空気中の酸素がどんどん食われていき、研究所のデータの通りなら、住民たちは最初は息苦しさを感じる程度だったはずだ。
しかし最後には、一人残らず倒れ伏し、酸欠で死んでいった。
全ての動物がまずは死に、植物もゆっくりと枯れていった。
そこに至るまでに三年が必要だった。植物の方が人間よりも長生きしたのだ。
反乱軍はこちらの静観する態度を訝しがっていたようだが、細菌の存在に気づくと、即座に対応を改め、サダールからは去って行った。
そして反乱軍の情報網からだろう、帝国中に、帝国軍が惑星サダールに行った、非人道的な攻撃の存在が、流布され始めた。
数え切れないほどのメディアが惑星サダールに押しかけたが、誰も地表へは降りることは叶わなかった。
何せ、私たちが使用した細菌は、対処法がないのだ。
私にも様々な取材の依頼があったはずだが、私がそれに煩わされることはなかった。
私は軍に拘束され、首都惑星にある軍の本部施設の中で軟禁されていたのだ。
査問会は何回かに分けて開かれ、これを知ったメディア連中は、帝国軍が審議を引き延ばしている、などとまくし立てたが、それは事実無根である。
査問会の面々は、真剣に議論し、彼らは私を持て余していた。
私の主張は単純だ。
要点は、帝国の威信を示す、ということになる。
惑星サダールについて否定的なことは言わなかった。ただ、惑星サダールを制圧に赴いたとき、反乱軍にサダールという星がかなりの力で援護を行った、という事実は示した。
帝国軍は強大な軍事力を持ち、その艦船の数も、指揮官の数も、兵士の数も、反乱軍などとは比べ物にならない。
しかしその巨大な組織でも、さらに巨大な帝国という広大な勢力圏を、すべてフォローするのは難しい。
サダールと同様の立場の惑星は無数にあり、彼らがサダールと同じことをすれば、帝国が大きく揺らぐことになる。
サダールと同じことをすれば、サダールのように滅びることになる。
この歴然とした事実が、反乱を事前に抑え込むことになる。
査問会はその発想を是とするか否とするかで、紛糾した。
メディアに接する機会が私にはなかったが、いつからか私は「悪魔提督」などと言われていた。特に痛痒も感じない、いかにも自由なメディアらしい記号化だ、と考えた程度に過ぎない。
査問会が終わる時が来た。
「ギャビン・クリナル少将には、無期限の謹慎を命じる」
こうして私は久しぶりに、首都惑星にある兵舎に戻った。
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