第1話 学校と友人、そして密やかな闘志
科学戦争とも呼ばれる大動乱の末、人類社会はその繁栄を回復しつつある。
それを可能にしたのが、魔法の理論化と体系化であり、科学による再現だ。
ただし、今も地上の大半は人の住めない環境である。
人間に残された土地は、大きく分けると、魔法化国家群である「連合」と、科学主義国の集合である「同盟」に分かれ、他に小さな国がいくつかある。
同盟に行ったことはないけれど、連中は魔法の恩恵を拒絶し、一度は人類を滅ぼしかけた科学技術で、生活を営んでいるという。
連合はそんな同盟の姿勢を批判しているわけで、逆に同盟は、連合は悪魔に魂を売っている、などと訳のわからないことをまくし立てている。
そんなわけで、人類はその狭い生活圏を、おおよそ二つの勢力で分割し、その上、未だに対立から抜け出せていない。
それはさておき。
僕がいるのは、連合の中の一つの国の首都である。
そして生活しているのは、首都の一角にある学校で、名前を、シュタイナ魔法学院という。
十歳から十二歳が学ぶ初等科、十三歳から十五歳が学ぶ中等科、十六歳から十八歳が学ぶ高等科に分かれている。
各科の定員は、一クラス二十人で、一学年に三クラス。各学年がおおよそ六十人で、全生徒は五百人を超える。
これが全寮制なのだから、学校の規模は小さくない。
シュタイナ魔法学院は、首都にある魔法学院の中では、三番目に大きな規模である。
広大な敷地に二本の巨大な塔が立っていて、片方が寮で、片方には学校の機能の全部が収まっている。首都の人にはツインタワーとも呼ばれるようだけど、その程度には目立つ建物だ。
二本の塔の間には無数に渡り廊下が渡されている。そこからは首都の眺望が最高なので、年に何回かは、市民に開放される。
さて、そんなわけで、オール・イン・ガンの余韻を感じつつ、僕は七時には食堂に向かった。
寮はとある仕組みのために、学年別で階層が分かれているわけではないので、通路を行き交う生徒の年齢は様々である。
エレベータを待つのが面倒で、階段を下りていく。そこにも生徒の数は多い。
食堂に着くと、目敏く僕を見つけて、こちらに手を振る少年がいる。僕は彼に手を振り替えし、まずは自分の朝食を取りに行く。自由に選べる料理を、自分で皿に盛って、お盆に並べた。そのお盆を持って、手を振ってくれた少年の元へ向かう。
「今日は早いですね、先輩」
少年、ドルーガ・マリオが屈託無く笑う。
「早起きできてね、たまたま」
「この時間の食堂は空いていていいでしょう?」
「そうかな、いつもより混んでいるよ」
ドルーガはニヤニヤと笑っている。
僕が寝坊の常習犯であるのは、仲間内では有名だった。不甲斐ないが、低血圧なんだから、許してほしい。
隣に腰掛けつつ、僕は自分のお盆の上の料理を示す。
「このチキンステーキは初めて見たよ」
「何言っているんですか、毎日あります。先輩が来る時には、品切れなだけで」
なるほど。納得しつつ、僕は料理を前に手を合わせ、それからナイフとフォークを手に取った。隣でドルーガが呆れている。
「変な宗教、やめてくださいよ」
「宗教じゃない、ジンクス」
同じですよ、と言いつつ、ドルーガも食事を再開する。
僕とドルーガの関係は、普通の先輩後輩とはやや違う。言うなれば、戦友のようなものだ。
シュタイナ魔法学院は、全生徒を縦割りで集団にし、その集団の中で生徒同士の交流、教育を推進している。
その集団をユニットと呼び、各学年から二人ずつ、合計で十八人を基本として、一かたまりとする。
僕は今、中等科二年で、ドルーガは中等科一年だ。
ユニットの構成は基本的に変化しないので、僕とドルーガは初めて出会ってからすでに四年目ということになる。
これまでにも色々なことがあって、今はお互いを固く信頼している。
ちなみに僕たちのユニットは、学校の中でも最もメンバーが少ないユニットだ。
退学した生徒はいないけど、在学中に起業にスカウトされて引き抜かれていった生徒が何人もいるからだ。
どこの企業が十代の生徒を手にしたいのか知らないけど、まぁ、青田刈りという言葉もある。
あったよね?
