第16話 蘇る闘志 新たなる敵 そして、再会
オール・イン・ガンへの熱意が再燃した僕は、次に参加した時、脇目も振らずに魔弾を探していた。
やることは変わらないが、ダーカーを追うのとはまた違った熱が、心にあった。
場所は例の岩場の舞台で、周囲を念入りに精査する。
いない。
いるはずなのだ。理由のない確信が胸の中にあった。
どこだ? どこにいる?
「そう熱くなるなよ、少年」
声は唐突だった。
背中に銃口が突きつけられていた。何の気配もない、音も、熱も、全ての索敵を無視する、完璧な欺瞞。
銃口の感触は、ダーカーのことを思い出す。でも隅に追いやるしかない。
「あなたを探していた。ここにいると思っていた」
「その割には周りが見えていない」
「生憎、熱くなっていて」
揚げ足をとるようなことを思わず口にしていた。
今の僕は、彼がちょっと引き金を引くだけで、撃墜されてしまう。
そんな状況が、逆に強気にさせたかもしれない。
「俺を探して、どうするつもりだ? どこかの間抜けとやったように、決闘かね?」
「間抜け?」聞き捨てならない言葉だ。「ダーカーのこと?」
「二人きりでの楽しいダンス。そんなものに、俺は価値を見出せないね」
どうやら観察されていたらしい。
「でも彼女は、あなたみたいに騙し討ちをしたりはしない」
「この仮想遊戯の基本の基本を履き違えているな? この仮想遊戯は、どんな手段を使ってでも、相手を撃墜するのが鉄則だ。そのために銃声を消し、姿を消す。違うかな?」
答えることはできなかった。
いつか、似たようなことをダーカーも言っていた。
この仮想遊戯には、敵という概念しかない。味方という概念は、ないのだ。
「俺と決闘して、どうなる?」
黙り込んだ僕に、魔弾が問いかけてくる。微かな違和感があった。
「理由なんてない。ダーカーの代わりに、あなたを撃墜したい」
「あの阿呆のために? それでお前に何の得がある? どうせ何回撃墜されても、何回でも復活するんだぞ?」
「けじめ、かな」
反射的に口にした割に、いい表現じゃないか。
けじめは大事だろう。何度でも再挑戦できる対象だからこそ、どこかで区切りをつける必要はある。
それに、目標も必要だ。
僕はダーカーを一回とはいえ、撃墜した。それも不意打ちや騙し討ちではなく、正々堂々と、正面から戦ってだ。
次の目標がやっと決まった。いや、目標がついに、目の前に現れた。
「あなたを倒すのが、僕がここにいる理由です」
ピクリと銃口が震え、すっと背中から離れた。
僕は躊躇わなかった。振り向きつつ、狙撃銃を構える。
魔弾と、向かい合った。
彼の拳銃は、こちらに向けられている。しかし仮面の向こうからの気配には、殺気ががない。
すぐには撃たないという、理由のない、しかし揺るがない確信。
「良いだろう。戦ってやる。いつが良いかな?」
僕は少し考えた。
「一週間後だ」
「一週間後だって?」
混じりっけのない意外さでできた声を、魔弾が口にする。しかしすぐに気を取り直した。
「面倒だな。いつでも良いか……」
何が面倒なんだろう?
「俺はここにいる」
こちらの疑問に気づかないのか、無視したのか、片手で魔弾が周囲を示す。
「いつでもここで、入ってくるプレイヤーを見張っているから、俺と戦いたい時に、ここへ来い。そうだな……」
周囲に視線を巡らせた彼が、動きを止める。
視線の先には一つの岩がある。
「こちらがお前の位置を知っていて、お前がこちらの位置を知らないのは不公平だからな。俺はあの岩の上で待つ。ここにきたら、すぐにそこを精査してみろ。見抜けなければ、それまでだ」
正直、見抜ける自信はないけれど、まさかそう打ち明ける気にもなれない。
「合図はあの阿呆と同じだ。銃声を連続して三発、鳴らす。それが合図になる。いいか?」
「良い」
狙撃銃を下げると、彼も拳銃を下げた。全くこちらを警戒していない。
今なら、不意を打てる。
でもそれは、流儀に反するだろう。
ふらりと、魔弾がこちらに背を向ける。その背中が、スゥッと溶けるように周囲の景色に混ざった。
「いつでも待っているから、かかって来い。全力で」
ついに魔弾の姿は全く見えなくなった。周囲をキョロキョロ見回したい気持ちを抑えて、意識だけを集中させて、彼の後を追おうとする。
無理だった。何の痕跡もない。
あんなプレイヤーに、勝てるのだろうか?
