第21話 激闘
岩場を下りながら、僕は四人ほどのプレイヤーを撃墜した。
いつの間にか岩場の舞台にも多くのプレイヤーがいる。ほどほどの腕前で、今の僕にはちょうどいい。ちなみに、前に魔弾が破壊しようとした岩はまだあって、不自然な形状になっている。
岩場の下に行くと、川が流れている。この川の川岸に、舞台の境界線がある。
この先の河原が、魔弾との決闘の場だ。
河原に降りる前に、深呼吸した。
もう負けるわけにはいかない。
不安、恐怖、緊張。
全部を無視して、僕は河原へ踏み出した。舞台が切り替わる気配。河原の石を踏んで、進んでいく。
川幅は比較的、広い。その中洲に、岩があった。
僕は迷わず、狙撃銃を構えた。じっと岩の上を集中して観察する。
姿は見えない。熱もない。動きの気配もないし、音もない。
つまり、無人というのが、合理的な判断だった。
ただ、前は違った。あの岩場では魔弾は、完全に存在を消して、指定していた岩の上にいた。
それを加味して、僕は中洲の岩の上を、じっと狙った。
合図の銃声が鳴らない。
どうした? 魔弾、なぜ、決闘を始めない?
僕はここにいるぞ。見えているんだろう?
始めろ。
今だ。
早く!
銃声が鳴る。一発、二発、三発の連なり。
スコープの中に、微かな気配。
それは実像でも、音でも、熱でも、何でもない。動きですらない。
ただ、何かの気配がした。
躊躇う理由はない。僕は即座に引き金を引いた。
銃声を消す必要はないし、反動を逃したり、次の動きにつなげる理由はない。
銃弾が最速で、飛んで、岩の上を貫通する。
微かな呻き声。
同時に、手応え。
しかし決着は付いていない。僕は即座に自分の姿を消すように意識を集中し、走った。河原を駆け抜け、そのまま川面へ。
いつかのダーカーとの決闘のように、水面の上を踏んで、水中に足が沈まないように意志力を注ぐ。
先ほどの一撃で、魔弾はわずかに動揺している。
隠蔽が不完全になった。そこへ僕は二撃目を加える。今度は銃声を完全に消し、熱も隠蔽。その全ての反動を転用して、強く水面を蹴った。
体が跳ね上がり、十メートルに近い大跳躍になる。
僕の二発目の弾丸は、魔弾をわずかにかすめたようだけど、ダメージは弱い。
空中でを体を捻って、真下に見える河原は、全域が認識下に置くことができた。
水面にわずかな波紋。
最大の好機だった。
時間の流れが緩慢になる錯覚。狙撃銃が重く感じる。
狙いが定まり、引き金を引いた途端、逆に時間は一気に加速した。
河原に着地し、油断なく銃を構える。
いや、構えられなかった。
手元に強烈な衝撃が走り、狙撃銃を取り落としていた。
眼前に盾をイメージし、狙撃銃を拾おうとする。
銃声を理解した時には、僕の狙撃銃が跳ねて、伸ばした手から逃げるように転がる。
「学習したようだな」
声はするけど、魔弾の姿が見えない。声も不自然に反響していて、ほぼ完璧な欺瞞。
「姿を隠すのが好きなんだな」
挑発に乗るとも思えなかった。実際、彼がいきなり姿を見せるようなことはない。
僕はじっと意識を整えて、集中を高める。
盾はもう形成しても意味はない。
ここで選べる選択肢は、一つしか思い浮かばなかった。
練習したことはある。ただ、今は実戦の場で、失敗は敗北に直結している。
意志力の全てが傾けられているがために、感覚さえも曖昧になる。魔弾の位置も、ぼんやりとしか把握できない。
「何をしている?」
魔弾が訝しげに訊ねてきた。
ここが、限界だ。
僕は、狙撃銃に触れた。
空気を伝わって、魔弾の動揺が感じ取れた。
もちろん、彼が躊躇う理由はない。銃撃が連続する。
今までになかった、慌てていた連射。
五発のうちの一発が、僕の左の大腿を直撃する。姿勢が乱れる。
残りの四発が外れたのは、僕に幸運が味方したことが歴然。
何故、魔弾が外したのか。
理由は、彼が狙っていた僕は、密かに幻と入れ替わっていたのだった。
彼はずっと幻を狙っていたわけだ。
幻の展開と同時に姿を消していた僕の実体は、狙撃銃に忍び寄っていた。
ほとんど狙いをつけずに、僕の狙撃銃も火を吹いている。
純粋な技術、意志力による制御がほとんど無い射撃。
その銃声は、魔弾の五連発の銃声と混ざっていて、その中に僕の苦鳴が混ざった。
もう一つ、濁った音も。
ひざ立ちで銃を構えた先で、徐々に輪郭を現した魔弾が、こちらを睨みつけている。
拳銃はこちらに向いている。
しかし彼の足は、川の中に沈み、もはや集中力が落ちているのははっきりしていた。
魔弾の拳銃が激しく震え、もう一方の手は胸に当てられていた。
僕の一撃は、彼を捉えていた。
「不愉快だ……」
彼が僕の言葉に応じなかったように、僕が彼に答える義理はない。
引き金を引いた。銃声がひときわ高く、轟いた。
魔弾の体が後ろに倒れ、消えた。
勝った。
魔弾を、倒した。倒すことができた。
ダーカーを倒した時と似た気持ちが湧いたけど、それよりも安堵が強い。
僕は狙撃銃を下げて、息を吐いた。震えるのを、止めることはできなかった。
「勝ったぞ……」
確かめるように、思わず声に出していた。
「やるわね」
前触れのない声に、僕の背筋が凍った。
この声は。
この声だけは、二度と、オール・イン・ガンでは聞きたくなかった、声だ。
「認めないわけにはいかないわね」
ゆっくりと首を巡らせて、声の方を見た。
本当は、見たくなかった。
でも見ないでいられない、理由がある。
「ダーカー……」
視線の先、河原にダーカーが立っている。彼女の顔は仮面で見えない。
しかし、気配は挑戦的なそれであるのが明らかだ。
「もう、やめてくれ」
僕の声は、頼りないものになる。ふらつくような、もう戦意も何もない、弱々しい口調で、僕は懇願した。
「ダーカー、もう、終わりだよ」
彼女が小さく笑った。もちろん、仮面で顔は見えない。
「最後に、決着をつけましょう」
彼女が狙撃銃を、くるりと回すとピタリと構えた。
「本当の、最後に」
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