食事の間にドルーガが読書の話題、映画の話題、音楽の話題と次々と話を振ってくるのに、適切な相槌を打つ。今では彼が喜ぶ返事もよく知っている。
こちらが促すと、想像よりも巧みに、分かりやすく話を展開してくれるの、彼は話上手だからで、彼のトークはこちらも心地いい。
話が遊戯の話になった。魔法を使った仮想遊戯だ。
「仮想遊戯は現実の時間に左右されて、どうもいつも混乱します」
よくある話だよ、と、僕はすぐ応じた。
「時間の流れに干渉する魔法は、今のところ開発されて、いな……」
言いながら、何かが違うという感覚が頭をもたげてくる。何だ……?
そんな僕にドルーガが顔をしかめ、野菜の緑色の葉をバリバリと食べる。
「費用対効果ならぬ、時間対効果っていうんですかね? これが最大の問題であり、今後の改善点の第一でしょう? まぁ、もし現実時間を無視して仮想遊戯が遊べたら、僕は延々と遊びますけど。あれ? 先輩?」
ドルーガの声はよく聞こえている、聞こえすぎるほどだ。
オール・イン・ガンのあの世界に入っていた時のことを、思い出そうとする。
あの時、僕の体が感じていた時間、その流れには、現実と仮想世界の間で、ズレのようなものが、あっただろうか?
仮想遊戯は基本的に、現実と仮想の時間にズレが生じてしまう構造だ。
仮想遊戯の世界の時間の流れが、現実世界の時間の流れと一致することはないのである。
何故なら、仮想遊戯を稼働させている魔法理論が、プレイヤーの思考を読み取り、反映させるための時間が必要だからだ。
この処理のため時間は、少しも克服されていない。
だから仮想遊戯はプレイヤーに干渉して、プレイヤーの認識を緩慢にさせ、結果、プレイヤーが例えば三十分遊ぶと、三十分の仮想世界での活動の一方で、現実世界では三十分以上が経過している、という事態になる。
このズレはそれぞれの仮想遊戯で大小の差がある。
でも、オール・イン・ガンは……?
「聞こえています? まだ寝てますか?」
「いいや、起きているよ」
僕はやっと意識を現実に戻した。ドルーガは、僕よりも仮想遊戯をよく遊んでいる。もしかしたら、オール・イン・ガンのことを知っている、かな?
そのことを口にしようとした。
「あのさ、オ−–」
背筋に激痛が走った。悲鳴をあげそうになりながら、反射的にフォークを放り出していた。
「せ、先輩?」
さすがにドルーガが驚きを隠せず、唖然としている。フォークが甲高い音を立てて床に転がり、周囲の視線がこちらに集まる。
「な、なんだ……?」
予期せぬ激痛の残滓を検めるように、首筋を撫でていた。神経にまさに電撃が走ったような感じだった。もちろん、感電したわけではないし、もう痛みは消えつつある。
「おとなしく食事をしなさいよ、お二人さん」
声をかけながら、女子生徒が一人、やってくる。その手には僕が落としたフォークがあり、もう一方の手はやや不安定に揺らしながらお盆を持っている。
彼女が僕の前にフォークを置いて、向かいの席に腰を下ろした。
「マリット先輩、おはようございます」
「お邪魔するわよ」
女子生徒、アンナ・マリットは、僕と同じ学年の中等科二年生で、同じユニットだ。彼女とはドルーガより一年長い付き合いで、異性が苦手な僕の友人の中では、意外に気が合う異性だ。
「はい、レイル。代わりのフォークね」
「気が利くね、ありがとう」
差し出されたフォークを受け取る。
「それだけ目立ったってことよ。おとなしく食事するべきだと思うな」
恐縮しつつ、僕は新しいフォークで食事を再開する。
「先輩が急にフォークを投げて、忘れちゃいましたけど、何の話をしていましたっけ?」
僕はドルーガの言葉にどう応じるべきか、迷った。
オール・イン・ガンの話をしたいのは山々だが、これはどうも難しいと僕はもう理解した。
まったく聞いたことのない事態だけど、僕に魔法理論を焼き付けた相手が、三人の神官の一人となると、今、僕が想像している仕組み、異質な仕組みは、ありそうなことだ。
それは、オール・イン・ガンは、その魔法理論を持たない人間には、その存在を伝えられないのではないか、という理屈である。もっと限定されているのなら、現実世界では誰が相手でも、オール・イン・ガンについては、口にできないのでは?
