第12話 二人きりの決着
◆
舞台は廃墟ではない。
海辺である。所々に木が生えていて、あとは海水の波が押し寄せる砂浜が広がっている。小さな木立もあった。
出現したらすぐに、自身の姿を隠蔽する。完全な隠蔽で、今の僕は集中がきれない限り、誰にも察知されないはずだ。
そっと歩きながら、ダーカーの合図を待つ。
彼女が三回連続で銃声を鳴らした時、始めるということが決まっている。
合図を待ちながら、そっと木立へ向かう。
彼女が合図をすると決めた以上、彼女にはこちらが見えている。
先制攻撃を受けるのは避けられない。これは僕には不利だけど、そんなことは百も承知で、受け入れた。
ダーカーを倒す、という気持ちは、僕の中で強く脈動している、
倒すのなら、彼女の方が有利な状況をひっくり返して倒したい。
木立の中で、木を遮蔽にして、周囲を確認する。意識を集中させ索敵を始める。
まさにその瞬間に、三回の銃声が鳴り響く。
反射的に銃声が起こった位置を探る。一発は海の方だが、距離は不明。もう一発は浜辺だけど、僕の地点からは八百メートルは離れている。
三発目は意外に近くだった。
反射的に狙撃銃を振り回し、そちらを焦点しつつ、意識が高速で駆け抜ける。
僕の索敵範囲に、一人のプレイヤー。
姿を見る余地はない。
詳細を探る間もない。向こうも狙撃銃を構えているのが気配でわかる。
引き金を引く。銃声はかろうじて消せた。
銃弾が過たずに、そのプレイヤーの命中する。その姿が消えた。
しかし、手ごたえがない、確かにプレイヤーだが、ダーカーがこんなに簡単に撃墜されるだろうか。
油断せず、周囲を警戒したまさにその時、僕の拡張された感覚の中を閃光のように銃弾が突っ込んでくる。
躱せたのは、幸運以外の何物でもない。
身を捻って転がり、近くの別の木の陰に隠れる。
迂闊だった。ダーカーなら八百メートル離れていても、余裕で狙撃するだろう。
木立の中の銃声は囮りだとは考えた。そもそも、三発の銃声が起こった場所は、三箇所とも囮りだと想定していたのだ。
でも、近くの銃声の位置に、プレイヤーがいて、焦ってしまった。
撃墜したのは、無関係のプレイヤーだろう。
実際のダーカーは別の地点にいる。銃声の位置を操作しての、自身の位置の隠蔽は、こちらの先入観を逆手に取った行動に間違いない。
実は、銃声が発生した地点にダーカーはいるのでは? おそらく離れている方に。
そこまでわかっても僕には狙撃銃を構えるゆとりもない。
僕が回避した銃弾が悲鳴のような音を立てて、軌道を捻じ曲げ、こちらへ向かってくる。
地面を転がり、木立の中を走る。危うく飛び込んだ木の陰で、銃弾が幹にめり込む音を聞く。
やっと僕は意識を索敵に振り向ける。
八百メートル先の砂浜。様々な情報を集めるが何も反応がない。全くの、何の変哲もない砂浜。人がいるのか?
砂自体にも乱れがない。もちろん、一流のプレイヤーなら、砂に足跡を残さずに移動できるだろうけど。
じっと周囲を確認し、ダーカーの痕跡を探す。
同時に、別の物も探した。これは保険だ。
保険の方が見つかるのは早かった。作戦を練りつつ、どうしても索敵範囲にダーカーが現れないので、範囲を変更する。
まさか木立の中にはいないだろう。では、やはり砂浜? それとも海?
閃きは唐突にやってきた。
僕は意を決して、飛び出した。
木立から離れ、砂浜を走破し、少し高い位置にある岩場を目指して駆け上がる。
そしてそのまま走り抜け、岩場から飛び降りた。
岩場の向こうには、海面。
少しの浮遊感の後、海水が僕を包む。呼吸が続くように、そして目を開いていられるように顔の周囲を空気で包むように、意志力で物理を操作する。
そのまま海の中を泳いでいく。服が体にまとわりついて、動きづらいが、仕方ない。
事前に想定した位置まで泳ぐと、銃口を海面の外に少しだけ出す。間抜けな手法だが、仕方ない。なにせ、ぶっつけ本番なのだ。
引き金を引くと、遠くで銃声がする。
この罠に引っかかってくれれば、良いのだけど。
僕の感覚は、海水に邪魔されながら、ぼんやりとではあるけど、半径四百メートルの範囲に、索敵を設定している。
先ほどの銃声が完全に消え、十秒ほど、何も起こらなかった。
失敗か?
いや、違う。
僕の感覚の片隅を、一瞬で銃弾が飛びすぎる。察知すると同時に、感覚を操作する。
弾丸を追うように範囲が移動し、無関係のプレイヤーが撃墜されたのを知ることができた。
これが、保険である。位置は木立の中。先ほどの僕の発砲の銃声は、木立で起こるように操作してあった。
どうやら、想定通り、ダーカーは保険に気を取られ、僕の位置を見失ったようだ。
ダーカーらしからぬ失策。当然、これを突く以外にない。
僕が先ほどの銃撃で放った弾丸は、空中ですでに失速寸前だが、操作可能。
集中を総動員して、その弾丸を一直線に海上を突き進ませた。
その場所は、最初の三発の銃声の中の一発が発生した地点。
海に飛び込み、泳ぐことで、その位置に接近することで、おおよその地点を割り出したという寸法。
そしてそこに、弾丸が一発、ほとんど力がないながら、落ちる。
もし、ダーカーがいるのなら、移動するだろう。
移動してほしい。そこに唯一の勝機がある。
僕の索敵範囲は、すでに一点に焦点を合わせている。ダーカーのことだ、痕跡はわずかしか残さない。その微かな痕跡を発見できなけば、すべてが水の泡。
結果、僕は海水の中にわずかな揺れを感知することができた。
見つけた!
