第1-3話 敵襲

 亜空間航法で四回の跳躍をして、俺たちがたどり着いたのは、大型の宇宙母艦だった。

 宇宙海賊の宇宙母艦は機動戦闘艇を収容する程度のサイズだったが、今、目の前にある反乱軍の宇宙母艦は、俺が護衛した輸送船が収容できるサイズだ。

 はっきり言って、想像を絶する大きさだ。

 徐々に壁のようにそびえる宇宙母艦を見ながら、俺は操縦室の中で投影型キーボードを出して、報告書を書いていた。

 反乱軍はこういうところは堅苦しい。誰に報告しているのか知らないが、とにかく、お堅い。

 格納庫に入り、機密が確保されてから俺は機体を降りた。整備ロボットが近づいてくる。一緒に格納庫に降りた輸送船から、兵士たちが降りてきて、負傷者がまず運ばれていった。海賊も粘ったようだな。

 格納庫の壁にある通信機で、俺を担当している将校を呼び出す。

「へい、仕事は終わったぜ」

 目の前のモニターに中年の男性が浮かび上がる。

『無事に終わって、感謝している。経費はどれくらいだね?』

 俺が実際の数字を言うと、相手は頷いた。

『支払うよ。そちらのソケットにカードを入れてくれ。そちらからは、報告書を受け取る』

 機体の中で報告書を入力しておいた汎用データカードを、通信機の横のスリットに差し込む。報告書を送信する操作をしている間に、情報マネーが振り込まれてきた。

 カードを取り出し、画面の中の将校に軽く頭を下げる。

「ありがとよ。また仕事があったら、呼んでくれ」

 そう言ったものの、返事はなかった。

 なかったわけじゃないが、聞こえなかった。

 轟音とともに地面が揺れた。いや、地面じゃない。ここは宇宙母艦だ。

 格納庫の明かりが赤に変わり、サイレンが鳴り始める。

 敵襲だ!

 俺は汎用データカードをポケットに押し込みつつ、フィーアの元へ走った。周囲では緊急発進する機動戦闘艇が、次々と飛び上がり外へ向かうため、強風が吹き抜ける。

 フィーアは鉱物燃料を補給されているところだった。無人のロボットがその作業をしていて、しかし緊急事態を察知し、手順を省略してソケットを抜こうとしている。

 ロボットを無視して操縦席に滑り込むと、起動手順を全てスキップして、燃料補給ソケットを強制解除させる。燃焼門が稼動し、反重力装置も起動、機体が浮かび上がる。

 すでに格納庫からはほとんど機動戦闘艇が消えていた。反乱軍とはいえ、練度は決して低くはないのだ。

 俺も自分の機体を宇宙空間に飛ばし、周囲を確認。

 最初、状況が飲み込めなかった。

 宇宙母艦の周囲を反乱軍と帝国軍の機動戦闘艇が飛び回るのは通常だ。

 しかし、宇宙母艦の目と鼻の先に、帝国軍の宇宙戦艦が二隻、陣取っている。宇宙母艦に大口径粒子ビームがひっきりなしに撃ち込まれ、それを大出力のフィールドが防いでいた。

 実体弾が時折、宇宙母艦の装甲を破砕しているのも見える。

 そして豪雨のような小型の粒子ビームが、反乱軍の機動戦闘艇に降り注いでいる。

『容赦ないな! 逃げ場がないぞ!』

『逃げるな! 敵機に近づけ! 連中も味方もろともは撃ってこない!』

『まとまるんじゃないぞ! 大口径の粒子ビームで仲良く蒸発するからな!』

『宇宙戦艦と宇宙母艦じゃ、勝負ならねぇ!』

 反乱軍の兵士たちの通信を聞きつつ、俺も戦闘機動に入っていた。

 彼らが言っているのはどれも正解だ。その中でも、とにかく敵機のそばに陣取ることは重要だった。

 敵味方識別信号の関係で、帝国軍も反乱軍も、基本的に誤射が起きない仕組みになっている。

 しかし、誤射は起こる。

 自ら味方の銃火の中に飛び込んでくるのを、止めることはできないのだ。

 俺は帝国軍の戦闘機動艇を二機、三機と落としつつ、宇宙戦艦の方へ近づいてく。

『こちら宇宙母艦ウッドペッカー。亜空間航法の発動まで五分だ! 集合地点は緊急避難場所第四十二号とする』

 通信を聞きつつ、俺は宇宙戦艦のフィールドすれすれを飛びながら、その艦橋に狙いを定めていた。

 弾頭の大きさを変えられるエネルギー魚雷を、最大出力で待機させる。

 宇宙戦艦の艦橋までの道が開けたような気がした。

 トリガーを引くと、機体の下から青白い光が二発、わずかな時間差で飛び出す。

 それは宇宙戦艦の巨力なフィールドに衝突し、消えるかと思えた。

 しかし、消えたのは一発目だけだ。

 一発目のエネルギー魚雷がフィールドに負荷をかけ、二発目は減衰されながらも、その一点でフィールドを突破した。

 弱まった光が艦橋に直撃し、雷光が爆ぜる。

 小規模の爆発の後、宇宙戦艦の砲火、銃火が少し弱まる。

 通信に歓声が上がるのを聞きながら、俺は必死に逃げ回った。あまりに宇宙戦艦に近いために、反撃の粒子ビームが点ではなく、点が密集した面となって押し寄せてくる。

『フィーア、聞こえるか』

「聞こえてるよ! 手短に頼む!」

 呼びかけに対し、余裕がなくて、ほとんど叫ぶしかない。

 どうにか宇宙戦艦から離れても、今度は数え切れない機動戦闘艇に取り巻かれている。反乱軍は健闘しているが、数で負けているから、ジリ貧だ。

 ただし、逃げる暇はありそうだ。

『宇宙母艦ウッドペッカーは一分後、現宙域を亜空間航法で離脱する。君には報酬を払う用意がある。ただし、お互いに逃げ延びたら、だ』

 やたら楽しそうな通信員の言葉に、俺は怒鳴っていた。

「報酬をもらうまで死ぬもんか! さっさと逃げやがれ!」

『また会おう。以上、通信終了』

 その宣言と同時に、宇宙母艦がスゥッと消えていき始め、周囲に展開していた機動戦闘艇も、戦闘艦も消えていく。

 俺もぼやぼやしていると、貧乏くじだ。

 戦闘中にも計算させていた亜空間航法装置を起動して、戦場から離脱する。

 最低でも三回は跳躍しないと、後を追われるかもしれない。亜空間航法は離脱時に発生する痕跡で、後を辿られやすい。

 ただ、宇宙を支配している銀河帝国でも、ありとあらゆるところを見張っているわけじゃない。そこにつけこむ余地がある。

 やれやれ、報酬を払うまで、捕まるわけにも死ぬわけもいかない。

 もっとも報酬よりも、命が大事だが。

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