第37話
「なんですのこれは!?」
大地に巨大な穴が空いていた。
巨大すぎて、全貌がわからないほどの穴だ。あたりをよく見なければ、そこに崖があるとしか思えないほどだろう。
そして、穴の向こうには巨大な人影があった。
全身を白い装甲で包んだ、神々しいばかりの気配を滲ませる巨人だ。
アンナは、それがネルズファーなのだと直感的に感じ取った。封印に失敗し、ニルマの内から現れたのだと思ったのだ。
「あんなものが出てきたのでは……この世の終わりですわ……」
魔神といえども、神器の力があれば対抗できるとアンナは思っていた。
だが、それを一目見た瞬間に、そんな傲慢な自信はあっけなく消え去った。
自分では、その前に立つことすら許されない。
人はそれを敬い、傅き、恐れるしかできないのだ。
「いや、これは凄いね。けど、あれって本当に魔神なのかな? どうも機械っぽくも思えるんだけど」
ヴェルナーも驚いてはいるようだが、まだ冷静だった。
『ミクルマ様! これはどうなったのですか! 何をすればいいのですか!』
『……助けて! 止まらないの! あぁ! ……』
『ミクルマ様! ミクルマ様っ!』
それきり返事はこなかった。ミクルマはひどく焦り、戸惑っているようだ。
穴の向こうでは、巨人が剣を振るっていた。
その一撃で大地が揺れ、森が一直線に切り裂かれていた。放っておけば、あれは世界中で同じようなことをするのだろう。そして、それに対抗できるものなどいるわけがない。
アンナは覚悟を決めた。
とにかく行かねばならない。勝てるわけはないかもしれないが、それでもここでじっとなどしていられない。
アンナは、神器の力を使い跳躍した。
どうすればいいのかはわからない。
だが、今アンナが頼りにできるのは神器だけだ。
そのまま斬りかかるべく空中で神器を振りかぶる。だが、アンナはそこで信じられないものを目撃した。
巨人が、倒れたのだ。
そして、そこに小さなパジャマ姿の人影を見て混乱する。ニルマだった。魔神が蘇ったのに、生きている。
ならば、これは魔神ではないのか。
わけがわからないうちにアンナは穴の対岸に着地した。
ニルマが巨人の腹へと飛び上がり、大地を揺るがすような轟音が響き渡った。
ニルマが巨人を殴りつけたのだ。
うなりをあげていた巨人がそれで動きを止める。
そして、胸のあたりへと移動し、そこから何かを抱えたまま下りて来た。
「アンナさん、トイレ長かったね」
平然とニルマが言う。
その両手には、がくがくと震えるミクルマが抱えられていた。
*****
巨大ロボットの運用を考えれば、無人の方が効率はよさそうに思える。
だが、なんとなくだが人が乗っているのではないかとニルマは思っていた。
人が乗るのなら、胸のあたりか、頭のあたりだろう。そうあたりをつけたニルマはとりあえず胸の装甲を剥がすことにした。
装甲の隙間に手を入れて力を入れる。すると簡単に開いた。もともと開閉機構がついていたのだ。
こう簡単に装甲が開くようでは危なっかしいが、おそらくはエネルギーが供給されている間はロックされているのだ。
完全停止した場合は、操縦者の安全を守るためにも開くようになっているのだろう。
中には、女が乗っていた。やはりそこは操縦席のようで、宙に浮いている椅子に座っていたのだ。
「こんにちはー」
「ひぅ」
女はあからさまに怯えていた。
格好からすると、イグルド教の上位神官の類いだろう。
やはり、イグルド教に恨まれているのかもしれないが、そこははっきりとさせておきたいところだった。
復讐されるのはいいが、意味もわからず返り討ちにしていては、すっきりとしないからだ。
「いろいろと企んでたみたいだけど、私に恨みがあるってことなんだよね?」
「そ、それは……」
女が言い淀んでいると、中の計器類が暗くなった。
浮いていた椅子が落下して、床にぶつかる。予備電源が切れたのだろう。
話をしやすい環境でもないので、ニルマは女を外に連れて行くことにした。
操縦席の中に入り、女を抱きかかえる。抵抗はまるでなかった。差し違えてでも殺してやるといった気概は感じられない。
ニルマは、外へと飛び出した。
そこにアンナが立っていた。
抜き身の剣を持ったまま、ロボットを見上げて戸惑っているようだった。
その剣が神器なのだろう。
剣身は細く、柄には美麗な装飾が施されている。レイピアの一種のようで、刺突に向いている形状だ。
――ガルフォードのやつとは違って、はっきりと神気を感じる……髪かな?
ニルマにはそれが神の一部、頭髪のように思えた。部位まで明確に感じ取れたのだ。
「アンナさん、トイレ長かったね」
ニルマはアンナを見て、試験中だったことを思い出した。
「ど、どういうことですの!? なぜミクルマ様がネルズファーから!? ニルマさんは内側から食い破られるのでは!?」
「え、色々と意味わかんないんだけど」
なぜネルズファーの名前が出てくるのかわからないし、食い破られるというのも意味不明で、わかったのは抱えている女の名前ぐらいだ。
聖女であるアンナが様を付けるぐらいだからかなりの位階にあるのだろう。
「とにかく! ミクルマ様を放しなさい! 無礼ですわ!」
「そう?」
ニルマは、ミクルマを地面に下ろした。ミクルマは地べたに座り込んだままだった。
「ミクルマ様! 大丈夫ですの!?」
「アンナ様……た、助けて……」
ミクルマは震えていた。
顔は蒼ざめていて、声も弱々しく、地を這うようにしている。これではまるで、ニルマが痛めつけたかのようだった。
「おのれ! 枢機卿たるミクルマ様になんということを! 許せませんわ! ニルマ! お前はイグルド教の全てを敵にまわしましたわよ!」
「ここに連れてこられた時点で、まるっきり敵扱いだと思うけど……」
アンナは聞く耳をもってくれそうにはなかった。
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