もし伝えようとすれば、さっきと同じ電撃が体を走るかもしれない。
もう一度、その仮説を試して見る気になれないのは、その仕組みが実は大きな危険性を孕んでいるという予想も即座に浮かんだためだった。
僕が管理者なら、何度も何度も、その秘密を暴露しようとする奴がいて、その暴露が仕組みで絶対に不可能だとしても、そんなマヌケをそのまま放っておくわけもない。
つまり、一回目は電撃でフォークを投げ出すだけで済んでも、二回、三回と繰り返すと、決定的に体が破壊されるかもしれない。
何の情報も与えてくれない、不案内な仮想遊戯であるオール・イン・ガンだからこそ、逆に一回目はこの程度で済んだ、と言えないこともない。
こうなっては、余計なことは言えないな。
よっぽどの確信がない限り、黙っているしかない。
僕はドルーガに苦笑いをして見せた。
「いや、どうでもいい話だよ。というか、早く起きたせいか、眠い」
我ながら、いい加減な発言だったが、ドルーガは唇を尖らせて見せ、アンナはニヤニヤと笑っている。
「今でもママがいないと起きられないのね、甘えん坊さん」
アンナの冗談に、ドルーガが笑う。話題を切り上げるのに成功したけど、耳に痛い話になってしまった。
僕はさすがに顔をしかめて見せて、
「どこかの誰かみたいに、パパのお休みの言葉を聞かないと眠れない甘えん坊とは違う」
と、言い返すが、アンナは声を上げて笑うだけだ。
アンナはいつも余裕のある態度だ。自信に溢れている。そこは僕も尊敬している。
とりあえず、会話はまた流れ始めたので、良しとしよう。
三人で賑々しく朝食を食べ、簡単な別れの言葉の後、それぞれの部屋に戻る。
寮の中で着る平服から、学校に行く時に着る制服に着替える。姿見で自分の姿を確認。
この寮では至れる付くせりで、洗濯物も、決められた場所に持っていけば、誰かが洗濯して、パリッとした状態で返してくれる。
ただ、大抵の生徒は勝手に制服をアレンジする。
僕も制服のボタンに内蔵された、魔法式の仮想装束を起動し、丈の長い上着を制服の上に出現させる。実際の衣類ではないので、暑苦しくないのに助かっている。
去年からこの上着を毎日、まとっている。完全な趣味で、アンナなんかは、僕のその姿を「教授」などとからかう。
そういう彼女も、編み上げのブーツを仮想装束で履いているのだけど、僕はまだそこを指摘するいい言葉、鋭いジョークを見つけ出せていない。
服装が整ったところで、鞄を手に部屋を出る。開ける時は魔法式の個人認証が必要で、閉まる時は自動で施錠される。
そのまま僕は寮の隣にある講義棟への渡り廊下へ向かった。
外観は寮とそっくりな講義棟は、その一棟で全学年の授業が行われる。僕は噂でしか知らないけど、十年前は実際の地上にグラウンドがあり、そこで体育の授業などをしたらしい。講義棟はそこを潰して講義棟を建てたと聞いているけど、実際はどうか。
今は体育も講義棟の中の運動施設で行われる。一フロアの壁がすべて取り払われ、一周が四百メートルのトラックが確保されていることからも、この建物の大きさがわかる。
さて、そんなわけで、僕は頭の片隅でオール・イン・ガンのことを考えながら、渡り廊下に差し掛かると、横手に誰かが進み出てきた。
「おはよう、レイル」
涼しげな声には、どこか甘さが漂う。
僕は一瞬で緊張し、背筋を伸ばしつつ、声ですでに誰かわかっていた相手を確認し、頭を下げた。
「おはようございます、シャーリー先輩」
微笑みが返ってくる、眩い表情だ。
「今日は慌てていないのね」
横を歩き始めた女子生徒は背が高く、細身で、気配だけでも花がある。
その上、顔は完璧に整い、長い黒髪は艶やかだ。
凝視した気持ちと、それが失礼だという常識がせめぎ合っているため、僕は中途半端に彼女をちらちら見た。
逆効果な気もするけど。
僕と同じユニットの、高等科二年の先輩、シャーリー・マグナは、やっぱり今日も美人だ。
僕が入学した時から、ずっと変わらず、美しく、優雅で、完璧な女子生徒。
「いつも慌ててはいませんよ」
平静を装って応じると、先輩は僕の頬を指でつつく。うぅ、恥ずかしい。
「知っているわよ、八時過ぎに食堂で、残り物を必死に食べているの」
その通りなので、反論できない。
「同じユニットの先輩として、どうにかして起こしてあげようか?」
「とんでもない!」思わず手を激しく振っていた。「先輩に迷惑をかけられません」
「良いのよ、それくらい」
