第25話

 ニルマに押し出され、ザマーは溜め息をついた。

 ザマーが何もしなければ、ニルマが冒険者を皆殺しにするだろう。

 だが、ザマーはそれを極力避けたかった。

 人型汎用機械の基本システムには、人への危害に忌避感を覚える本能が設定されているのだ。

 それは、主人の強制命令や、優先順位の高い人を守るために無視される程度のものではあるのだが、現時点でそれらは発生していない。

 この状況では、ニルマから彼らを守るのが、ザマーの使命となってしまうのだ。


「えーとですね。あなた方はほぼ詰んでいます。止めるなら今ですよ。ここが生死の分水嶺ってやつです」

「はぁ? ガキが何を小賢しいことぬかしてやがるんだ?」


 どう見ても子供でしかないザマーの発言を聞き、冒険者どもは嘲笑した。


「後ろを見てください」

「あぁ?」

「あなた方が靴を奪おうとしているニルマ様がそこにいるでしょう?」

「なっ!?」


 さらに馬鹿にしようとした冒険者たちの顔色が変わった。

 扉の前にいるとばかり思っていたニルマの姿がなかったのだ。

 そして、振り向けばニルマは窓枠に腰掛けていた。


「ニルマ様の行動を解説しますとですね。あなた方が逃げられないように、まず出口を塞いだんです」


 そして、ザマーと冒険者を戦わせようとしているのだ。


「馬鹿な……さっきまでそこに……」

「一応言っておきますと、ちょっと前から後ろにいましたよ。ニルマ様にとって気配を消すも残すも自在ですから」

「そ、それがその靴の能力ってわけかよ! ますます欲しくなってきたぜ!」

「なんでそうなるんですか……」


 実力差を思いしれば降参するかとザマーは思ったのだが、そこに思い至らないぐらいに馬鹿のようだった。


「決めたぜ! やっぱり殺してから奪い取りゃいいんだ!」


 冒険者の一人が抜剣し、ニルマに横なぎの一撃を加えようとした。

 ザマーは冒険者とニルマの間に割り込んだ。

 ザマーは戦闘に関する機能を持っていない。だが、冒険者よりも早く動く程度のことは造作もなかった。

 目覚まし時計は、寝ぼけた主人の攻撃をかわす必要がある。そのため、ある程度は素早く動くことができるのだ。

 だが、早く動けるとはいってもザマーに武術の心得はない。

 攻撃を防ぐための技術など知るわけもなく、ザマーは剣の一撃を頭部で受け止めた。

 何かを考えてのことではない。ただ、剣の軌道上に割り込んだだけなのだ。


「な……」


 冒険者の顔が驚愕に歪む。

 目覚まし時計は頑丈でなければならない。壊されることなく、主人を起こす必要があるためだ。

 なので、冒険者の一撃程度では傷一つ付くはずもなかった。


「いいですか、みなさん。みなさんはまだ助かる可能性があります。ですが、ニルマ様への攻撃が成立してしまえばそれで終わりなんです。ニルマ様は必ず反撃します。そしてそうなったなら逃れる術はないんです」


