第27話

「待ちなさい!」


 さりげなく立ち去ろうとしたニルマの背に声がかけられた。


「ニルマ様……この遺跡狭いんですからなにくわぬ顔で調査を開始するなんて無理ですって……」

「死んでないし、いいかなって」


 だがこのまま無視できる雰囲気でもなく、ニルマはしぶしぶ振り向いた。

 そこには三人でよってたかって口移しで薬を飲まされているアレンの姿があった。


「いいわけないでしょ! ボーションだってただじゃないんですからね!」

「いきなり攻撃してくるとかなんなのよ! 頭おかしいんじゃないの!」

「待ってくれ、みんな……彼女も急に言い寄られてびっくりしただけだと思うんだ……」


 身を起こしてアレンが言う。

 三人にもみくちゃにされて、薬でずぶ濡れになってはいるが、回復はしたようだ。


「そう! びっくりしただけなの! イケメン酔いする体質だからごめんね!」

「適当な体質でっちあげないでくれませんかね」

「この手のツラ見るとむかつくってのは嘘ではない」


 ニルマはぼそりとつぶやいた。


「そんないいわけが通るわけないでしょ!」

「こんなことをしでかしておいてただですむと思ってるの!?」

「あの、我々がが蚊帳の外になってるんですが、少しいいですか?」


 ファイナルフォースの面々がいきりたっていると、横から声がかけられた。

 先程までワーカーと戦っていたパーティ、レグザスの一人だ。


「なんなの! お呼びじゃないのよ! すっこんでてくれる!?」

「私はあなた方の指導を受ける立場ですが、雇い主でもあるわけです。そして、この状況はダンジョン攻略とは関係がないですし、口出しする権利はあるかと思いますが?」


 年の頃は十五、六歳だろう。

 まだ子供らしさを残す面持ちではあるが、しっかりとした口調で冷静に話をしている。

 彼がレグザスのリーダーのようだ。


「こんにちは。僕はレグザスと言います。アーランド王国の第三十六王子です」


 レグザスはニルマに会釈した。


「ああ、これはご丁寧に。私はマズルカ伝習会のニルマ。こっちはザマー」

「パーティー名と名前が同じなんですか?」


 不思議に思ったのか、ザマーが聞いた。


「ええ。王族は慣習的にそのようになっていますね」

「ということは、ガルフォードのパーティー名もガルフォードになるのか」

「ガルフォード様をご存じなのですか?」

「ああ、お得意様? 私が世話になってる教会に結構な寄付をしてくれてさ」

「寄付なんですかね、あれ……ほとんど脅迫……」

「ちょっと! 話があるんじゃなかったの!」


 世間話になりそうなところで、女が割り込んできた。


「はい。あなた方は攻撃されたと怒っておられますが、それはおかしくないですか?」

「どういう意味よ!」

「特級パーティー、ファイナルフォースの博愛のアレンがあっさりと攻撃を食らって倒れた。これはどうお考えなんですか? 怒っている場合なのでしょうか? ニルマさんがその気になれば、我々は全滅させられているのでは? この状況に対してもっと深刻に考えるべきかと思うのですが」

「……それは……」


 この中ではアレンが一番強いのだろう。そのアレンが倒されるのであれば他の誰もニルマには敵わない。

 女たちは、そんな当たり前のことにようやく気付きはじめたのだ。


「油断してたのよ! アレンがこんなのにやられるわけないでしょ!?」

「油断? 僕があなた方を雇っているのは護衛の意味もありますよ。僕たちでは対処できない状況になった際の保険があなたたちです。それが油断していたからやられました、なんて言うつもりなんですか? そんな体たらくでは今後の契約は考え直さざるをえないですね」