穏やかに微笑んで、先輩が言う。
「魔法通信なら、流石に起きるでしょう」
「う……」
魔法通信は、体に直接に通信を送る仕組みで、拒否しない限り、意識に直接、通信が届く。
この魔法式のモーニングコールは、実はやったことがあるのだ。
僕の様子を見て、先輩が笑う。
「あら、起きないのね。それはなかなかの剛の者、という感じね」
「すみません……」
アンナに先輩の提案とほとんど同じことを提案されたことがあるのだ。
その時がさすがに目覚める自分でも思っていた。でも寝ぼけた僕の意識は、アンナからの通信を無意識に無視したのだった。
さすがのアンナも呆れていたし、僕自身も、自分の行動に唖然としたのを覚えている。
「なら、部屋まで起こしに行きましょうか?」
僕はどう応じるべきか、迷ったけど、ふと気づいた。
「僕が八時過ぎに食堂にいるのを、先輩はどうして知っているんです?」
「あらあら、やっとそこに気づいたのね? 偉いわ」
先輩も寝坊とか、するのかな。
すぅっと先輩が僕の耳元に唇を寄せる。
「ご明察。私でも寝坊することはあるの。二月に一度くらいね」
耳に息がかかって、さすがに平静ではいられなかった。まじまじと見返すと先輩はすぐに姿勢を戻す。
「またユニットの集まりで会いましょうね、レイル。勉強、頑張って」
いつの間には僕たちは渡り廊下を渡りきっていた。
立ち止まった僕に手を振って、先輩はこちらに背を向けて廊下を進む。僕はしばらく、彼女の背中を見送っていた。
やっぱり綺麗な人だなぁ。モデルでもすれば良いのに。
二年前に、シュタイナ魔法学院の広報誌の表紙になったことがあったけど、あの時は、校内での需要が多すぎて、校外に頒布するために増刷された、という噂、半ば、伝説もあるけど。
シャーリー先輩は振り向くこともなく、去って行った。次はいつ会えるだろう。
その日は平凡に授業の全てをこなして、夕食の後、寮の部屋に戻った。予習復習の時間になり、音楽を流しつつ、机に向かってテキストをめくり、ノートにペンを走らせた。
シュタイナ魔法学院に僕が入学できたのは、奇跡のようなものだった。
まず適性がない限り、入学できない。当然、学力もないと、入学できない。
この学校は入学しさえすれば、九年間、破格の学費と生活費で、生きていける。
そのため、首都だけに限らず、地方都市や、農村からも、入学希望者が集中する。激しすぎる競争を勝ち抜いた少年少女が入学しているわけだ。
僕は地方都市の出身で、両親は共働きで、階級があるとすれば中流だろう。
もう三年以上前だけど、僕も他の受験生同様に、必死に勉強した。そして入学してから三年間、それなりに勉強を積んできた。
趣味に割く時間が作れることは、入学してからわかった。試験があまりに厳しいので、入学しても遊ぶ暇がないと思っていたけど、嬉しい誤算だ。
その時間は、仮想遊戯にだいぶ費やされている。
今日も、二時間ほど机に向かって、勉強を片付けると、僕は寝台に横になり、明かりを弱くする。
薄暗い部屋の中で、右腕を確認。
いくつかの仮想遊戯の魔法理論がインストールされているけど、今日は遊ぶ仮想遊戯は決まっている。
オール・イン・ガンだ。
僕はオール・イン・ガンの魔法理論を起動し、設定を確認する。
視界が切り替わり、真っ暗になったかと思うとそこに僕の仮想体の像が浮かぶ。
そこでわかったことは、三つある。
そのうちの一つは変えられないようで、僕のハンドルネームだ。
リーン、と表示されている。
残りの二つは変更が可能で、自分の仮想体を改変できることと、武器を選べることだ。
仮想体の改変は服装と顔を変えられる。体格は無理らしい。顔を変えられるのは、正体を不明にするためだろうけど、今の僕の仮想体の顔は、現実の僕の顔とは違う別人の顔だった。
うーん、これはちょっと……。
初期設定の顔があまりに違和感が強いので、少しずつ変更して、自分の顔に変えた。ただ完璧に同じにはならないので、結局、顔の半分を覆う仮面を装備して、顔を隠すことにした。違和感が少し減った気がした。
よし、こんなもんだろう。
武器に関しては、三種類だ。
この前に持っていた拳銃と、僕を撃墜したプレイヤーが持っていたものによく似た短機関銃、そして銃身の長い狙撃銃だ。
どうやらこの三種類を使い分けられるらしい。
狙撃銃はきっと遠距離攻撃に向いている、短期間銃は制圧力に長けている、というのは想像できるけど、拳銃? なんでこんなものが?