 さすがにここまですれば、冒険者たちも何か異常なことが起こっているのだと理解できてきたらしい。

 その顔には焦りが見られるようになってきた。


「なんなんだよ、このガキ……」

「バケモノじゃねーか!」

「逃げろ!」


 冒険者たちは、この小部屋にあるドアに殺到した。遺跡の奥へと続く出入り口だ。

 だが、冒険者たちにそのドアを開けることはできなかった。

 ドアにはノブがなかったのだ。


「えーとですね。こちらをごらんください」


 ザマーは窓を指差す。

 そこには、ドアノブを弄んでいるニルマがいた。ドアノブをお手玉のように放り投げているのだ。


「馬鹿な! この遺跡の設備は何をやったって壊れないはずだ!」


 ドアノブは、綺麗に切断されていた。ニルマは手刀でドアノブを切り落とし、簡易的に出口を塞いだのだ。

 ニルマが窓側に移動する前に、事はなされていた。


「お願いです。二度と悪事を働かず真面目に冒険者をすると約束していただけませんか?」

「うーん、それはどうかなぁ? こいつら絶対後で同じ事すると思うんだけど」


 ニルマも悪人らしきものを片っ端から成敗しているわけではない。

 悪人を退治するのは、今後発生するであろう悪事から信徒を守るためだ。

 なので、放っておいても信徒が襲われることがない場合は殺す必要がない。

 つまり、彼らが改心するのなら、ニルマも見逃すはずなのだ


「くそっ! こうなったらこいつらをぶっ殺すしかねぇ!」


 だが、ザマーの努力も虚しく、彼らには何も伝わっている様子がなかった。


「だから、なんでそうなるんですか……」

「ほらね? こういうもんだよ。こいつらは浅はかなんだ。これまでの成功体験だけでなんとなく自分の都合のいいようにぼんやりと物事を考える。ザマーを怖れて逃げ出そうとしてたくせに、それが駄目だとなると暴れたらなんとかなりそうとか、なんの根拠もなしに考えちゃうんだよ。この手の奴らは改心なんてしないよ?」


 冒険者どもが武器を手に襲いかかってきたので、ザマーは仕方なく反撃することにした。

 攻撃をくらったところでダメージはないが、それでは何も変わらない。この状況を打開するには次の手が必要だ。


「わっ!」


 ザマーは、いきなり大声を出した。

 目覚まし時計に標準搭載されている大音量発生機能。

 攻撃でもなんでもないが、その声には衝撃波が伴っている。

 冒険者六人は、あっさりと吹き飛んだ。

 壁に激突して床に落ち、彼らは動かなくなった。


「えぇー? 人に文句言っといてそれなの?」

「大丈夫です。たかが大声ですよ?」

「そう? ザマーのそれ、音波兵器みたいなもんじゃない?」


 ザマーは倒れた冒険者に近づき、それぞれの脈を確認した。


「ほら、生きてますから! いきなり人をぶん投げるニルマ様とはさじ加減が違うんですよ!」

「で、どうすんの?」

「まあ、見ててください」


 ザマーはパチンと指を鳴らした。

 ぴくりと、冒険者たちが蠢いた。

 目覚まし時計であるザマーにとって、ただの人間を無理やり起こすのは簡単なことだった。


「な、なんだ!?」

「頭の中に何かが響いて……」

「目覚めましたね。皆さんには悪いことが出来なくなる呪いをかけました」

「何言ってやが……ぐっ!」


 文句を言おうとした冒険者たちが頭を押さえた。


「頭の中でベルが鳴っているでしょう? それは皆さんが悪いことをしようと考えると鳴り響いて、大変不快な気分にさせるものです。ですが、安心してください。しばらく安静にしていると収まりますから」

「な、何をしやがった!」

「今、ザマーが説明したじゃん……」

「悪いことを考えると、そうなると言ってるんです。なので、もうこんなことはやめてくださいね? ニルマ様もこれでいいですか?」

「うん。そういうことなら?」


 少しばかり疑問に思ったようだが、とりあえずはこれでよしとしたのだろう。

 ニルマは窓枠から飛び降りて、出口を開けた。

 冒険者たちは、慌てて遺跡の外へ飛び出していった。


「あれってどうやったの? 呪いとかじゃないよね?」

「単に、僕の副端末を彼らの耳の中に忍ばせただけですよ」

「悪いことを考えたらってそんなんわかるの?」

「わからないですよ。なので、ランダムでアラームが鳴るように設定しました。そして安静にしてもしなくても三十秒でアラームは止まります。そんなことを繰り返してたら、そのうち悪事はしなくなるんじゃないでしょうか」

「この子こわっ! 拷問じゃん、そんなの!」

「死ぬよりましでしょう? さて。先に行きましょう。まだ入り口ですよ、ここ」

「だよね」


 ニルマがドアを蹴り飛ばす。

 ドアは吹き飛んで廊下の壁にぶつかり、派手に砕け散った。


「壊れないという噂はなんだったんですかね……」


 この遺跡の調査が進まないのは、全てがあまりにも頑丈な為でもあった。

 どこかからワーカーが沸いてくるので隠し部屋などがあるのかも知れないが、壊して確認することができないのだ。


「まあ経年劣化には強いんじゃない?」


 部屋を出て廊下を進み、とりあえずの目的地である大広間へと向かう。


「先客がいるね」


 大広間では、何人かがワーカーと戦っていた。

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