第1-4話 閃き

 俺は四回の亜空間航法の発動の後、やっと自分の宇宙母艦に戻ってきた。

 宇宙母艦と呼ぶのも申し訳ない大きさだ。何せ、機動戦闘艇を収容できず、接舷するしかない小ささだ。

 ドッキングして、無重力の中、チューブを抜けて宇宙母艦に入る。重力が発生して、床に足がついた。

「お帰りなさい」

 通路に顔を出したのは二十歳くらいの女性だが、無表情だ。

 それもそうだろう。彼女は人型端末であり、人間じゃない。その端末の中のに、この宇宙母艦を管理する人工知能、ジゼルが入っているだけだ。

 表情なんて、期待する方が無理である。

「食事を用意しておいてくれ。さすがに疲れた」

 俺はそれだけ指示して、シャワールームに向かう。

 宇宙母艦を買った時、ここだけはしっかりと手を入れた。たっぷりの熱いお湯を浴びるのは、最大のリラックス、というのが俺の考えだ。

 全身をよくよく温めて、外へ出た。タオルで全身を拭い、下着も服も、新しいものに変える。

 本当は浴槽に浸かりたいが、それは贅沢以外の何物でもない。

 しかし、シャワーを浴びる度に、ここに浴槽を設置しても良かった、とどうしても思ってしまう。

 髪の毛をタオルで拭いつつ、リビングに入ると、ちょうど奥のキッチンからジゼルが料理を運んでくるところだった。

「ヌードルですよ、これしかありませんからね」

 口調に感情があるのに、表情が動かないのは、やっぱりどこか、違和感だな。

 席に座って、俺は目の前に置かれた麺をフォークで引っ張り上げ、口に運んだ。その間にジゼルはお茶を淹れている。

「報酬が振り込まれていますよ」

 俺がヌードルを食べ終わるタイミングで、端末が差し出される。受け取りつつ、片手でカップを持ち上げて、お茶を飲む。飲みやすい温度だ。

「どれどれ……」

 端末を覗き込んで、俺は思わず顎を引いていた。悪くない額だ。

 それもそうか、帝国軍の攻勢を凌いだわけだし。

 そう考えて、何か、妙なものを感じた。なんだろう?

「どうしました?」

 ジゼルの声に応じないまま、俺はじっと目の前を睨んだ。

 何かがひっかかる。

 何だ?

 帝国軍の襲撃は、ないわけじゃない。ただ、反乱軍もそれには警戒している。

 お互いに、相手の動きを読み合うし、探り合う。

 なら、あの程度の争いは、別におかしくはない。

 俺の勘違いか?

 手に持ったままだった端末とカップを机に戻し、息を吐く。

 さすがに疲れているかもしれない。たまにはゆっくりと寝台で寝ないとな。

「この報酬で」ジゼルがカップを片付けながら言った。「鉱物燃料を買えますね」

 ……鉱物燃料?

 鉱物燃料……。密輸船が運んでいたのが、それだ。

 やっぱりどこか、おかしいぞ。

 何か、気になって仕方ない。

「反乱軍は、密輸した鉱物燃料を使っている……」

 声にしてみて、突然に、閃いたものがあった。

「そうか!」驚きはすぐに疑いに変わった。「いや、しかし……」

 疑問を拭えないまま、俺は立ち上がると、リビングを出て操縦室に向かった。そこにある通信機を起動しようとした時、その通信が入ってきた。

『ケルシャー! 聞こえているか! 応答してくれ!』

 緊急通信だった。俺は即座に受ける。相手は反乱軍だった。それも、例の歩兵を運んだ輸送船からだった。

「どうした?」

『帝国軍の攻勢を受けている! こちらの位置が露見しているんだ!』

 俺は自分の仮説が正しいか、試す気になった。しかし、時間がないかもしれない。

「二時間ほど、耐えてくれ」

 即座の俺の言葉に、通信の向こうで相手が動揺したのがわかった。

『二時間だって?』

「それまで逃げ回ってくれ。こちらで対応策を実行する」

『信じていいのか? いや、頼む! 助けてくれ!』

「良いだろう。報酬を楽しみにしている」

 通信先を次々に切り替えて、俺はそれから二時間、方々と連絡を取り続けた。

 二時間を少し過ぎた頃、やっと反乱軍と交信する余地ができた。

『どうなっている!』

 繋がった相手は、見ず知らずの反乱軍将校で、相当、追い詰められているようだ。

「鉱物燃料を一回の亜空間航法分だけ残して廃棄しろ。俺が言う座標まで飛んだら、そこで本当に全部、捨てるんだ」

『鉱物燃料を捨てる? そんなことをしたら、航行できないではないか!』

「跳躍先に、最低限の鉱物燃料を用意してある。それを燃焼門に放り込んで、もう一回、跳躍だ。その跳躍先に、今度はちゃんとした量の鉱物燃料が用意されている」

『なぜだ? 何が起こっている?』

「良いから言われた通りにしろ!」

 相手はためらったようだが、通信に別の声が割り込んだ。

『あなたを信じます』

 女性の声だ。まぁ、誰でも構うまい。

「後で経費を請求させてもらう。それまで生きていてくれよ」

『絶対に、お支払いします』

 通信はそれきり、途絶えた。俺はやっと肩の力を抜いて、まだ緊張しているのを意識しながら、寝室に向かった。通路でジゼルが待っている。

「お仕事は終わりましたか?」

「タダ働きになるかもしれないけどな。俺は寝るよ。船を任せる」

「了解しました。おやすみなさい」

「おやすみ」


 結局、反乱軍は危機を乗り切った。

 帝国軍が反乱軍の位置を把握した方法は俺の予想通り、鉱物燃料に細工をしていたのだった。

 ただし、大規模な細工だ。

 銀河帝国で流通する全ての正規の鉱物燃料に印をつけたのだ。

 これをやられると、反乱軍が利用する密輸品の鉱物燃料に印がないことになる。

 もちろん、正規の鉱物燃料を使う部隊もあるが、密輸品を使う部隊は、印がないところを狙えば、摘発されてしまう。

 俺の対処法は単純で、方々から集めた正規の鉱物燃料の集積地を二時間で工面し、あとは反乱軍に鉱物燃料を積み替えさせただけだ。

 この功績に反乱軍は俺に勲章を寄越したが、この勲章は引き出しの肥やしになった。

 俺が欲しいのは報酬で、かなりの額が振り込まれた。

 振り込まれたが、しかしどうも、二時間で大量の鉱物燃料をかき集めた代償は、大きそうだ。

 ほとんどが経費で反乱軍から落ちたが、方々に借りができた。

 全く、困ったことだ。

 しかし、まぁ、こういうスリリングさが、俺の楽しみでもある。

 楽しみがあるってのは、重要だ。

 生きるのが楽しいってのは、最高だ。



(第1話 了)

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