第38話
「ミクルマ様! こちらへ!」
アンナがミクルマに呼びかける。だが、腰が抜けているのか、ミクルマはへたりこんだままだ。
戦うにしても、ミクルマをこのままにはしておけない。
すると、アンナの持つ細剣が伸びた。
一気に十メートル以上伸び、ミクルマに巻き付いたのだ。
そして、ミクルマを手元へと引き寄せて受け止め、そっと地面に下ろした。
アンナの神器、その正体は神の頭髪だ。剣のような姿で鞘に収まってはいるが、本質は鞭のようなものなのだろう。
「ねえ。私らが戦う必要はまるでないと思うんだけど。もうちょっとちゃんとミクルマ様って人に確認してもらえない?」
戦いが始まったなら、決着が付くまでやめるつもりはないが、ここでアンナと戦う意味をニルマは感じられなかった。
アンナはこの状況を把握していないだろう。勝手な思い込みで、ニルマを敵視しているのだ。
「問答無用ですわ!」
実にやりにくい。
ここまでの道中で、アンナが悪人ではないことをなんとなくわかっているからだ。
「じゃあ戦うのはいいけどさ。最終確認をミクルマ様にとっといてよ。勝手なことしたら後で怒られるよ?」
もちろん一時的に逃げることはできる。
ニルマが本気になれば、全ての気配を消しさって身を潜めるのは造作もないことだ。
だが、特に理由もなしに挑まれた勝負から逃げることはプライドが許さなかった。
「それもそうですわね。ミクルマ様。いったいここで何があったのです? ニルマは敵なのですか?」
「だめです……あなたでは敵いません……ニルマと戦っては……」
ミクルマがアンナにすがりつき、途切れ途切れに話す。歯の根が合わない様子で、恐怖に戦く様は憐憫を誘うものだった。
「なるほど……あなたがネルズファーですのね! 食い破って出てくるということでしたが、その身を乗っ取って復活した! そういうことですわ!」
「えぇー!? もういいや。かかってきなよ」
いろいろと勘違いがあるようだが、そうは言ってもイグルド教がこの事態を引き起こしたことは間違いない。
勘違いを正し、お互いが正確な情報を知ったとしても戦いは避けられないかもしれないのだ。
アンナがその身に神気を纏う。
それにより、アンナは神の力の一部を借り受けることができるようだ。
「ミクルマ様はさがっていてくださいな!」
ミクルマは戦いを止めようとはせずに、おぼつかない足取りで逃げていった。
恐怖により判断力が鈍っているのだろう。この事態を収拾するような複雑なことを考えられないようだ。
アンナが剣をだらりと下げる。
次の瞬間、剣はニルマの目前にまで到達していた。
ニルマは首を振ってそれを避けた。
伸びた剣が横へと動く。ニルマはそれをしゃがんでよけたが、追尾するように剣身は下へとうねった。
後ろへ下がって躱すと、剣はさらに伸びてニルマへと襲いかかった。
どれぐらい伸びるのかとさらに下がってみると、20メートルほどの距離をとっても余裕で付いてくる。
「よくからまらないね」
躱し続けていると、剣身は複雑怪奇な状況になっていた。ニルマとアンナの周囲を伸びた剣が埋め尽くしているのだ。
さすがにこうなってくると躱し続けるのは不可能で、迫り来る剣を手や足でそらして攻撃を回避する。
飽和攻撃をしたかったのかもしれないが、アンナの剣はニルマの回避能力を上回ることができなかった。
それに、ここまで剣が伸びて複雑な軌道になるとアンナにも限界がくるのか、威力と速度は見る影もなくなっている。
「ちょこまかと鬱陶しいですわ!」
このままでは埒があかないと思ったのか、アンナは剣身を元に戻した。
「いいでしょう。さすがは古の魔神。生半可な攻撃は通用しないということですわね! 本気で行きますわ!」
これまでも本気だったようだが、何か切り札を切るつもりなのだろう。
アンナは半身になり、剣を引き、胸の前に構えた。
あからさまに、ここから突きを繰り出すつもりの構えだ。
アンナがその体勢のまま、一瞬にしてニルマの背後へと回り込んだ。神速の機動から繰り出されるうねりを伴って伸びる突きは、反応することすら許さずに頭部を貫く。
そうアンナは思ったのだろうが、ニルマは振り向いて剣先をつかみ取っていた。
「なっ!」
「これさぁ。剣が伸びるってギミックに頼らないで技を磨いたほうがいいよ」
回りくどい。
余計なことを考えるよりは、正面から敵に突っ込んでまっすぐに突き入れるほうがニルマの好みだ。
「それで終わりとでも思いましたの!」
剣が手の中で暴れようとしていた。どこまでも自由自在に動くのがこの剣の利点なのだろう。
だが、ニルマはそれを押さえつけた。
「静かにしろ」
威圧を込めて剣に命令する。
剣を放すと、剣身は縮み元の大きさに戻っていった。
「どうしましたの!?」
アンナは慌てて剣を確認しているが、変化はしなくなっていた。
やはり剣には意思があるらしく、脅しは効果があるようだ。
「なるほど。さすがはネルズファー。神将としての私では敵わなかったということですわね。しかし! 私にはまだ聖女としての力があるのですわ! 魔神などという邪悪な存在に対してはこちらのほうが余程効果がありそうなもの!」
「えぇー……まだやるの?」
聖女を打ち破っても、次は王族の力だとか、特級冒険者としての力を出してきそうだ。
最初から全部使えばいいのにとニルマはうんざりとしていたが、背後に気配を感じて振り向いた。
ミクルマが立っていた。
立ち直ったのかと思ったが、顔はうつむき加減であまり元気とも思えない。
その隣には、何かよくわからない物に座っている少年がいた。
「久しぶりだね」
それは、海底遺跡で出会ったことのある少年だった。
特級冒険者のヴェルナー。
前に会った時と同じ黒いコートを着ていて、前と同じように朗らかな声で話しかけてきた。
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