第33話
騒ぎに気付いたセシリアが教会の外へと出ると、そこには地獄のような光景が広がっていた。
街のいたるところで建物が倒壊し、火の手が上がっている。
時折、どこかで轟音が響き渡り、建物が空へと吹き飛ばされていき、落下してきた破片がさらに街を破壊していた。
いたるところから叫び声が、逃げ惑う足音が聞こえてくる。
幸い、教会は無事だったが、それもいつまで続くかわかったものではないだろう。
「これは……一体何が……」
何の前触れもなかった。
唐突にこんなことが起こり始めても現実感がまるでない。
あまりにも突然すぎて、何をどうしていいのか、セシリアには見当も付かなかった。
呆然と空を見上げると、光の筋が空へと登っていくのが見えた。
だが、一本の筋であったのは一瞬のことだ。
それは先端から次々に枝分かれしていき、さしずめ光の大樹とでも言うべきものへと変貌を遂げる。
そして、それは解き放たれた。
枝葉の一つ一つが分かれて光の線となり、街の各所へと降り注いだのだ。
それは、ひどくゆっくりと落ちてきた。
光そのものではなく、光輝く何か。
だが、それが何であろうと、とてつもない力を秘めた存在であることには変わりない。
それは同時に街に着弾し、これまで以上の轟音を鳴り響かせた。
地面が大きく揺れ、街の各所に光の柱が立ち上る。
ここからではわからないが、それが落ちた場所は凄惨なことになっているのだろう。
「ど、どうにかしないと……」
そう思うも、こんな状況をどうにかできるはずもなかった。
何が起こっているのかはわからないが、これは未曾有の災害とでもいうべき事象だろう。
聖職者としては、街の人々に救いの手を差し伸べるべきかもしれないが、セシリアにできることなど何もない。
今、この場において神の教えを説き、祈りを捧げたところで何の解決にもならないだろう。
「逃げたほうが……でも、教会を放っておくわけには……」
それに教会には体調のすぐれないローザがいる。彼女を連れて逃げるのは難しい。
セシリアが何もできずにいると、またもや光の筋が立ち上った。
起こったことは先程と同じだ。無数に枝分かれした樹木のようになり、街に降り注ぐ。
先程との違いは、その光の一つがこちらへ、教会へと落ちてくることだった。
ゆっくりと、だが確実にそれはセシリアの方へとやってくる。
光から逃れることは可能だろう。だが、それがもたらす影響は広範囲に及ぶ。多少逃げたところで、それが巻き起こす破壊の渦から逃れることはできない。
この期に及んでセシリアにできることはなかった。
ではどうするのか。
セシリアは、その場に跪き祈った。
それを馬鹿らしいと言う者もいることだろう。そんなことをする暇があるのなら一歩でも遠くへと逃げる努力をするべきだと。
だが、セシリアは神に縋った。
その御名に救いを求めたのだ。
そして、奇跡は起きた。
「ぎゃぁー!」
空からそんな声が聞こえてきて、セシリアは空を見上げた。
そこに光はなく、別の何かが落ちてきた。
「え? ザマーさん?」
「こんにちは。セシリアさん……」
倒れていたザマーが起き上がった。
「あの。何がどうなったんでしょうか」
「ニルマ様に投げつけられて光弾にぶつかりました」
轟音とともに大地が揺れた。
ここは無事だったが、他の場所では多大な被害が発生したのだ。
だが、ザマーはそれほどの威力の弾とぶつかって平気なようなのだ。
「……それで無事なんですね……」
「……まあ、無事なんですよ。良くも悪くも。それで、これって何がどうなってるんです? 僕もわけのわからないまま投げられてきたんですが」
「私にも何がなんだか……いきなり街が攻撃されて……私は情けないことにただ祈ることしか……」
「それでいいと思いますよ。僕がここに来たのは偶然じゃありません。神が祈りに応えたんですよ」
そう言われても俄には信じられなかった。
セシリアはマズルカ神を信仰している。
だが、ただ祈っただけで現実的な助けを得られるなどとは思っていない。
こう言ってはなんだが、信仰とは心の持ちようの話だと思っていたのだ。
「ニルマ様は聖女。つまり神の代行者というわけでして、マズルカ神が祈りを中継してるんですよ。なので、セシリアさんがピンチなのがわかって僕をここに寄越したわけです」
「……そんなシステムだとは……」
「ああ、なんでもかんでもってことじゃないですよ。当然、取捨選択はされているかと」
セシリアは、祈りがそんな扱いになっているとは思いもしていなかった。
「だから信徒の皆さんは祈っていればいいんです。こういうちょっとめんどくさそうなことは、全部聖女様にお任せしちゃえばいいんですよ」
「ちょっと……ですか」
「都市一つ程度が崩壊するかもって規模なら、ちょっと、じゃないですかね」
いつもニルマに対して不平不満ばかりを言っているザマーだが、こんな状況でもどうにかしてくれるという信頼はあるようだった。
*****
「どうすんだよ! これじゃ逃げようがねぇ!」
トーマスが見えない壁を前に叫ぶ。
人が、増えてきた。
街の人びとが、城門を越えて街の外に出てきているのだ。
そして、見えない壁の存在が、さらなる混乱を招き始めていた。
「街全体を覆い尽くすなんて無茶なことをすればどこかに綻びがあるはず。そこを探すぐらいしか……」
儚い希望だ。
おそらくそんな手抜かりがないことを、レオノーラはわかっている。
だが、そうでも言わなければできることがなくなってしまうだろう。
「はっははは。突然はじまったんだ。逃げ回ってりゃ突然終わるかもしれねーぜ?」
シントラが強がるように言う。
だが、レオノーラはこの惨劇の理由らしきものを知っていた。
それが、怒りに起因しているものなら、街の人びとを殺し尽くすまで収まりはしないだろう。
だからこそ街を結界で覆い、逃げられないようにしているのだ。
「街の中に戻るよりは、城壁の外を移動した方が良さそうね」
じっとしているよりは動いていた方がましだろう。
そして、そうするならこの場にいる大勢はバラバラに動いた方がいい。
レオノーラが皆に呼びかけようとしたところで、ざわめきが広がった。
特級パーティのファイナルフォースがやってきたのだ。
ファイナルフォースたちはレオノーラたちのところへとやってきた。
「街に戻ってきたと思えばこんな状況だ。一体何があったんだ?」
ファイナルフォースのリーダー、アレンが話しかけて来た。
特級と中級ではかなりの差はあるが、お互いに知られたパーティで顔見知りだった。
「おそらく……エルフによる襲撃です。冒険者センターにそれらしき存在がやってくるのを目撃しました」
「エルフ? どこかのダンジョンがオーバーフローしたとでもいうのか?」
「どこから、なんの目的でやってきたのかはわかりませんが、私たちでは手に負えません」
「そのエルフってのはあれか?」
「え?」
アレンが示す方を見る。
そこに先ほど、冒険者センターで見かけた美貌の青年がいた。
その周囲には三つの光の球が浮いている。膨大な魔力を秘めた塊であり、もはやその存在がエルフであることは疑いようがないだろう。
エルフは、城門を抜けて街の外へと出てきたところだった。
「まあ、あれを倒しちまえばすべて解決ってことだよな」
アレンと三人の美女たちが、武器を構えた。
この街最強の一角であるファイナルフォース。
彼らに倒せないのであれば、もう誰もエルフの暴虐を止めることはできないだろう。
レオノーラは、最後の望みを彼らに託した
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