第35話(一部完)

 ニルマとザマーは、エルフの死体を担いで、街の中央にあるダンジョンにやってきた。

 状況からして、青年エルフはここからやってきたと推測されている。

 浅いダンジョンなので、すぐにポータルへとたどり着いた。

 そして、エルフの死体を二体、ポータルの前に置いた。

 要は、死体を持って帰ると取り返しに来るのなら、返してしまおうという話である。

 エルフの青年は死んだ時のままの姿で、女エルフの死体は出来うる限り元の形に整えられている。

 装備も全て返すので、ニルマが奪った靴も女エルフに履かせていた。


「こんなんでいいんですかね?」

「死体を神聖視する文化とか結構あるからね。そーゆー奴らならまあ」


 ワーカーを間引く作業が滞っているため、ワーカーが何匹か出現している。

 ワーカーは、エルフの死体を見つけて近寄ってきた。


「ワーカーは情報伝達とか出来るんでしょうか?」

「蟻なら、化学物質でコミュニケーション取ってるらしいけどね。こいつら、不思議生物だからなぁ」


 しばらく待っていると、ポータルに変化があった。

 中から手が現れたのだ。

 手が繭をかきわけて、中から人がやってきた。

 これも、エルフなのだろう。

 見た目は幼い少女だった。

 少女は、エルフの死体を確認している。

 穏やかな様子なので、今のところは襲い掛かってくることはなさそうだ。


「あんたら、回りくどい侵略やってんでしょ? だったら、今回みたいなのはやめといてよ。それは返すからさ」

「……」


 返事はない。

 だが、エルフの少女は、何かを投げてよこした。

 指輪だった。

 青年エルフが身につけていたものだ。


「くれるの? でも、それなら靴の方がいいんだけど? あれ、結構履き心地よかったからさ」

「なんで、この期に及んで図々しいこと言ってるんですか……」


 ニルマは自分の靴を指さして言ってみた。

 すると、少女は女エルフの靴を脱がし、ニルマに投げてよこした。


「言ってみるもんだね!」

「なんで、謎の侵略者と普通にコミュニケーションとってんですか」

「指輪は返さなくていいのかな?」

「知りませんよ、そんなの……」

「あめの」


 エルフの少女が、青年エルフを指さして言った。


「ん? 名前?」

「しなつ」


 次に女エルフを指さす。


「さくや」


 そして、最後に少女は自分を指さした。


「わかった。覚えとく。私はニルマ。こっちはザマー」

「にるま。ざまぁ」


 少女が復唱する。


「……僕、異世界の侵略者にまで、ザマーって認識されるんですかね……」

「言い慣れてくると、そんなに悪い名前じゃないと思うけどなぁ」


 さくやと名乗ったエルフが指示をすると、ワーカーがエルフの死体を咥えてポータルの中に運び込んだ。

 少女もポータルの中に消え、この場に侵略者はいなくなった。


「これどんな仕組みなのかな?」


 ニルマはポータルに近づき、かき分けてみた。

 すると、ポータルは大げさな音をたてて弾け飛んだ。


「……えーっと……なるほど。やはり、人間には使えないんだね」

「いや、まあ、壊す予定でしたからいいんですけどね」


 こんな事態になった以上、ワーカーを資源として採取し続けるのは無理だということになった。

 なので、ポータルは破壊し、遺跡は閉鎖することになったのだ。

 ザマーが部屋の隅に飛んでいったポータルコアを拾ってきた。

 拳大の小さな球体が真っ二つにになっていた。


「これ、僕らがもらっちゃっていいんでしょうか」

「いいでしょ。私が壊したんだから」


 管理されていたポータルなので微妙ではあるが、文句を言われたらその時に対応しようとニルマは考えた。


  *****


 カナエ山遺跡のコアと、街の遺跡のコアを精算すれば二千ポイント以上にはなり、二人が国民昇格するには十分なはずだった。

 だが、冒険者センターはとても運営を続けられる状態ではなくなっていたのだ。

 なので、二人の昇格は当分お預けということになってしまった。


「というか、もうこの街そのものが機能してないんじゃない?」


 教会に戻ってきたザマーとニルマは、居間でセシリアと話していた。


「はい……人的被害は破壊の規模に比べれば比較的ましということなんですが、建物なんかはかなり壊れてしまったようでして……」


 なので、生き残った住民の大半は、他の街への移住を検討しているようだった。


「セシリアはどうするの?」

「そうですね。ザマーさんのおかげで、このあたりは破壊を免れたのですが……冒険者センターが機能しなくなると、この周辺のダンジョンへの対応が難しくなってしまいますね。最悪の場合は、ドーズ地区そのものが見捨てられるかもしれません」


