第14話
「でも16号を倒されるとは思わなかったよ。上級冒険者なのかな? 特級は死体をもらえたらいいなと思ってチェックしてるんだけど……上級もチェックしといたほうがいいのかなぁ」
特級冒険者の少年、ヴェルナーは考え込んでしまった。
集中力がないのか、興味があちこちに飛んでしまうようだ。
「これくっつく?」
ニルマは腕をザマーに返した。
「はい。ですが、固定して一定時間保持する必要がありますから、ここで今すぐには繋がりませんけど」
「ま、ここの件が片付いたら浮上する必要あるね」
さすがに腕が千切れたザマーを引きつれたまま、聖導経典探しを続けるわけにもいかないだろう。
「基本的に冒険者を殺すのはまずいかなぁって思ってるんだよ。ダンジョン内が無法地帯とはいえどんな証拠が残るかわかんないし、それで評判が悪くなっちゃうとおおっぴらに動けなくなる。けどまぁ、こんなとこまで来る人は他にいなさそうだし……うん。殺したら死体も人形も手に入るしちょうどいいかな! 19号、20号」
ヴェルナーの呼びかけに応じて、床に倒れている二体の帯が弾け飛んだ。
一体は、蟻のような顔を持つ人型の何かだ。体と手足は異様に細く、簡単に折れてしまいそうに見えた。全身は黒い甲殻に覆われているので、その頑丈な外骨格で体を支えているのだろう。昆虫人間といったところだ。
もう一体は昆虫人間とは対照的に分厚い体をしていた。
牛の顔をしていて全身が獣毛に覆われている。牛人間といったところだろうが、腕は六本生えていてそれぞれの手に巨大な斧を持っている。
牛人間は、どう見ても帯で封じられていたときよりも巨大になっていた。
「これってソルジャーだよね。こんな化け物がそこらにいたりはしないんでしょ?」
「うん。ソルジャーなら改造しても文句言われないからね。人間を改造するとうるさいんだよ」
ニルマはちらりと背後を見た。
ザマーの腕を斬った何者かは、人間のようだった。
「できるだけ傷つけずに殺してよ。切断ぐらいならいいけど、圧潰は避けてね。直しにくいから」
昆虫人間の前腕部から刃のようなものが伸びた。折りたたまれていたものが展開したのだろう。
「ネルズファー。ザマーを守っといて」
「わかったよ」
ネルズファーがザマーの前に立つ。子犬なので迫力はまるでなかった。
ニルマは一歩前に出た。
「16号に対応できたから大丈夫と思ってるかもしれないけど、19号はもっと速いよ」
「一応確認しとくけど、私らと敵対するつもりなんだよね」
「うーん。別に敵とは思ってないんだけど。でもまあ大丈夫だよ。僕の戦力を拡大できればそれは人類のためになるんだから」
何を考えているのかよくわからないが、ニルマはヴェルナーを敵だと認定した。
昆虫人間の姿が消える。
次の瞬間、昆虫人間は床で潰れていた。
ニルマは踏み込み、腰を落とし、右掌の打ち下ろしで昆虫人間を床に叩きつけたのだ。
「何が速いって?」
ニルマは左手を右肩の前に、打ち下ろした右掌を引き寄せて体を縮める。
そこから大きく踏み込み、弾けるように右手を打ち出した。
牛人間は、ニルマの動きにまったく反応できなかった。
為す術もなく、ニルマの右甲を胴に喰らったのだ。
牛人間が膝から崩れ落ちる。血反吐をぶちまけたのか、頭部のまわりに血だまりが広がった。
「え?」
ヴェルナーはあっけにとられていた。
自信満々に繰り出した手下が、こうも簡単にやられるとは思っていなかったのだろう。
「あー。これはちょっとまずいかな。実は僕、19号とかよりちょっと強いぐらいなんだよ」
ヴェルナーが後ずさった。
「じゃあやめとく?」
「いやね。僕より、弱い奴の力を五体利用して、強力な一体を封じてる状態だったからさ。今三体やられちゃったでしょ。58号の抑えが利かなく……」
ヴェルナーの言葉が途中で途切れた。
唐突に、ヴェルナーの体が膨らみはじめたのだ。
嫌な予感がしたニルマは飛び下がった。
「君……名前は?」
苦しげな、歪んだ声でヴェルナーは聞いた。
「マズルカの聖女、ニルマ」
冥土の土産とばかりにニルマは答えた。
「聖女って凄いんだね……覚えとく――」
最後まで言い切れず、ヴェルナーの上半身が弾け飛んだ。
血と皮と臓物が周囲にまき散らされ、ニルマはそれらを難なく避けた。
「ニルマ様、内部から破裂する攻撃とかしたんですか?」
「まだなんもしてなかったけど!?」
ヴェルナーの下半身が横倒しになる。
その側に、血まみれの黒い塊が出現していた。ヴェルナーよりも大きな卵状の物体だ。それがヴェルナーの中で膨らんだのだとすれば、当然ヴェルナーの体は弾け飛ぶしかなかったのだろう。
黒い卵から棘が伸びた。それは、床に転がっている帯で封じられた二体に突き刺さる。
生きているのかは定かではなかったが、それらは動くのをやめた。
その卵が58号なら、封印に利用していた五体が停止し、全ての封印が解かれたのだろう。
「嘘だろ……おい! そいつやべーぞ! 今のうちにやっちまえ!」
背後でザマーを守っているネルズファーが吠えた。
黒い卵は脈打ちながら大きくなっていき、手足を備えていく。それは次第に人の姿へと変わっていった。
それは、細身ながらも筋肉質な肉体を持つ青年へと変貌を遂げたのだ。
「ふむ……人間ごときがよくもやってくれたものだ」
褐色の肌を持つそれはゆっくりと掌を開け閉めしている。体の感覚を確認しているのだろう。
人はそれを見たとき、恐怖に慄けばいいのか、崇め奉ればいいのかわからなくなるだろう。それは吐き気を催すような瘴気をまき散らしながらも美しく、神々しさをも兼ね備えているからだ。
「悪いけど、あんたはいるだけで迷惑だから」
それが何者で、何を考えているのかはわからない。
だが、人類の守護者を気取るのなら、ここで確実に倒すべき相手だとニルマは感じ取っていた。
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