SS第5話 デモン

第5-1話 始まり

 惑星サダールはここ十年で最も有名になった惑星の一つだろう。

 そして私の名前もまた、その惑星の名とともに、人々の間に刻まれている。

 非難の視線を受け、私には爆発物や毒薬が送りつけられてくる。

 銀河帝国国民は、私を憎んでいるのだ。

 しかし私にはそんなことはどうでも良いことだ。

 私は私の仕事をしたまでだ。

 少しも恥じるところはない。


 惑星サダールは銀河帝国の辺境地帯にある、緑豊かな惑星である。

 百年前に地球化され、遺伝子改良された植物は、促成薬物の影響も受けて、あっという間に惑星を覆い尽くした。

 その植物たちは遺伝子改良の一環で、特定の処置をすると枯れる仕組みが組み込まれているので、サダールの森林地帯は、密林と呼べるほどの濃密さではなく、制御された場所になる。

 首都であるサダールシティは建設から八十年で、そこそこに発展していた。この惑星の産業は、材木、青果、そして鉱物の輸出である。

 それらは決して儲けが大きい産業ではない。

 だから、サダールの住民はどこか慎ましく、質素倹約がモットーのようなところがある。

 今もまだ調査中だが、どうしてそのサダールに反乱軍の小規模な拠点が設けられたのか、それは謎のままになりそうだった。

 帝国軍は陸軍が常駐していて、衛星軌道上には監視衛星が六機、運用されている。

 他の惑星に比べれば、緩いといえば緩い。

 その理由は、サダールに拠点を作るなどということを、帝国軍は想定していなかったのだ。

 発見に至る展開は、たまたま、衛星軌道上にある宇宙空港で、一人の男が確保されたことから始まった。

 どこにでもいそうな男、サダールには観光で来た男、という格好だった。

 しかし正体不明のデータカードを持っていた。

 最初、そのデータカードは情報を読み取れず、空港に似た警備員も、男がそのカードは故障しているけど捨てられない、という理由を信じそうになった。

 ただ、男にとって不運だったのは、その警備員が情報コードについて、学生時代に学んでいたことだった。

 壊れているのなら、中身を吸い出してやるよ。

 警備員は暇をしていた。それが男にとっての最大の不運である。

 二時間ほどかけて、警備員はデータカードが故障しているのではなく、巧妙に暗号化されていることに気づいてしまった。

 男は空港で拘束され、データカードは帝国軍の情報部に提出された。

 一人の人間に悲劇が起こる一方で、警備員はそのまま帝国軍に引き抜かれ、望外の幸運を得たのだった。

 というわけで、帝国軍はデータカードの中身を洗い出し、行動を起こすことになった。

 手に入った情報で最も意味があったのは、反乱軍の暗号を解読する手がかりができたことだ。

 それに比べれば、惑星サダールの森林地帯にある反乱軍の基地など、どうでも良かった。

 数ヶ月の間、観察を続け、帝国軍はサダールの住民の中に相当数の、反乱軍への協力者がいることをつかんだ。

 ちなみにこの時には反乱軍の暗号の半分は解読されている。

 これ以上の放置は無意味と決まり、私、ギャビン・クリナル少将が、第十七特務艦隊を指揮して、惑星サダールに赴いたのだった。


 宇宙空港はとっくに閉鎖され、監視衛星の数は三倍に増やしてある。

 反乱軍の連中は、こちらの動きをどこかからつかんで逃げ出そうとしたが、輸送船二十隻が拿捕され、機動戦闘艇に守られた輸送船が激戦から抜け出して行ったくらいで、ほとんど一網打尽である。

