支配された銀河の片隅で

和泉茉樹

SS第1話 マイノリティー・フォース

第1-1話 マーセナリー

 銀河帝国。

 最初、誰も信じなかったその政治体制が、実際に現出して百年になろうとしている。

 帝国は人類が進出した宇宙のほぼ全体を支配下に置いている。

 軍による武力、秘密警察による取り締まり。

 うんざりするほどお約束な手法により、この帝国は運営されている。

 そしてこれもまたお約束として、反乱勢力もいるわけである。


 俺、ケルシャー・キックスは、元は銀河帝国軍の第一艦隊に所属した、戦闘機動艇の操縦士。

 いろいろあって除隊することになり、コネやら何やらを総動員して、転職した。

 我がことながら、もっと別の職業を選んだ方が良かったかもしれない。

 十六歳から準軍学校で教育を受け、ほとんどの宇宙船の操縦ができる。

 宇宙に限らず、全ての車両の免許も持っているし、大気圏内を飛ぶ飛行車も余裕で操縦できた。

 しかし、そういう安定している、安全な職業は選ばないのが、俺が俺たる所以とも言える。

 選んだ職業。

 傭兵だ。

 手に入れたのはその当時で十年は建造から経っていた小型の宇宙母艦と、一機の機動戦闘艇。

 一人きりの自由な仕事だ。

 仕事を始めてわかったことは、反乱軍が意外に、戦力を持っていることだ。

 銀河帝国に表立って反旗を翻している惑星は存在しない。中立の惑星もあるが、銀河帝国以外の集団がないので、形だけだ。

 では、反乱軍はどこにいるのか?

 なんと、彼らの中枢は絶えず移動している。俺が持っているような宇宙母艦など比べ物にならない、本物の宇宙母艦で。

 どうやって手に入れたのかは最高機密だけど、想像するに、帝国軍から裏切り者が出たか、あるいはどこかでくすねたんだろう。どちらもただ事じゃないけど。

 何にせよ、俺には格好の商売相手がいるということだ。

 反乱軍に自分を売り込む時、一番の課題は、俺が帝国軍に属していた、という経歴だった。

 経歴を詐称するのは論外だ。そんなことをして反乱軍の仕事を受けて、もし実際の経歴が露見すれば、十中八九、俺はスパイだと疑われるし、この疑いの晴らしようがない。

 ということで、俺は堂々と、元は帝国軍兵士でございます、と彼らと接触したのだった。

 反乱軍の連中はえげつないことに、俺の精神をスキャンして、害意がないか、確認してきた。

 何十年も前に確立された精神スキャンは、帝国軍の常套手段だ。帝国に否定的なことを考えている時にスキャンされると、即座に反乱分子と認定され、収容所送りになる。

 反乱軍はこの手法を否定している。お題目としては、心の自由は何よりも大事である、ということなんだが、しかし、まさか俺にそれをやってみせるとは思わなかった。

 もちろん、俺は少しの躊躇いもなく、精神スキャンの最中に、反乱軍を心の中で罵倒しまくったものだ。

 俺を取り調べていた将校は目を丸くしてから、俺を解放した。

「面白い奴だな。俺たちはそういうふざけた人間こそを同志と呼んでいる」

 将校はそう言って、俺に手を差し出した。

「そりゃどうも。同志じゃなくて、取引相手だがな」

 こうして俺は反乱軍との接点を持った。

 彼らがやっていることは、象の体に針を打つようなものだ。

 そもそも、拠点となる惑星がなく、まるっきり遊牧民だ。そして帝国の国民の九割九分九厘が、帝国の恐怖支配に隷属している。

 俺のように自由に生きている奴もいるけれど、少数派だし、遊牧民的生活をしていて反乱軍と大差ない。帝国とうまくやっているか、いがみ合っているか、その違いしかないのである。

 そんなわけで、反乱軍が最も気をつかうのが、物資の密輸、ということになる。

 ありとあらゆる、全部が、密輸なのだ。

 未だに俺が知らないのは、反乱軍の財源で、びっくりするほど潤沢である。

 商人には、この密輸で財を成したものが何人もいる。そのうちにそういう商店は、反乱軍の情報収集拠点や協力者となるのだった。

 俺の最初の仕事は、密輸船の操縦で、本意じゃなかったが、アピールのつもりで受けた。

 広大な宇宙に人間が進出する契機となった、画期的な航行技術、亜空間航法を使えば、輸送船だってほとんど操縦する必要がないのだ。

 亜空間航法は、発動前に念入りな計算が必要だが、計算が終わってしまえば自動航行になる。

 あの時の旅ほど退屈なものはなかった。

 俺は副操縦士の立場で、もう一人、操縦士がいたわけだが、二人でひたすらボードゲームをしていたのだった。二週間も。

 もう一生、あのゲームはしない。

 そんな小手調の仕事をいくつかこなし、やっと自分のために買った機動戦闘艇に乗る仕事をもらえた。

 密輸船の護衛だ。

 ただし、この仕事もまた苦痛だった。

 密輸船が亜空間航法を使っているということは、俺はその間、機動戦闘艇の操縦席で、人工睡眠状態で眠りこけているわけだ。

 機体の人工知能が覚醒させてくれると、通常空間に戻っている。当然、全身がバキバキになる。これは帝国軍にいる時も、演習で何度か体験していたけど。

 そうして反乱軍に雇われて、護衛をしたり、たまに別の仕事をしたりして、五年が過ぎている。

 機動戦闘艇はいよいよガタがきて、買い換えた。それでも古いモデルのものだ。

 反乱軍に六年のローンを組んでもらった。六年が短いか長いかは別として、六年は死なない、と考えたらしい。

 ローンの半分を返した今も、最前線に俺はいるのだった。



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