考えながら、僕は斜面を登り始めた。今の時点で、この岩場の舞台にやってこれるのは、隣の深山の舞台だけだ。とりあえずはそこへ移動して、作戦を練るしかない。
足を動かしながら、魔弾の隙を想像しようとしたけど、全く思い当たらない。
いつの間にか、峰に達していた。そこを通り越し、反対側の斜面へ。土が露出する斜面。
そこで一人のプレイヤーが待っていた。
「交渉はうまくいったかな?」
気づかずに、僕は足を止めていた。
信じられない。
目の前にいるプレイヤーは、僕がよく知っているプレイヤーだ。
いわば、僕の師なのだから。
彼女こそが、僕の、目標。
「ダーカー……」
そこにいる仮面のプレイヤーが、こちらへ歩み寄ってくる。
「今まで、どこで何をしていたの?」
聞きたいことはいろいろある。まず口をついたのは、漠然とした問いかけだけど、もちろん、頭は回っていない。
彼女は僕のすぐ前まで来て、軽く僕の腕を叩く。
「ちょっと遊ぼうよ。そちらの力量がどれだけのものか、見てみたい」
「う、うん」
強く頷く僕がおかしかったのか、彼女は小さな笑い声を発した。
幻じゃない。実際に彼女が、僕の目の前にいる。信じられない。
僕とダーカーは斜面を降りて、森の中に入った。木々が密集し、平坦な地面は全くない。根が張っていて、複雑に隆起している場所が多い。
僕たちはそんな森の中をさまよいつつ、遭遇するプレイヤーをそれぞれに撃墜していった。
太陽が天頂から、徐々に下がってくる。夕日は木々に遮られて、見えない。周囲が薄暗くなってくる。
「ちょっと休もうか。話もしたいし」
僕たちはひときわ太い木の根元に、並んで腰掛けた。
「あの後、どうしていたの?」
彼女からのその質問は、僕の心の堰を切るのに十分すぎる威力があった。
僕はシュタイナ魔法学院を出て、魔法理論の研究所に入ったことも、彼女には伝えられていなかったのだ。そこから始まり、三年間の研究所での仕事や、自分の生活について、話していく。
自分でも驚くほど、言葉が次々と出てきた。時々、同じことを繰り返したり、ちぐはぐな記憶もあったけど、おおよそを言葉にして、彼女に教えた。
その間、ダーカーはほとんど黙って、たまに相槌を打ち、聞いていてくれた。
「楽しそうで良かったわ」
彼女は僕が口を閉じると、そう言ってくれた。僕の告白の内容に安心していること、つまり彼女が僕の生活に不安を感じていたことが、わかった。
「ダーカーは? どうしていたの?」
「ちょっとややこしいわね、こっちは」
歯切れの悪い彼女は、珍しい。僕はじっと待った。
何か、別の話題に方向を変えれば良いかもしれない、と思ったけど、僕は黙って、彼女の言葉を待った。
彼女のことを知りたいという思いを、無視できなかった。
静かな時間が流れてから、ふっとダーカーが息を吐いた。
「現実で会うのが、筋なんでしょうね」
びっくりした。あのダーカーが、現実で僕と会うと言っている。
「現実で? それは……」
混乱が深刻で、僕はそれ以上、言葉を続けられなかった。
僕は彼女の顔を知らない。いつも仮面に隠されていた。それは彼女も同様だ。彼女も僕の顔を知らない。
二人とも、長い時間を過ごしたのに、素顔を知らないなんて、変な感じだけど、事実だ。
「今日は何日だった?」
不思議な問いかけだけど、それを気にする余裕はなかった。僕が日付を答えると、ダーカーは少し悩んだようだった。
「一週間後ならいいと思うわ。私も首都にいるから、そうね、中央公園の、噴水のところで、待ち合わせましょう。時間は十五時。お互いに、相手を探せば、会えるはずよ」
なんとも曖昧な約束だった。
でも、ダーカーは僕と会える自信がある風だった。なんでだろう?
