第5話 訓練と試練の連続

 苦労する時期が続いた。

 ダーカーの言った通り、僕はオール・イン・ガンに入ると、例の田園地帯に出現するようになったのだけど、これが良くない。

 森林地帯の端にでも現れればいいものの、大抵は水田の中か、畦道か、ならされた道、そんな場所に出てしまう。

 つまり、何の遮蔽もなく、見晴らしのいいところで立ち尽くしているわけだ。

 そんなプレイヤーを、狙うなという方が無理である。

 結局、ダーカーと合流するどころか、例のぼろ家にたどり着く前に撃墜される。

 最初なんて、一歩踏み出すどころか、周囲を確認した途端にぶち抜かれて、アウト。

 全く、ひどい設計の遊びである。

 一週間に二回の原則を破りたい衝動に駆られたけど、耐えた。

 何も考えないわけにはいかないので、撃墜されて現実に戻るたびに、考えた。

 出現位置を操作することはおそらくできない。

 なら、即座に遮蔽に隠れるべきだけど、そこまで都合のいい何かはないかも知れない。

 そんなことを考えているうちに、数回に一度の割合で、木立の中に仮想体が現れる機会があった。その幸運を無駄にしてはいけない。

 当然の目標として、ぼろ家へたどり着く必要があるけど、どうも僕の実力ではそれは出現位置に恵まれても、難しい。

 無策で飛び出しても、ただ撃墜されて、三日ほどほぞを噛むことになる。

 木立の中で、さらに考えた。現実世界で考えるより、時間の面でその方がメリットがある、というか、メリットしかない。

 仮想遊戯の世界なら、無限に思考できる。撃墜されなければ。

 敵の位置が分れば、遮蔽がなくても、どこかに安全地帯を見つけられるかな、と閃いた。

 スコープを覗き込み、あっちへやったりこっちへやったりして、眺めてみるけど、それらしいプレイヤーはいない。いや、一人、迂闊な奴がいたので、即座に撃墜した。容赦する遊びではないし。

 銃声が響き渡り、僕の現在地は露見している。木立の中を走り、索敵をかいくぐることにした。僕が容赦しないように、他の連中も情け無用である。

 落ち葉の中に紛れるようにして伏せて、周囲を再確認。近くには誰もいない。誰かに狙われているかは、まだ不明。

 とりあえず、無駄玉を叩き込むような奴はいないらしい。

 しかし、どうやって敵を見つければいいんだろう?

 音はしない。耳をすませても、まさか、何百メートルも向こうの足音を察知できないだろうし、そもそも、僕がこうして姿を隠しているように、他のプレイヤーも、動きを止めている可能性が高い。

 他に何か、ないかな。

 ……熱、とか?

 スコープを覗き込み、考えた。熱を見分けられれば、良いんだけど。

 視界が急に暗転して、何が起こったのか、すぐには理解できなかった。

 いや、完全な闇ではない。深い青から明るい青、深い赤から明るい赤、黄色や緑など、無数の色が視界を染めている。

 反射的にスコープから顔を離す。普通の視界だ。

 スコープを覗き込む。やはり、普通の視界。

 なんだったんだ?

 さっきと同じように、念じる。

 熱を、知りたい。

 視界が再度の暗転、再び、黒の中に複雑な斑らが現れる。

 今度はスコープから目を離さず、周囲を確認する。斑らが描いているのは、どうやら熱分布のようだ。木の輪郭がよくわかる。その向こうにも、田園地帯が広がっている。

 すごい、どうなっているんだ?