「確かにそうだ……油断だなどと言い訳にもならない……ここはダンジョンだ。いつ何が起こるかわからない場所なんだ……」


 アレンは自らの不甲斐なさを恥じているようだった。


「なんかいい感じに話がまとまろうとしてる?」


 ニルマたちは少し距離を取っていた。

 今さら逃げるつもりはないが、近くにいてまた矛先がこちらに向くのも面倒だからだ。


「いきなり罪もない青年に攻撃した事実はなくならないですよ?」

「罪はあるでしょ。マズルカの教義的には」

「……それでいうと、この国の王様ってどうなるんですかね……」

「ギルティ」

「絶対会わせちゃいけないやつだ、これ!?」

「いや、私もこの国の法で問題ないならそこをとやかくいうつもりはないよ? ……ダンジョン外では」

「この人、ダンジョンをいいように利用しすぎだろ!」

「これさー、わざわざ挨拶しにこなけりゃよかったんじゃない? そうなると、ザマーが悪いよね?」

「若干いらつく物言いですが否定はしませんよ。他のパーティーなんて放っておけばよかったと、僕も思ってます」


 獲物やコアの奪い合い、相手の虫の居所が悪かった、無法地帯だと開き直っている。

 トラブルの種は無数にあるだろう。

 ダンジョン内では、他の冒険者と極力関わらないのが正解かもしれなかった。


「あの、すみません。よろしいですか?」


 レグザスがニルマたちのところにやってきた。


「いいよ」

「ファイナルフォースは、ニルマさんにこれ以上文句を言わないことになりました」

「そうなの? ポーション代よこせとか言われるのかと思ってたよ」

「今回の依頼に必要な物資はすべて僕持ちですから、彼らが言うことではないですね。もちろん、僕も請求はいたしません。それで、ご相談なんですが」

「なに?」

「油断をしたペナルティとして彼らの報酬は半額ということにいたしました。それで、その半額分でニルマさんを雇うことは出来ないですか?」

「いくら?」

「五百万です」

「あいつら、こんなしょぼい敵しか出てこないところで一千万ももらうつもりだったの!?」

「そこは、特級パーティーの信頼と実績を考慮しての金額だったのですけどね。僕はこれでも王家の末席に連なる者ですので、そう簡単に死んでしまうわけにもいかないんですよ」

「末席に連なる者をボコってた人いましたね、そう言えば」

「報酬は魅力だけど無理かな。今回はコア潰しに来たから」


 コア破壊によるポイントで、一気に国民昇格を果たすのがニルマたちの目的だった。


「それは、このダンジョンの実情を知った上でのことですか?」

「まあね。ここ、多分私の知ってる場所だから、何かわかるんじゃないかと思って」

「それは興味深いですね……ご一緒してもいいですか?」

「構わないけど、雇われたわけじゃないから好きにやらせてもらうよ?」


 アレンを攻撃した件についてはうやむやになったようなので、ニルマはあらためて大広間を見回した。

 ここは大広間に入ってすぐの場所で、反対側の壁には巨大な像が設置されている。

 三面六臂。各腕に様々な武器を持った醜悪な怪物像。これが魔神ネルズファーの姿を形取ったものだ。

 像の前には祭壇らしきものがあり、遠目にも拭いきれないほどの血の跡があることがわかる。


「あの像があるってことは神殿の最上階だから、やっぱりこの下に階層があるはずだね」

「散々に調べ尽くしたと聞いておりますが、ニルマさんには何か手だてが?」

「仕掛けがあったと思う」


 ニルマは大広間の中をうろうろとしはじめた。その後ろにぞろぞろと冒険者たちがついてくる。

 しばらくして、探るように歩いていたニルマが立ち止まった。


「ここらへんかな。聖女ニルマの名において命ずる。……えーと、階段出てこい」

「すごいざっくりとした命令ですね」

「一度きてあれこれやってるから、管理者権限あると思うんだよね」


 ニルマの言葉に反応し、空中にぼんやりとした人影が浮かび上がった。


「おお! こんな現象はいままでになかったはずですよね?」

「ええ。俺も何度か来て調査しましたが、何の手がかりもありませんでした」


 レグザスが興奮気味にアレンに話しかけた。


『管理者であるならば、認証鍵を示せ』

「え? 私に反応したんだよね? 私がニルマだってわかったから出てきたんじゃ?」

『二要素認証になっている。生体認証はクリアした。合言葉による知識認証を示すがいい』

「ふむ。わからん」


 ニルマはその場で、思い切り床を踏みつけた。

 震脚。

 それは、力を生み出し転換するための技術だが、単純に下方への攻撃にもなり得る。

 遺跡が大きく揺れた。

 床は、ニルマの力に耐えきれずあっさりと崩壊した。


「ちょっとは合言葉を思い出す努力をしろよ!」


 ザマーが慌てふためきながら叫ぶ。

 当然、その後に待っているのは階下への落下だった。

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