 ただでさえ山の多い地域なので、冒険者センターの機能不全はすぐに問題になることだろう。


「そっかー。じゃあ私らはどうしたもんかなー。国民昇格しときたいんだけど」

「そうですね。別にここでなくてもいいわけですから、王都の冒険者センターに行かれてはどうでしょう?」


 アーランド王国は、王都を中心に十二の地域が配置されている。

 どの地域からでも王都には行きやすいとのことだった。


「じゃあ王都いってくるよ」

「その前に、聖導経典回収したほうがよくないですか?」

「国民昇格の方が優先じゃない?」

「準国民で何か不自由がありましたか?」

「ないけどさ。王都って色々ありそうじゃない?」

「物見遊山に行きたいだけなんですね……経典の方が優先度高いと思うけどなぁ……」


 だが、ニルマがそう決めたのなら、ザマーが何を言っても無駄だろう。


「王都ってぐらいだから、王様いるんですよね……そこら辺をうろうろしてて片っ端から女の人に手を出すとかいう……」


 ニルマとの相性は最悪だろう。

 出来れば出会わないでくれと願うしかないザマーだった。


  *****


「はっきょくけん、ですか?」


 初期設定を終えた目覚まし時計は、老人の言葉に首を傾げた。

 そんな名称は記憶のどこにもなかったからだ。


「宇宙の片隅にあるちっぽけな星の、さらに田舎の奥地で発祥した拳法だよ。それが何万年と経ったってのに、こんなところにまで伝えられて、神やら悪魔やらを叩きつぶしてるんだ。こんな痛快なことはねえよなぁ」


 寝台に横たわる老人は、じつに楽しそうに言う。


「だから、まあ、あいつは強えよ。けっきょく、全てをたたき伏せた。が、それと、孤独に耐えられるかは話が別だよな。あいつはああ見えて寂しがりだからよ」

「その、話が見えないのですが、あなたはニルマ様ではないのですよね?」


 起動すると、その老人が目の前にいた。

 だが、目覚まし時計のオーナーは聖女ニルマだ。その外見はうら若い女性のはずであり、年老いた男性ではないはずだった。


「ああ。俺は注文主だ。納品先はニルマで間違いねーよ」

「……この地上にニルマ様以外の方がおられるとはデータにありませんが?」


 生きていた人間は全て宇宙へと逃げ出した。

 残っているのは、最後まで戦いを続けていたニルマだけのはずなのだ。


「死んだことになってるな」


 地上には瘴気が蔓延している。

 それは科学の力で浄化することはできず、どこにでも入り込むものだ。

 人間ではすぐに腐れ死ぬような劣悪な環境だが、それでも生きているこの老人は只者ではないのだろう。


「このまま寝っ転がったまま死ぬんだろうとうつらうつらとしてたらよ。メッセージが送られてきた。俺のアカウントで買い物した奴がいる。あいつ、俺の金で目覚まし時計を注文しやがったんだよ」

「それは犯罪では?」


 納品先の倫理観が甚だ不安になる話だった。


「死んだとおもってるんだろうな。どうやって認証を突破したのかはしらんがよ」

「生きていることを伝えられては?」

「よせよ。もう長くねぇんだ。今さら死ぬとこ見せるのも可哀想だろ」


 この老人のことはニルマに伝えてはいけないのだと、目覚まし時計は判断した。


「それで、とりあえず注文内容を変更することにした。あいつの注文したのは手の平サイズの普通の目覚まし時計だったんでな」

「いや、それでいいんですか? 全然違う物が配送されてくることになるんですよね?」

「目覚まし時計だって言い張ればあいつは気にしねぇよ」

「……それは、とても不安になるぐらいに大雑把な方ですね……しかし、なぜこのようなことを?」

「もしかしたら、あいつは一人ぼっちになっちまうかもしれねぇ。それはいくらなんでも可哀想だろ」


 環境が改善されて、宇宙から人類が戻ってくる。

 うまくいくとは限らない、あやふやな計画だった。

 失敗すれば、何もない荒れ果てた世界でニルマは目覚めることになるだろう。


「だから、あいつのことをよろしく頼むよ」

「それは……言われなくとも機能は達成いたしますが」

「そこの箱に入れば、ニルマのとこに勝手に配送されるようになってる」

「あ、歩いていったりはしなくていいんですね」

「しかし、強くなりすぎるのも考えもんだよなぁ……一人だけ生き残ったってよぉ……」


 それが、老人の最期の言葉だった。

 肩の荷が下りたのか、その顔は安らかなものだった。



  *****


あとがき


 一部完です。

 ここまでお読みくださってまことにありがとうございました。

 人気があろうとなかろうとここまでは書こうと決めておりましたので、どうにか辿り着けてほっとしております。

 なお、ネタはここまでしか考えておりませんので、今後の予定は未定です。


 この作品、某社に企画として出してみたところ女主人公ということでいい顔をされなかったんですね。

 で、えー? おもしろいやろー、これー!

 と思ったので投稿して人気のほどを測ることにしてみました。

 ですので、面白いと思ってくださった方は評価、フォローしていただけるととても嬉しいです。(カクヨムの仕組みはよくわかってないですが)

 人気があれば作者のやる気が出てくるかと思います!


 二部をやるとしたら、王都に行ったり、聖導経典を回収しにいったりするんじゃないでしょうか?


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