第34話
エルフとの戦闘に、特筆すべきことは何もなかった。
簡単に言ってしまえば、エルフが光弾を放ち、それを食らった冒険者たちはホワイトローズを残して全滅したのだ。
大半の者は為す術なく光弾を食らった。
どうにか反応できた者もいたが、大して意味はなかった。
盾を持っていた者はそれで防ごうとしたが、盾ごと消し飛ばされた。
躱した者もいたが、多少逃げたところで追尾してくる光弾から逃れることはできなかった。
多少ましだったのは、アレンの防御結界だ。泡のようなものでパーティーを包んで身を守ったのだ。
だが、それも耐えられたのは数秒の間だけだった。無数に襲いかかる光弾は泡の周囲を膨大な熱量で取り囲み、限界に達した泡は中身ごと蒸発したのだ。
何名か、生きている者もいるようだが、身体のどこかを消し飛ばされて戦闘不能に陥っている。
レオノーラはそれをただ見ていただけだった。
なぜか、レオノーラたちだけは襲われなかったのだ。
エルフがレオノーラを見る。
整った顔が笑みで歪んだ。
その瞬間、レオノーラはあえて見逃されたのだと悟った。
このエルフは知っているのだ。
エルフの死体をこの街に運び込んだのが、ホワイトローズであることを。
「みんな、私の後ろに!」
レオノーラは無駄だと思いつつも防御障壁を展開した。
光が煌めく。
やはり障壁にはなんの意味もなく、レオノーラたちは倒れた。
細く収束した光が、各人の両足を穿ったのだ。
「は……はははっ。これって、あの女エルフの時と同じだよな……」
シントラが力なく笑う。
エルフが手加減をしているのは明らかだった。
まずは足を奪い、逃げられなくしたのだろう。
エルフのそばにある球体から光が立ち上った。
それはまっすぐに空へと伸びていき、枝分かれし、無数の光弾となって街へと降り注ぐ。
同時に着弾したそれらは、轟音と震動を巻き起こした。
それでどれだけの命が奪われたのか。
レオノーラは、これまでの全ては茶番だったのだと思いしらされていた。
エルフが一体出てくるだけで街は壊滅する。
なのに、彼らはちまちまとワーカーやソルジャーを送り込んで、のんびりと嫌がらせのように侵略を進めていたのだ。
その気になれば、人類を滅亡させることなど容易い事だろう。なのにそうしない。
何か理由があるのかもしれないが、レオノーラはただ遊ばれていたのだと感じていた。
レオノーラたちが遭遇した女エルフにもそんな傾向はあった。
いつでもレオノーラたちを全滅させられるのにそれをせず、弄ぶ。傷まで治し、絶望的な戦いを続けさせようとする。
それと同じ事を、人類全体に対してもしていたのだろう。
だが、そんなことがわかったところでどうしろというのか。
この圧倒的な戦力差を前にしては絶望しかなく、希望のかけらすら見出すことはできなかった。
「もうやめてよ! 私が憎いなら、私を殺しなさいよ!」
自分が死ぬことで、エルフが止まるならもうそれでいい。
そうまで思ったが、エルフの答えはさらなる街への攻撃だった。
光の大樹が生まれ、無数の光弾をまき散らす。
「……神様……」
その絶望的で美しい光景を前にして、レオノーラは生まれて初めて神に助けを求めた。
信じているわけでもない、普段から祈りを捧げていない神に助けを求める。
まさに苦しいときの神頼みだ。こんな身勝手な祈りなど通じるはずがない。
だが、レオノーラが信仰する神は寛大だった。
「呼んだ?」
どういうわけか、ニルマが目の前に立っていた。
へたりこむレオノーラを見下ろしていたのだ。
「……あんた、どこから……街は障壁に覆われてて……」
「ザマーぶつけたら壊れた」
「え? ザマーって、あんたと一緒にいた小さな子?」
何を言っているのかわからない。
だが、詳しい説明を求めている暇はなさそうだった。