狙撃銃を海の中で構える。水中なので、像は激しく歪むし、遠くは見えない。
でも実際に見えない相手を撃つことは、この仮想遊戯では日常茶飯事、むしろ当たり前ときている。
僕は三回連続で、発砲する。銃声はどうにか抑え込み、熱も抑えたいが熱の方は難しい。銃身が一気に加熱され、その熱で海水温が部分的に上昇する。
いつまでも海中にいるのは不利。
浮上し、ほとんど飛び上がるように海面に出ると、水面に降り立つ。
水面に立つ技術は複雑ではあるが、慣れてしまえば何のことはない。
もちろん、突っ立っているのは間抜けなので、僕は海面上を駆け始める。
ダーカーだろうプレイヤーがいる地点へ、猛進する。
銃声が微かに響き、海の中から銃弾が飛び出してくる。これはこちらも織り込み済みだ。
即座に狙撃銃を構え引き金を引いた。照準せずに放たれた銃弾は翻り、相手の銃弾を空中で迎撃。火花が散って、銃弾同士が相殺された。
今度こそ、相手の正確な位置を把握できた。
連射して、もはや銃への負担や銃声を気にせず、一気呵成に攻撃を仕掛ける。
ここしかない!
十発の弾丸が一直線に海中の標的に襲いかかる。
銃弾が海中に潜るのと同時に、海水からそのプレイヤーがついに飛び出してくる。
ダーカー!
彼女は空中をとんぼを切りながら、十連射を返してくる。
意識が焼けるほどの集中で、僕の先に放った十発が海中から戻ってくる。
十発と十発、それが全て空中でぶつかり合い、消える。
海面に着地したダーカーと僕は同時に狙撃銃を向けあった。
「なりふり構わず、という感じね」
ダーカーの声に、僕は答えない。
答える余裕はない。
今日まで彼女と行動を共にして、彼女の実力はわかっている。
その中の一つに、銃弾の速さがある。
本気で集中したダーカーの弾丸の速度には、僕がどれだけ集中しても勝つことはできない。
つまりこうして銃を向け合っていても、ダーカーの攻撃の方が先にこちらを撃墜してしまう。
こちらから仕掛けることができないのは、ダーカーは言葉を口にしながらも、視線を全く動かさず、こちらの全身を捉え、わずかな挙動も見逃さない構えだった。
ただ引き金を引けば、負ける。
なら、策を弄するしかない。
「何? なんで何も言わない?」
彼女が不審がり始める。でも僕は意識を一点に集中していて、言葉を返す余裕もない。
そのギリギリのラインで、僕は笑みを浮かべることはできた。
その笑みがどうダーカーに映ったかは、僕にはわからない。
ただ、彼女が決着を決める気になったのは、感じ取れた。
「私の勝ちね」
言葉と同時に、彼女が引き金を引く。
でもそれは、遅いのだ。
会話なんてせずに、さっさと引き金を引いていれば、僕は難なく撃墜されていた。
でも彼女は最後に、余裕を見せた。
余裕という、油断。
撃発する寸前の彼女の狙撃銃に、真下から銃弾がぶつかる。
そう、海中から。
僕が事前に海中で放っていた二発の弾丸のうち、一発は外れ、一発はダーカーの狙撃銃を跳ね上げることになる。
二発の銃声。
ダーカーの一撃と、僕の一撃。
ダーカーの狙撃銃は僕を大きく逸れている。
僕の狙撃銃は、ピタリと、ダーカーに向いていた。
微かに体を揺らしたダーカーの仮想体から力が抜け、海水に少し沈んだ。
それがパッと消えて、静寂が残る。
僕は止めていた呼吸を再開し、狙撃銃を下げると、目を擦った。
信じられないほど、上手くいった。
あのダーカーを僕が撃墜するなんて、嘘のようだ。
途端に集中できなくなり、足が海中に沈みそうになる。小走りで、浜辺へ向かい、辿り着いた途端、僕は横になった。
全身が重く、熱い。
勝った。間違いなく、勝った。
信じられない!
少し横になって、青空を眺めて、じわじわと実感が湧いてきた。
勝利の喜びが僕を満し、でもその後、どこか恐怖のようなものがやってきた。
まるで一緒に歩いていた誰かと繋いでいた手を離したような、これから自分がひとりぼっちになり、これからは誰の助けも無しに歩く必要があるような、そんな感覚。
孤独が音もなく、やってきた。
それから逃れるように、僕は傍に放り出していた狙撃銃を手に取り、起き上がった。
その日は十三人を撃墜し、最後はやっぱり間抜けな形で、撃墜された。
現実に戻っても恐怖は消えなかった。
現実でも、僕は孤独の道へ踏み出そうとしているのだと、理解し始めた。
もちろん、その道がいつまでも続くわけじゃないはずだ。どこかで誰かと出会うはず。そう思いたい。
思いたいけど、最初は間違いなく一人だ。
引き払う寸前の寮の部屋で、椅子の背もたれに身を預け、僕は目を閉じた。
強くなりたい。
もっと。
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