第1-2話 接触
密輸船団を護衛しているところへ、通信が入った。
『やあ、ケルシャー。調子はどうだい?』
亜空間通信はどんなに離れていてもタイムラグなしに交信できる。
音声のみの通信の相手は、反乱軍の将校だ。
「退屈しているよ。目的地まで三時間で、早く外に出たいぜ」
今、亜空間航法のための計算中で、それを使ってもまだ三時間の旅が残っていた。
『残念だが、それは少し先送りしてほしい』
「金次第、だな」
『四割増しだ』
即座に計算して、俺は身を乗り出していた。
「良いぜ。何をする?」
『別の護衛をして欲しい。場所はこれから送る』
送られてきた座標は、亜空間航法で一時間ほどの位置だ。これはかなり近い。
『そこで歩兵部隊の輸送船と合流して、さらに次のところへ飛んでもらう』
もう一つ、座標が伝えられた。手元のパネルを操作し目の前に海図を広げる。こちらも近い。
「こんなご近所で何をするつもりだ?」
『密輸船が宇宙海賊に襲われた』
宇宙海賊とは、また……。
連中は反体制といえば反体制だが、反乱軍と違うのは帝国軍には手を出さず、民間人を狙う。
『密輸船二隻が拿捕されている。一隻だけ逃れたんだ』
「連中の戦力は?」
『機動戦闘艇が四機か五機、戦闘艦が一隻、というのが第一報だが、確度は低い』
「歩兵を送り込むってことは、基地を制圧するのか?」
自然と、俺は宇宙海賊がよく使う宇宙母艦を思い浮かべていた。
『まずは交渉だ。制圧は最後の手段になる』
「良いだろう。現時点で、任務を切り替える。兵隊さんたちはもう動いているんだな?」
『情報は今から送る』
送られてきた情報を確認。四割増しなりの仕事だな。
「全て了解だ。状況を開始する」
『頼んだ。交信終了』
通信が切れるのと同時に、俺は機体を密輸船に寄せて、艦橋に近づいた。通信を繋ぐ。
「聞いていたかい? ここでお別れだ」
『また会おう。無事を祈っている』
「そちらさんも。じゃあな」
翼を振ってから機体を振り回し、俺は船団を離れた。
人工知能が亜空間航法の計算を終えて、装置が起動すると周囲が真っ暗になった。すぐに全方位モニターが空の映像に変わる。長時間、真っ暗闇の中にいると精神に異常をきたす、というのが常識だ。
一時間経たずに亜空間から飛び出すと、すぐ背後を一隻の輸送艦がゆっくりと航行していた。
『フィーアだな?』通信が繋がった。『こちら、輸送船フリーザだ』
「こちらフィーア。次の亜空間航法の計算は終わってるか?」
『終わっているよ。十分な待ち時間があった』
「遅れて悪い。情報共有して、飛ぶとしよう」
計算結果が送られてきて、機動戦闘艇と輸送船は、同時に亜空間に飛び込んだ。
今度の一時間は先程よりは退屈しなかった。輸送船と通信が繋がっていて、船長が話し好きなのだ。
通常空間に戻ると、前方にドーナツのようなものが浮かんでいる。俺の視線を感知して、拡大される。
ドーナツには、二隻の輸送船が接舷している。
ドーナツは宇宙母艦だ。想像していたよりも新しいように見える。
戦闘艦がどこかにいるはずだが、見当たらない。
「フリーザ、そちらのセンサーで周囲を確認できているか?」
『できている。戦闘艦が見えないのは、こちらでも気づいた。迷彩か?』
「そこまで良い装備はないんじゃないか? こちらでいつでも動けるようにしておくから、さっさとそちらで話し合いを進めてくれ」
俺は自機のセンサーを調整しつつ、周囲を検めた。何も反応がない。
戦闘艦は出払っているのか?