 以前の遠くを見る要領で、周囲を精査する。

 田園地帯を囲む三方の木立の、一面は、僕が背後にしている。残りの二面のうちの片方は、緩やかな山手で、もう一面は急峻な木立。

 この急峻な方を重点的に確認することにした。

 ほどなく、標的が見つかった。熱の分布の赤で、人型がそこにある。狙撃銃は冷たいので、青色。周囲に銃口をゆっくり巡らせていて、こちらに気づいているようではない。

 僕はそっと銃口を向ける。距離は五百ほど。相手は木の陰に遮蔽を取っている。

 銃弾が速く、強く飛ぶイメージを練り上げる。

 呼吸を止め、全身をピタリと固定。 

 引き金を引く。

 轟音。反動。想定外に反動が強くて、危うく銃を取り落としそうになる。

 慌ててスコープを覗く。

 視界はすでに通常のそれで、見えるのは先ほどまで敵が隠れている木。

 幹が削れていて、相手の姿はない。

 右手の魔法文字の表示を確認。

 あなたは撃墜しました。

 そんな表示。どうやら命中したらしい。

 ほっと息を吐いて、銃を下げる。

 首に衝撃。

 何が何だか分からないうちに、僕は現実に戻っていた。

 椅子から落ちそうになりつつ、どうにか姿勢を取り戻す。

 思わずため息が漏れる。

「ひどい設計だよ、本当に」

 オール・イン・ガンという仮想遊戯は、何から何までメチャクチャだとわかってきたけど、その最たるものが、勝利が設定されていないのだ。

 自分が撃墜された時に終了するが、自分がどれだけ他のプレイヤーを撃墜しても、終了することはない。

 つまり撃墜されなければ、延々と遊べるのだ。

 ただ、そんなことが可能だとは思えない。もし天才的なプレイヤー、強靭な意志力の持ち主がいれば、別だけど。

 この仮想遊戯は、武装はおおよそ同じだし、技量や能力も、どうやら基礎の部分には個人差はない。

 ただ、能力次第で、いくらでも拡張できるようだ。

 だけど、一番大きい要素は、他のプレイヤーがどこにいるのか、わからない、という点であり、その一点に全てを振り向けると、この仮想遊戯は、別の側面を露わにする。

 つまり、どんなに技量に秀でたプレイヤーでも、どこかに隠れ潜み、完全に姿を消しているプレイヤーに対しては、その技量を発揮する場を拒否される可能性がある。

 一撃必殺で、相手がどこにいるのかわからないまま、撃墜されるわけ。

 僕もそんなプレイヤーに何度も苦渋を舐めさせられた。

 索敵能力が試されているんだろうけど、僕はまだ未熟だ。

 初めて熱源探知の能力を使えるようになって時間が流れ、五回ほど遊んで、その技術を使いこなせるようになったけど、五回ということは、半月以上が過ぎている。

 短いようで、長い。

 学校では中等科二年の前期の期末試験が目前になり、これを乗り切れば夏休みだ。

「集中した方が良いよ、レイル」

 図書階の一角のスペースで、僕の隣にいるアンナが、小声で言って僕の脇腹を肘で突く。

「ん」僕は彼女の方を見る。「集中しているけど」

「手が止まっているよ」

 確かに、止まっていたかもしれない。

 僕とアンナは同じクラスなので、勉強の範囲が全く同じだ。なので、こうして二人で机に向かい、お互いにわからないところを教えあう、という勉強法を取ったりしている。

 普段はやらないけど、試験前には何日か、続けてやることになったのは、中等科に上がってからだ。

 アンナが質問してくるので、僕はそれを一緒に考えた。教科書と参考書、自分で板書を写したノートを確認して、答えを出す。

 シュタイナ魔法学院の講義棟の中には図書館の要素だけに使われている階層があり、図書階と呼ばれている。試験前なので、机にはほとんど空きがないし、書棚の間には何人もの生徒がいる。それでもやはり静かで、集中している気配、落ち着いた気配が、空気を占めている。

 一時間ほど、僕とアンナは勉強をして、席を立った。

「最近、集中力、落ちているわよ」

「そんなわけないと思うけど、注意するよ」

 図書階から階段で寮と通じる渡り廊下のある階へ降りていく。

「そういえば」僕はふと思い出した。「アンナがオススメの映画って何?」

「突然だけど、すぐに浮かぶのは、「国家のための引き金」かな」

「どこの映画?」

 彼女はすぐにその映画の基礎情報を教えてくれた。どうやら戦争ものの映画らしい。

 この前の映画もだけど、そういう趣味があるなんて、知らなかった。

「試験が終わったら、情報カードをコピーしてあげる。画質は悪いけど、見れなくはないよ」

「楽しみにしているよ」

「ドルーガにも聞けば? あいつ、映画にはちょっとうるさいから」

 ちょっと驚く発言だ。アンナとドルーガって、そういう会話をするのか。

「聞いてみるよ。おっと」

 ちょうど寮にたどり着き、僕は一つ下の階、アンナは二つ上の階に行く分かれ道になった。

「じゃあね、アンナ。ありがとう、また明日」

「ちゃんと寝なさいよ。休むのも大事だから」

 どうやら本気で僕がぼうっとしていたと思っているらしい。全く自覚がないけど。

 階段を下り、自分の部屋にたどり着く。

 明かりが自動で点灯し、机の上に鞄を置く。服を着替えて、部屋に備え付けのシャワーで汗を流した。

 濡れた髪を拭きつつ、机に戻り、椅子に腰を下ろす。

 さて、今日はオール・イン・ガンを起動する日だ。

 椅子の上で姿勢を整え、右腕を左手でなぞる。

 魔法理論が起動。僕の意識は仮想空間に飲み込まれ、一瞬で、その世界の住人になっていた。

 立っている場所は、運良く、木立の中だ。少し進んで、水田との境界あたりへ進出。

 周囲を素早くスコープで舐めまわす。標的を確認。今日こそは、ボロ屋へ辿り着こう。

 呼吸を整え、狙撃銃を意識、即座に走り出す。

 何の障害物も無い道をひた走る。

 他のプレイヤーから狙われている、視線の気配。

 走りながら狙撃銃を構え、即座に発砲。

 僕のすぐそばを弾丸が突き抜けた。

 しかし命中していない。

 自分が弾丸を送り込んだ辺りを精査する余裕はない。即座に銃口を振り回し、次の標的を照準する。

 スコープの中の像が一瞬だけ焦点を結ぶ。

 認識と同時に引き金を引く。

 轟音。

 止まる余裕はまだない。走りつつ、またも銃口を回し、撃つ。

 覗き込んでいるスコープの向こうで、見知らぬプレイヤーを示す、熱分布の輪郭が、膝から崩れる。

 その時には僕はぼろ家の前に到達していた。引き戸に肩からぶつかって、吹っ飛ばして、中に転がり込む。

 土間にばったりと倒れて、息をつく。

 上手くいった。信じられない。

 最初の観察で、自分を狙いそうなプレイヤーを確認しておいたとはいえ、完全に全てを把握してはいなかった。だから、見落としがあれば、僕は今頃、撃墜されて現実に戻っていたはずだ。

