第13話

「なに、とはひどい言い草だ。せめて誰かと聞いてもらえないかな」


 海底ダンジョンの中にいた人物は、親しげに話しかけてきた。


「じゃあ誰よ?」

「僕もそれなりに有名人かと思ってたんだけどなぁ。まあいいや。僕はヴェルナー。特級冒険者だよ」

「男、女?」

「答えてもいいけど、性別なんてどうでもよくない?」

「女の子だと殴りにくいから」

「初対面のコミュニケーション手段に殴るって選択肢を入れてるって……」


 ザマーが隣で呆れていた。


「男なんだけど、殴られるの?」

「場合による」

「うーん、なんか勘違いされてるのかな?」


 ヴェルナーは、大げさに手を前に突き出した。

 その手には帯があり、その動きに応じて、床に倒れている人々がずるりと動く。

 床に倒れている者たちは、文字の書かれた帯で拘束されているのだ。


「これは死体だよ。そして僕が殺したんじゃない」

「そんなのは見ればわかるよ」


 死体だと言うがそれらは動いていた。邪魔な帯をどうにかしたいのか、もぞもぞと、びくびくと、ぶるぶると震えているのだ。

 ニルマは、それらから邪で冒涜的な気配を感じ取っていた。


「残念ながら僕の術が一般ウケしないのはわかってるよ。けれど、とやかく言われる筋合いはないと思うんだ。僕はこの術で冒険者として世の中に貢献しているし、なりたいわけじゃなかったけどいつのまにか特級になってた。ということは、僕のやり方は認められているってことだろう?」

「まあいいや。こんなとこで何してんの?」


 全て浄滅してやりたい衝動に駆られるニルマだが、それは抑えこんだ。

 この時代の法で許されていることなら、ニルマの常識で断罪するわけにもいかないからだ。


「遺跡の調査だよ。ここはかなり昔に沈んだ都市でね。こういう場所には珍しい物があったりするんだ」

「え? ダンジョンの攻略は?」


 ニルマはあっけにとられた。

 特級冒険者がモンスターが出てくるような場所にいるのだから、オーバーフローしかけているダンジョンを早急に対処するためにやってきたかと思っていたのだ。


「え? なんで?」

「いや……冒険者の義務なんじゃないの? ダンジョン攻略は」

「ああ! よくある誤解だね。国民に課せられた義務は、冒険者になることだけだよ。ダンジョン攻略は必須じゃないんだ。まあ特級になっちゃうと王様からダンジョン攻略を命令されたりすることもあるんだけど、今のところ特にそんな命令は聞いてないし」

「そういうもんなの?」


 そのあたり、よく覚えていなかったのでニルマはザマーに聞いた。


「そうですね……確かにダンジョン攻略を義務づけられてはいなかったような……国民皆冒険者制度はいつでも対応可能な戦力を可能な限り保持しておくため、というところでしょうか……」


 そもそもこのダンジョンは未発見だろう。冒険者センターに登録されていないのなら、王が攻略を命じるはずもない。


「じゃあ僕は帰るね」

「いやいやいや。オーバーフローしちゃったらまずいんじゃないの?」

「僕は困らないけど?」

「なんなのこいつ? 話通じないんだけど!?」


 ニルマは柄にもなく苛立った。

 オーバーフローすれば異世界からの侵略が進んでしまう。それは誰にとっても危機的状況なはずなのに、この少年は何も気にしている様子がないのだ。


「僕もそんなに暇じゃないから、もういいかな? ……ねえ? それってなに?」


 ニルマと話すのも飽きてきた。そんな態度だったヴェルナーだが、何かに気づいたのか溌剌とした笑顔を見せた。

 その指先は、ザマーへと向けられている。


「ザマーだけど?」

「その紹介もどうかと思いますけどね」

「人間じゃないよね?」

「目覚まし時計だよ」

「その説明でわかってくれる人がいるとは思えないですよ?」


 ニルマは少しばかり感心した。

 ザマーの外見は完全に人間を模しているので、普通の手段ではロボットだと見抜くことはできないからだ。


「ねえ。それ僕に頂戴?」


 ヴェルナーは、実に無邪気な様子だった。

 彼にはザマーが、珍しいおもちゃのように見えているらしい。


「えぇ? どうしようかなぁ?」

「そこで少しでも検討するっておかしくないですかね!?」

「本人がこう言ってるからさ。ごめんね」

「全部とは言わないよ。片腕だけでもいいから」


 だが、ヴェルナーは食い下がってきた。

 冗談のつもりはないのだろう。彼はそれで譲歩しているつもりなのだ。


「そう言ってるけど?」

「嫌に決まってるでしょ!」

「そうかぁ……ああ! でも、こんな時のために特級を維持してるんだった! 16号」


 ヴェルナーが呼びかけるように言う。

 すると、床に転がっている何者かの帯が弾け飛んだ。

 開放されたそれは全力で床を蹴り、ニルマたちへと突っ込んでくる。

 それは一瞬でザマーへ近づき、そのまま背後へと駆けていった。


「うわあぁあああああああ!」


 ザマーが腕を押さえて叫んだ。

 ザマーの左肘から先がなくなっているのだ。


「ちょっと驚いた」

「いやいやいや! 僕には何がなんだかわかりませんでしたけど、ニルマ様なら見えてましたよね!?」


 ザマーには痛覚があるが、身動きが取れないほどの激痛を感じたりはしない。損傷が激しい場合、痛覚の模倣機能は停止するのだ。


「ザマーの頑丈さなら大丈夫かと思ってたんだよ。でもほら。ちゃんと腕は取り返しといたから」


 背後に駆けていった何者かは倒れていた。

 ニルマはすれ違った一瞬で何者かの頭部を打ちぬき、持っていかれそうになった腕を奪い返したのだ。


「で、なんのつもり?」

「特級だからさ。そこら辺の冒険者から接収してもいいかなって。多分、僕はすごく偉いと思うんだ」

「ふーん。まぁ……そんな制度があったとしてもどうでもいいけどね」


 ニルマが国の法や制度に従っているのは、その方が面倒がなくていいと思っているからだ。

 しかし、王子であろうと神を侮辱したならぶちのめすように、ニルマにはニルマの法がある。

 ニルマは、相手が特級冒険者であろうと素直に従うつもりなどまるでなかった。

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