そんなことを思っているうちに、宇宙海賊と反乱軍の交渉が始まった。俺は無関係なはずだけど、亜空間通信が俺の方にも繋がっていて、声が操縦席に流れる。
反乱軍はまず無条件の解放を訴え、次に金との交換を訴えた。
しかし宇宙海賊は聞く耳を持たない、という姿勢で、あくまで強気だ。受け取る額を釣り上げたいんだろう。
そんな交渉を聞きながら、俺は情報を眺めていた。
密輸船団が運んでいたのは、鉱物燃料と呼ばれるものだ。
亜空間航法の実現の前段階として実用化され機関は、燃焼門、と呼ばれる。
この機関が、亜空間航法の発動に必要な膨大なエネルギーを生み出すのだが、その燃料は、ある種の鉱物である。
一種類ではなく何種類もの鉱物が、燃焼門の稼働に使える。種類によって効率などが違うが、種類が多いがために、燃焼門を稼働する鉱物燃料に不自由する、ということは滅多にないのだった。
そして、密輸船が運んでいた鉱物燃料は、二級品の鉱物燃料だ。
ただし、量は多い。密輸船一隻に積まれている鉱物燃料を、大型の宇宙母艦の燃焼門に放り込めば、二年は補給無しで稼働できる。
よくもまぁ、反乱軍もこれだけ買い付けたものだ。
交渉は徐々にちぐはぐになり、結局、俺の想像通りに決裂した。
『接舷攻撃をかける』輸送船が動き始める。『機動戦闘艇を排除してくれ。六機ほどと推測される』
「任せときな」
言っているそばから、宇宙母艦から六機の機動戦闘艇が飛び出してくる。
シートの位置を直し、ベルトで体を固定する。愛機、フィーアの燃焼門を活性化させ、出力を最大に。
推進器が機体を急加速させ、シートに押さえつけられる。
みるみる、宇宙海賊の戦闘艇が大きくなる。
三器の粒子ビーム砲をスタンバイ、エネルギー魚雷にもエネルギーを流し込んでおく。
こちらが射程に入る前に、敵機のうちの一機がビームを発砲。残滓が俺の機体の周囲の障壁、フィールドの表面で微かに光った。
フィールドは粒子ビームに対する防御手段で、実体弾には効果がない。
まぁ、実体弾という不効率なものは、戦闘艇に積んだりはしない。戦闘艇は動きが早すぎて、実体弾は一直線にしか飛ばないので滅多に命中しない。効果はほぼないのがはっきりしている。
俺の機体から四本の小さな腕のようなものが伸び、その先端でスラスターが発光。
小さく姿勢を変え、粒子ビーム砲の照準が敵機を捉える。
正確には、未来位置の敵機を、だけど。
発砲と同時に光の点線が闇を走り、敵機のど真ん中に吸い込まれた。
小さな光の塊が瞬き、残骸が宇宙空間を四方八方に飛ぶ。
そのまま俺は容赦なく、敵機を撃墜していった。六機のうちの二機は比較的、手応えのある相手だった。それぞれの技量もだが、二機がペアになって、死角を消しつつ、こちらを必ずどちらかが狙っている。
スラスターを複雑に吹かして、捻るような軌道で片方の背後に滑り込み、どうにか撃墜した。
最後の一機は戦場を離脱すると、単機で亜空間航法を発動しようとした。当然、逃がすわけがない。
粒子ビームの連射でバラバラに吹き飛ばしておいた。
宇宙格闘戦が終わった頃には、輸送船の方も仕事を終えていた。
『制圧は完了した。すぐにこの場を離れる』
輸送船からの通信を聞きながら、ベルトを緩め、体をリラックスさせる。
『宇宙母艦は放置しよう。それとも、撃ちたいかね?』
「こちらは雇われているんでね、エネルギー魚雷の一発でも節約したいね」
『了解した。こちらで亜空間航法の事前計算は完了している。そちらは損傷はないか?』
「それを最初に聞いてくれ。無事だよ。とっとと帰ろうぜ」
こうして、一つ、仕事は終わった。
後は報酬をもらうのみ。
4割増しか。嬉しさしかない。
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