 本当に、信じられない。

 曲芸としか言えない、三回の銃撃だった。

 もう一度、土間に大の字のまま、息を吐く。

「お疲れ様」

 突然の声に、僕は跳ね起きている。敵ではない。

「やっとここまで来たね」

 土間に面した座敷に、あぐらをかいてダーカーがいる。

「……待っていたんですか?」

「長い間ね」

 意味深な返事だったけど、あまり追求する気にはなれない。それよりも気になることがある。

「なんで、援護してくれないんですか?」

「あなたが地力をつけるのが目的だからよ」

 酷いな、それは。

「あまり怒らないでね。ちゃんとここに来れたんだし」

 そんなことを言って、立ち上がったダーカーが土間から座敷に上がる段に移動して腰を下ろす。

「あなた、スカウト組なんだから、何かあるのは間違いないのよ」

「スカウト組? なんですか? それ」

 ちょっとだけ、ダーカーが首を傾げる。

「私も詳細は知らないけど、オール・イン・ガンの魔法理論を手に入れるには、誰かの選抜を受ける必要がある。どうも運営の担当者が、素質のある持ち主を選んでいるようよ。私に魔法理論を渡したのは、どこにでもいそうな男だったわ」

「へえ。なら、全員がスカウトされているわけじゃないですか」

 そうだけどね、とダーカーが応じる。

「しかし、それとは別にこの仮想遊戯に加わる者がいる。それが、スカウト組」

 言われなくても、その意図には気付いた。

 僕は、黒の悪魔にスカウトされた。

 僕が、スカウト組なのか?

 ダーカーが話を続ける。

「一部のプレイヤーは、どういうわけか、突然にこの仮想遊戯に現れなくなる。一部のプレイヤーと言っても、一流の能力を発揮しているプレイヤー、名前の聞こえたプレイヤーよ」

「それは、反動にやられて、ゲームをリタイアしたのではないんですか?」

「そうかもしれないけど」

 手元でくるくると狙撃銃を回しつつ、ダーカーがどこか、重たい声で言う。

「私が知っている、そういう奴らは、遊びすぎて身体を壊すような、馬鹿なことはしない。彼らが磨き上げた、あの背筋の凍る技術は無理をして潰すようなものじゃないのだからね。私だったら、絶対に守り抜くし、さらに高みを目指すわ」

「そう言われても……」

 僕はどう応じていいのか、わからなかった。

「そんなプレイヤーが、スカウト組だった、という、噂があるの」

 うーん、ダーカーもよく知らないことを、僕が想像できるわけもない。

「僕がスカウト組だとして」

 黙ってしまったダーカーに、僕は訊ねる。

「ダーカーは何を知りたいの?」

「あなたたちが最後にはどこへ辿り着くのか、それが知りたいわね。まあ、そこに行き着く前に、あなたが未熟なまま、ドロップアウトする可能性もあるけど」

 そこは、信用して欲しい、期待して欲しいような……。

「とりあえずは」

 ダーカーが土間に降りてくる。土間にしゃがみこんでいる僕に彼女が手を差し出す。

「この舞台を完全に制圧しましょう。あなたにはまだまだ伝えるべきことはいっぱいある」

「それはいいけど」

 彼女の手を取って、立ち上がり、服のほこりを払う。

「仮想遊戯にそこまで本気になる理由って、何?」

「本気でやる、と決めただけよ。本気でやるって決めたら、本気でやる。それが私の信条なの」

「立派、としか言えないな」

 ガツンと肩を殴られる。

「あなたも本気になりなさい」

「了解、了解」

 ダーカーが僕を入り口の方へ押しやる。引き戸は僕が破壊したので、今は光が差し込んでいる。

 やれやれ。

「あ」

 突然にダーカーが呟く。

 嫌な予感と、異質な風切音が聞こえたのは全くの同時。

 そして、僕の意識は刈り取られ、気づくと寮の部屋にいた。

「なんなんだよ……」

 外から飛び込んできた弾丸が僕を撃墜したのはわかった。

 弾丸がまっすぐ飛んできたわけではないのは、今はわかる。つまり、そういう技術があるのだ。弾道を曲げる、現実的じゃない攻撃。

 僕が学ぶべきことは、まだ多いらしい。

 本気でやると決めた、か。

 僕も本気になっていいかもしれない、と考えつつ、机の上に目を落とす。

 カバンがそこにある。

 今は勉強を本気でやらないとな。

 気持ちを切り替えて、僕は鞄に手を伸ばした。

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