「目印は?」考えはすぐに浮かんだ。「僕は、そうだな、空色のコートを着ていくよ。派手だから、すぐ分かると思う」
「空色のコートね」
冗談交じりの提案だったのに、彼女は平然としている。なんか、すべったみたいで嫌だなぁ……。
「私の特徴は、長い髪よ。黒い髪」
「それは目印にならないよ」
「なるわよ。大丈夫だから。信じなさい」
本当かなぁ。
「夜が明けたら、もうちょっと訓練を積みましょう。それまでは、まぁ、ご歓談、ね」
僕は自分が彼女と会わなくなってから遊んできたオール・イン・ガンにおける、様々な名場面を発表した。
我ながら奇跡的な超遠距離狙撃。
手強いプレイヤーの、行き渡った偽装と隠蔽を、看破した時の感動。
逆に、完全なる油断で、あっさりと撃墜された時の、行き場のない怒り。
撃墜されながらも、納得のいくほどの高い技術を垣間見た時の、腑に落ちる感覚。
僕が話している間、ダーカーはやっぱり黙って、話を聞いていた。しばらく一方的に話してから、僕は彼女にバトンタッチする。
ダーカーも様々な場面を、時に詳細に、時にざっくりと、教えてくれた。
僕が知らない、経験もしていない、様々な高等技術が行使される場面の数々に、僕は思わず質問をぶつけていて、時折、質問攻めをするような感じになったりする。
そんな僕に、ダーカーは気分を害された風もなく、丁寧に答えてくれた。
結局、僕たちはそこで夜が明けるまで、話していた。日が周囲に差し込み始めて、ダーカーが立ち上がるのに、僕も続いた。
「さあ、決闘まで、時間はないよ」
彼女には、魔弾との戦いについても話していた。
「私と会う前に済ませちゃってね。すぐに報告を聞きたいから。直にね」
「善処するよ」
そう応じるしかなかった。
なんか、すごいプレッシャーを感じる。気のせいだと思いたい。
僕たちは周囲の索敵を回避する隠蔽を自身に施しつつ、他のプレイヤーを探し始めた。
結果は、ほとんど山狩りのような様相になった。僕は自分の技術が格段に高まっていると思ったけど、ダーカーのそれは、そんな僕が目を見張る場面が多い。
とにかく、敵を発見するのが早い。僕の感覚が捉えきれない存在や、遠い位置のプレイヤーを、察知できるのだ。
そして狙撃銃を構える前から感じる、必中の気配。
実際、外れることはない。
「どうやっているのか、教えて欲しいよ。できることなら、感覚の共有でもして」
「それぞれのプレイヤーに個性があるの。私と君でも、向き不向きはある」
「やれやれ。僕には何が向いているんだろう?」
そんなことを言いながら、僕たちはほとんど森林地帯の他のプレイヤーを根こそぎにするように、撃墜を重ねていった。
時折、ダーカーがアドバイスをくれた。的確で、要点をきっちり押さえているのが、不思議だ。彼女は僕の心を読んでいるのか? いや、まさか。
最後はいつも通り、あっけない。
どこからか飛来した弾丸が、僕の頭に衝撃を与え、気づいた時には、寝台に横になっている。
ダーカーの気配を感じつつ、僕は身を起こした。
無性に悲しい。ダーカーとまた会えるのか、もう会えないのではないか、そんなことを考えると、胸が苦しい。
でも彼女とは、一週間後に現実で会うのだ。
そして三日後にも、彼女とはオール・イン・ガンの中で会う約束をしてあった。
実は、夜が明けようとしている時、僕は彼女にその二つの約束を、破らないように、念を押した。
彼女の反応は、どこか困っているようで、でも、口調ははっきりしていた。
「大丈夫。何も心配いらないから。安心しなさい」
そう言われても、僕はまだどこか、信じきれなかった。
そんな弱い自分が恨めしく、うじうじと考えてしまう自分に嫌悪感を覚える。
寝台から起き上がり、壁に貼り付けてあるカレンダーに歩み寄り、そこをじっと見据えた。
一週間後に予定されている二つの出来事は、どちらも失敗は許されない。
どちらもベストを尽くすのが、第一だ。
カレンダーから離れて、僕はクローゼットを開けた。空色のコートを、クリーニングに出さないと。もう長い間、眠っていたのだ。
派手な格好は好きじゃないけど、これくらい派手なら、記憶にも残るだろう。
いやいや、その前に、ダーカーと本当に会えるのか、それを心配するべきかもな。
記憶の中にある彼女の言葉を、何度も思い返した。
彼女が自信があるというのなら、間違いないんだろう。いったい、ダーカーはどんな容姿をしているのか。仮面の奥には、どんな顔があるのか。
なんとなく、頭の中には女性の顔が浮かんでいる。でも全体的に曖昧だ。曖昧だけど、しかし好ましいように感じる、幻のような相貌。
彼女の顔のことを心配する前に、僕の顔のことを心配するべきかも。
もしかしたら、彼女の想像する顔と僕の実際の顔が違いすぎて、彼女が逃げ出したら?
そんな展開が絶対にない、とは言い切れない。
うーん……、そうなったら、仕方ない。それは彼女が決めることだし。
そんな展開は、死ぬまで心に傷として残るのは確実だな……。
クローゼットを閉じて、僕は寝室の小さな机の上の鏡を覗き込んだ。
いつも通りの、僕の顔。十八歳の、どこにでもいそうな、顔だ。
彼女は、僕を見つけてくれるかな?
僕は、彼女を見つけられるのかな?
そんなことを考えながら、僕はしばらく鏡に見入っていた。
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