まぁ、遊んでいるうちに、何かに気づくだろう。
完全なるビギナーの自分に何があっているのか、よく分からないな。とりあえず、短機関銃の制圧力に頼るとしよう。判断材料がないので、そんな具合で、短機関銃を選択した。
最後に改めて仮想体を確認し、思いつきのお遊びで、丈の長い上着を装着させた。
よし、僕らしくなったぞ。
魔法理論を操作し、設定を切り上げ、即座に、オール・イン・ガンを起動した。
一瞬で世界が切り替わり、僕はどこかの林の中にいた。
周囲を確認。人の気配はない。周囲に気を払いつつ、木から木へ、移動していく。
足音を消したいけれど、難しい。踏み出した足が地面に落ちている枝を踏み折ると、その音がまるで林の中に響き渡るように感じた。
他のプレイヤーを求めて、じりじりと移動する。
木から木へ走って、一息つく。
いや、つこうとした。
目の前に誰かいる!
驚きよりも先に体が動いていた。
短機関銃を向ける、というか、向ける前から引き金を引く。
激しい銃声の連続、短機関銃を保持している両手に強烈な反動。
銃火が瞬き、視界に影ができる。
すぐに全弾を撃ち尽くした。
目の前にいた誰かがすうっと解けるように消える。
倒したのか?
理解が及ぶ、まさにその時、すぐ近くで別の気配。
顔をそちらへ向けた、まさにその一瞬に、何かが僕の顔面の中心にぶつかってきて、意識が途絶えたような錯覚。
目の前には、薄暗いどこか。
手で顔を撫でる。なんともない。
死んだかと思ったが、あれは仮想遊戯だ。
自分の慌てぶりはどこか突飛で、人にはとても見せられない。
ここは、寮の一室。現実に強制的に戻ったらしい。
どうやらオール・イン・ガンは、撃墜されるごとにリセットされるってことか。
とことんまで、異質な設計の遊戯だな……。
僕は目をこすり、次に自分の顔を改めて撫でた。まさか現実に変化があるわけではないのに、頭を破壊される感覚があまりに現実的すぎた。
ひとしきり顔を確認してから、右腕を確認。周囲の暗さに合わせて、魔法文字はぼんやりと光っていて、よく見える。
あなたは撃墜されました。通算撃墜数は一。通算参加回数は二。
そう表示されていたが、その文字もすぐに消えた。
僕は朝の違和感を思い出し、即座に時計を確認した。
時間が、進んでいない?
今回はすぐに撃墜されたが、それでも五分は遊んでいた。
仮想遊戯の中で五分が過ぎているのなら、現実でも同程度以上に時間が経過するのが常識だ。
常識のはずなんだけど……。
時間は、進んでいない。
背筋が冷えるのと同時に、震えるような高揚感が来た。
自分は、とんでもないことに巻き込まれているんじゃないか?
常識を超えている仕組みの仮想遊戯。
他言できない秘密主義の仮想遊戯。
どこかの誰かの実験だろうか? でも、何のための?
そしてやっぱり、この疑問が浮かぶ。
何で、僕が?
答えの出ない疑問に、まだ続く興奮をさらに掻き立てられつつ、僕は緩慢に思考する。
遊ぶのなら、勝つのが最善だろう。
どうしたら勝てるのか、僕はもう次の段階を考え始めていた。
そのためには、オール・イン・ガンのルールを知る必要がある。
僕は何も知らないのだ。
手探りだろうと何だろうと、情報を集め、技術に習熟することが第一になる。
まずはそのための作戦を考えよう。
この遊びは、楽しめそうだぞ。
心の中で舌舐めずりするイメージで、僕は考えていた。
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