第36話

「確かにロボですね」


 呆気にとられた様子でザマーが言う。

 大地にあいた大穴の対岸に、巨大なロボが立っていた。


「もうちょっと喜んだら? この時代じゃ珍しいお仲間でしょ?」

「ジャンルが違いすぎませんかね!」


 外装が異なりすぎていて、ザマーとの共通点は二足歩行のロボットであるぐらいしかなかった。

 遠目に見てもわかるぐらいに巨大だが、シルエットは細身だ。

 全身は白い装甲で覆われているが、関節部は露出していて黒い筋肉状の物が見えている。

 背には翼らしきものがあるが、よく見てみればそれは武器のようだった。

 剣や槍や弓といった無数の武装が、翼状に展開して浮いているのだ。


「襲われたから戦いはするんだけどさ。どうも釈然としないよね」


 相手がイグルド教なら恨まれる理由はある。

 だが、相手が何も言ってこずただ襲い続けてくるとなると相手の本意がわからない。

 どうせ戦うなら、因縁ははっきりとさせておきたいとニルマは思うのだ。


「あれと戦うんですか!?」

「こっちが戦う気がなくても向こうからくるでしょ。まあ、生身よりはやりにくいけど……大体は人間と同じような構造か」


 逆関節になっているわけでも、腕が多いわけでもない。関節の可動範囲が人間と似たようなものなら、できることもそう人間と変わらないだろう。


「大きさが違いすぎませんか!」

「大丈夫だって。体格や膂力の大きな相手と戦うためにあるのが武術なんだから」

「体格が違うとかいうレベルの話じゃないですけどね……あんなの踏まれただけで終わりじゃないですか」

「さてと。ザマーはどうする? さすがに守りながら戦える相手でもなさそうなんだけど」

「そりゃ避難しときますよ」

「ほりゃ」


 ニルマはザマーを抱え上げ、大地に空いた穴に放り投げた。


「なんかもうちょっとやり方ないんですか! 特に思いつきはしませんけどー!」


 叫びながらザマーが落ちていった。

 同時に、大地が弾けた。

 巨大ロボットが一瞬でここまで飛んできて、踏みつけたのだ。

 ニルマは跳び下がり、それを避けていた。

 砕けた樹木や、岩石が飛んでくるがささいなことだと気にもとめない。

 上空から何かが振り下ろされる。ニルマはその側面に触れてそらし、ギリギリで避けた。

 大きく避けることはできなかった。それは、動こうとした先へと軌道を変える。必中と必殺の権能を持つ何かだからだ。

 大地が揺れ、裂ける。底が見えないほどの亀裂が、どこまでも大地を切り開いた。

 それをなしたのは巨大な剣。おそらくは神々の武器だ。

 このロボットの開発意図がなんとなくわかる。これは、神々から奪い取った神造兵器を運用するために作られたのだ。

 だから人型をしているし、神を模した経絡系を持っている。

 ここまで巨大なのは、神造兵器を起動するために莫大なエネルギーが必要なためだろう。

 大容量のエネルギー貯蔵庫と、それを使用可能な形に変換するコンバーターが必要で、それを納めるにはこのサイズが必要なのだ。

 それらのことから推測すると、この兵器は燃費が悪い。この威力の攻撃を続けていればすぐにエネルギーが底を付くだろう。

 ロボットの姿が消えた。

 同時にニルマの背後から剣が横薙ぎにされる。

 ニルマがそれをしゃがんで躱すと森の木々が一斉に切断された。

 

 ――案外にやっかいだな、こいつ。


 ロボットは、ニルマの背後に周囲の木々を分解しながらいきなり出現した。

 つまり古の神々と同様に、時空を操る能力を持っている。

 ロボットが消え、同時に複数のロボットがあらわれた。

 それは、槍による突きで大地に穴を抉り、雷をまとった矢を雨のように降り注いで森を焼き焦がす。巨大な鎚で大地を陥没させ、異形の斧は森と大地を攪拌する。

 神造兵器群による絶え間ない攻撃だ。

 ニルマであってもまともに喰らえば無事では済まないだろう。

 だが、かすめただけで肉塊になり、焼き尽くされるような攻撃をニルマは躱し続けていた。

 このまま躱し続けられるのなら、ニルマの勝ちだ。

 このロボットの弱点は、連続稼働時間にある。

 ただ躱し続けてさえいれば、いずれは勝利が転がり込んでくるはずだ。


「だけどまあ。それじゃあんたもつまんないでしょ?」


 五千年前の時を経て、今さら起動した兵器だ。それが燃料切れで停止するなど実につまらない幕引きだろう。

 なので、このロボットが動いているうちに決着をつけねばならない。

 ニルマは、嵐のごとき攻撃を避けながらロボットへと肉薄した。

 そこにあるのは巨大な足。そこは、ロボットにとっては死角だった。神造兵器は両刃の剣だ。足下に向かって使えば自らを巻き込んでしまう。

 だが、その機体が足に装備しているのもまた神造兵器だった。

 ロボットが蹴りを繰り出した。

 大地すれすれに、ニルマめがけて爪先をぶつけてくる。

 ニルマは右手でロボットの右足に触れ、そらした。ロボットのバランスが崩れる。どれほど高機能の姿勢制御機構を持っていようが、所詮は二足歩行だ。重心を崩されれば倒れるしかない。

 もちろん、ただそらすだけでは高度に制御されているであろうロボットの姿勢が崩れるはずもない。ニルマは触れた瞬間に力のベクトル、相手と己の重心を把握し、倒れるしかない方向へと力を加えたのだ。

 姿勢が崩れてしまえば、時空の操作はできない。制御できていない体勢での空間跳躍など自殺行為でしかないからだ。

 ロボットが仰向けに倒れ、大地を揺らす。

 ニルマは、ロボットの腹の上に飛び乗った。

 ここまでの観察で、それの内部構造についてもおおよそ把握できていた。

 人間でいえば臍の下、丹田のあたりにこのロボットの中枢部があるとニルマは看破したのだ。

 ニルマは馬歩になり、弓歩へと転換した。

 子供たちに教えていた馬歩弓捶だ。ただし、足はいつも以上に伸ばして大きく開き、拳は前へでは無く下方へ向かって繰り出す。

 ニルマの拳がロボットの装甲に激突する。

 それで、終わりだった。

 装甲には傷一つついてはいない。だが、ニルマの拳による衝撃はロボットの奥深くにある炉を破壊しつくしていた。

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