第26話

 大広間にいるのは八人で、四人ずつの二パーティーのようだった。

 ワーカーと戦っているのは一パーティーのみで、もう一パーティーは少し離れたところで静観している。


「私らの直前に、誰かが向かったとは聞いてたけど」


 出発カウンターで、行き先を告げた際にそんな話を聞いていた。

 基本的に冒険者の活動は全て自己責任となるのでどこに向かおうと自由ではある。

 だが、出発と帰還を管理しているのは、難易度測定のためだ。

 そしてここ最近、カナエ山の遺跡からの準国民パーティの帰還率が著しく下がっていることがわかっている。

 なので、ニルマたちマズルカ伝習会は警告を受けていた。

 下級パーティが向かった際には帰ってきて特に何もなかったと報告しているが、等級外である準国民パーティが向かった際には帰ってこないことが増えていると。

 そして、直前にも等級外パーティが向かったとの情報が伝えられていた。


「特に苦戦してるとかはないかな」


 ワーカーは蟻型が一体だ。

 体高は二メートルほどなので、ただの巨大化した虫だとしても十分な脅威だろう。

 だが、冒険者たちはそつなく戦っていた。

 ワーカーの攻撃は顎による噛みつきであり基本的には前方の敵が対象だ。

 なので大盾を持った重装甲の戦士が前面で集中的に攻撃を受け、残りが背面から攻撃するという戦法を取っていた。

 当然ワーカーも背面からの攻撃を厭い回転しようとするのだが、動きは鈍く冒険者たちの動きにはまるでついていけていない。

 甲虫のような見た目ではあるがそれほど硬くはないようで、剣や槍の攻撃は表皮を斬り裂いていた。


「表皮が黒いから年季の入ってるワーカーなんだよね? 強さとは関係ないのかな」

「脱皮してるだけで、強くなったりはしないようですね」

「複数いるとまた話は変わってきそうだけど、一体なら誰でも倒せそうだね」


 ニルマの実力を基準に考えたわけではない。

 セシリア程度でも、少し連携を訓練すれば十分に倒せる相手だろう。


「こいつが未帰還の原因てわけでもないよね」

「それで、どうします? 挨拶ぐらいはしといた方がいいのでは?」


 冒険者たちは勝利し、動きを止めたワーカーを解体していた。

 中から生体炉を取り出しているのだ。


「それもそうかな」


 ダンジョン内が無法地帯で冒険者同士での争いがありえるとはいえ、最初から敵視する必要もないだろう。

 作業が一段落したようなので、ニルマは彼らに近づいていった。


「こんにちはー」

「たまにいるのよねー。どさくさ紛れに私らに近づいてくる奴」


 静観していた側のパーティにいた女が、呆れたように言う。

 このパーティは男一人に、女三人という構成だ。

 ちなみに戦っていたパーティは全員が男だった。


「そう言うなよ。たまたまやってきただけかもしれないだろ?」

「絶対に違うわよ。どうせアレンとお近づきになりたいだけに決まってるわ!」


 アレンという男がリーダーのようだった。

 そして、三人の女はやけにべたべたとアレンにくっついている。

 どうやら一人の男に三人の女がかしづいているパーティらしい。


「それか特級パーティの戦力のお零れにでもあずかろうってことじゃない?」

「二人だけってのが怪しいわ。そうやってアレンの庇護欲を掻き立てようって魂胆なのでは?」


 女三人は敵意をむき出しにしていて、アレンとやらは苦笑いを浮かべていた。


「え? なにこれ?」

「すみません。ただ見かけたので挨拶によっただけです。近づくのが問題であればこれまでにしておこうと思いますが」


 ニルマが戸惑っていると、ザマーがアレンに話かけていた。


「いや、問題ってわけじゃないんだけど、俺たちは、彼らの教導をしていてね。そこに無関係の人たちがくると多少話がややこしい、と彼女らは心配しているんだと思う」

「見たところ、彼らは準国民で、あなた方は国民ですよね? それはありなんですか?」

「ああ。パーティ内に混在はできないし報酬を分配はできないけど、一緒にいる分には問題ないよ」


 アレンが率いるのは特級パーティ『ファイナルフォース』。教導対象は等級外パーティ『レグザス』とのことだった。

 ファイナルフォースは、レグザスに雇われて教導官を担っている。

 なので、基本的にファイナルフォースはアドバイスをするだけとのことだった。


「わかった? 私たちの報酬は高額なの。そばにいるだけでもそれをただで利用してるってことになるの」

「おーけー、わかった。あんたらには近づかない。これでいいんでしょ?」


 めんどくさいと思いつつも、ニルマは一歩下がった。

 だが、アレンはニルマに近づいてきた。


「ちょっと、アレン! どういうつもりなの!」

「そんな心の狭いことを言わなくてもいいだろ。ダンジョンでは協力が必要だと俺は思う」

「アレンの悪い癖がでたわ!」

「男なら放っておくくせに!」

「またメンバーを増やすつもりなの!」


 アレンが爽やかな笑みを浮かべながらニルマの前へとやってくる。


「どうだろう? 君、とても可愛いから、俺の五十八人目の恋人にならないか?」


 美青年の類なのだろう。

 女なら誰でも自分に靡くと、当然のように思っている様子だ。


「あー、ぶちころしたい……」

「ニルマ様!?」

「あ、ごめん。つい口に」


 マズルカ教では全ての人間が平等であり、恋愛はお互いが対等な関係でするものとされている。

 なので、いわゆるハーレムのような不平等な恋愛関係は教義からかけ離れたものであり、それを良しとしている男はニルマにすれば許しがたいものだった。


「口だけじゃなくて、手でてますよね!?」


 川掌。

 掌による打撃が、アレンの胸部に炸裂していた。


「あ、ごめん。あまりにむかついたからつい!」

「は、ははは。だ、大丈夫だよ、これぐらい……おぼぉ!」


 アレンが嘔吐しつつ、前のめりに倒れた。


「きゃあああああ! アレン!」

「しっかりして!」


 女たちはアレンにすがりつき、介抱しようとしている。

 ニルマへの報復は二の次のようだった。


「どうすんですか、この事態……」

「よかった。手加減の練習しといて」

「初対面の相手をいきなり攻撃してそれで済ませようってのか……すごいな、この人……」


 ザマーは心底呆れた様子だった。

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