「で、色々あるみたいだけど、あいつが原因?」
「ええ。おそらくはダンジョンで出会ったエルフと関係がありそう」
「見た感じ似たような顔だから身内か。復讐にきたって感じかな」
ニルマはそれだけで概要を掴んだようだった。
「で、あいつを倒せば解決ってこと?」
「同じことを言ったアレンはあっさりやられたわよ?」
「まあ、なんとかなるでしょ」
ニルマはエルフへと向き直り、一歩前に出た。
エルフの周囲で球が輝き、ニルマは飛んできた光弾を手で弾いた。
「嘘……」
光弾は城壁へと飛んでいき、着弾地点を消し飛ばした。
それほどの威力の攻撃を、ニルマは素手であしらったのだ。
次に飛んできた光弾はニルマは握り潰した。
レオノーラには信じられなかった。その光弾は城壁を一瞬で蒸発させるほどの熱量を有している。それを掴み取り、その上握り潰して消滅させたのだ。
そして、エルフも同じようなことを感じたのか、その顔からは笑みが消えた。
「そうそう。女エルフ殺したの私だから。他の奴ら狙うのはお門違いだと思うよ?」
ニルマは言葉が通じると思って言ったわけではないだろう。だが、その効果は劇的だった。
エルフが激昂し、わけのわからない言葉で罵りはじめたのだ。
レオノーラは、エルフの魔力が高まっていくのを感じていた。
周囲に浮いている光球がより輝きを増していく。
エルフはこれまで、まるで本気ではなかったのだ。
光球はその数を八個にまで増やしていた。
光球から伸びた線がお互いを繋ぎ、回転し、複雑な幾何学模様を作り出す。
レオノーラは、女エルフを倒したニルマになら、このエルフをどうにかできるのではないかと淡い希望を抱いていた。
だが、このエルフの実力は女エルフとは桁違いのものだった。
見ているだけで脳が焼き切れそうになるほどの魔力の奔流が場を支配している。
こんなものを人にどうにかできるわけがない。
レオノーラは、エルフに手を出したことを心底後悔していた。
*****
ニルマは、エルフの準備が終わるのを待っていた。
術の構築中に攻撃するのは簡単だし、それで終わるだろうがそれはしない。
このエルフは仇討ちのためにきたのだろう。ならば、ニルマはそれを真っ向から受けなければならない。
これは、マズルカの教義とは関係なく、ニルマの矜恃だった。
殺せば恨みを買うし、それを背負う必要がある。
仇討ちにやってきた相手から逃げることはできないし、適当にあしらうこともできない。
もちろんだからと言って、ただやられるわけにはいかない。
ニルマが仇だというなら、ニルマはその相手を正面から叩きつぶす必要があるのだ。
エルフの頭上に、巨大な光の陣が出現していた。
膨大な力を内包するそれは、ただそこにあるだけで大地を融解させるほどのものだ。
「いえうういああいおいううあ!」
それは呪文なのか、ただの罵倒なのか。
何にしろ、その言葉によって光の陣は本領を発揮した。
陣から無数の光が放射状に放たれる。
大輪の華の如く展開した光線は、次の瞬間、一点へと収束した。
全ての光線がニルマへと集中したのだ。
ニルマは躱さない。
その光の奔流へとまっすぐに踏み込んだ。
猛虎硬爬山。
その技は、猛る虎が山を駆け上る様を模したものだという。
光の激流が真っ二つに割れる。
ニルマは、真っ向から踏み込み、光線をかき分け、エルフに拳と肘の連撃を叩き込んだのだ。
エルフはその場に崩れ落ち、血反吐をまき散らした。
「で、こいつ、どうしたもんかな? また復讐にこられると面倒だしなー」
「……え? 何がどうなって……え? なんで、あんた生きてるの? 光の魔法がぐわーってきて、え?」
レオノーラは、戦いが終わってもぼんやりとしたままだった。
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