 捕虜の数は二百人近い。

 第十七特務艦隊は全部で二十の艦から構成され、情報部士官もきっちりと用意されていた。

 私は情報は受け取ったが、捕虜の誰とも顔を合わせてはいない。

 情報部士官は報告に来るたびに、どこか憔悴していったが、仕事に手は抜かなかったようだ。

 気まぐれで私は艦隊の消耗品を確認してみた。案の定、カーテンが後方に何十枚も追加で発注されている。

 宇宙船でカーテンを使う理由はほとんどない。

 どうやら死体を包んで、それで宇宙へ放り出しているらしい。

 大昔には捕虜の扱いを取り決めた条約もあるが、銀河帝国が全人類を統一した時、戦う相手がいなくなり、条約は消えてしまった。

 だから、捕虜を如何様に扱っても、どこからも文句は出ない。

 ただ気分が悪いだけだ。情報部士官の憔悴もわかろうというものだった。

 私は三隻の艦を率いて、惑星サダールへ降りた。

 すでにサダールに駐屯している陸軍が動いていて、大勢の市民を確保し、仮設の収容所へ放り込んでいた。

 陸軍少佐が私を地上の空港で出迎えた。

「何人ほどが検挙された? 少佐」

「千人を超えています、閣下」

 千人か。

 私はすぐに見当をつけた。

「少しばかり見せしめにしろ」

「は?」

 少佐は私が言っていることがわからなかったようだ。自動車へ向かう途中で彼は立ち止まった。私も立ち止まる。

「どうした? 少佐」

「いえ、その、閣下……」

 彼は震える手でハンカチで額を拭った。

「見せしめ、ですか?」

「そう言ったが、聞こえなかったのか?」

「しかし、その……」

 今になって、この陸軍少佐が温厚な顔をしているのに気づいた。

 たぶん、私がここにいるのはただの形式で、全部を自分に任せてそのまま去る、と思っていたのだろう。

 私にはそんなつもりはない。

「もう一度言う、少佐。見せしめに処刑をし、捕虜の口を軽くしてやれ」

「それは、でき兼ねます……」

 思わずため息が漏れてしまった。

「私に反論するのか?」

 私は少しもためらわず、腰の拳銃を抜いた。銃声と同時に少佐が悲鳴をあげた。

 彼の右の耳が吹っ飛んでいた。

「結果を待っている」

 私は膝をついて震えている少佐を残して、副官とともに自動車に乗り込んだ。車は少佐を残して空港を出た。

 サダールの陸軍基地に私は行かなかった。首都の惑星政府庁舎へ向かった。

「なんです、閣下。どのような御用です?」

 サダール惑星首長が私の前で狼狽している。

「しばらくやっかいになるぞ、首長。惑星の統治に関する全情報を教えてもらう。この惑星から、反乱軍どもを徹底的に根絶やしにする」

 まるで自分の首がこれから飛ぶと思っているかのように、首長は蒼白になっていた。

 遅れて私の部下が二十人ほど集まり、惑星サダールは文字どおり、丸裸にされていった。

 市民の中にある、いくつかの反帝国団体の幹部から構成員に至るまで、ごっそり検挙された。

 今はすでに陸軍が制圧した、反乱軍の地上基地と関わりのあったものも全部を狩り出す。食料、衣類、武器弾薬、精密機器、それらを反乱軍はサダールの各都市の商人から、秘密裏に購入していたようだ。

 帝国軍のサダールに駐屯していた部隊からも、反乱軍の密入国を許した監視兵が拘束され、宇宙港の責任者も責任を問うことになる。

 最初、この私の徹底的な調査と断罪は「サダールの弾圧」と呼ばれていた。

 その程度の批判で少将が務まるわけもない。私は動ずることなく、また部下たちも少しも動揺せずに、徹底的に仕事を続けた。

 あっという間にサダールの刑務所は満員になり、帝国軍は森林地帯の一角を重機で切り開いて、仮設の刑務所を十棟ほど建設した。

 それでも次から次へと、刑務所に送られてくるものがいる。

 結局、半年ほどで私の大掃除は終わることになった。

 その大掃除は政治にも及び、首長は別の人間に変わり、議員の中で帝国軍に否定的なことを口にするものは、様々な理由を挙げてご退場してもらった。

 惑星サダールは、少しの曇りもない、帝国の一員として生まれ変わった。

 空港へ向かう自動車の中で、副官がどこか晴れやかに言った。

「帝国こそが全てに幸福をもたらすということが、よくわかりました」

 私は何も答えなかった。

 宇宙に戻り、第十七特務艦隊の旗艦カルッソスに入ると、やっと仕事が一区切りになった、と感じ取れた。

 艦橋のモニターから見る惑星サダールは、美しく見えた。

 私たちは念のために一隻の砲撃艦を残し、惑星サダールを去った。


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