第24話

 ニルマは遺跡に向かうにあたって、簡単に今の時代の地理について調べることにした。

 これまでに見聞きした情報からすると、地形はがらりと変わってしまっている。五千年前の知識は役に立たないと考えたのだ。

 冒険者センター内にある資料室で地図や地勢に関する資料を閲覧する。

 まず、一番大きな区分としては、この世界は球体状だと認識されていた。

 さすがに五千年寝ている間に平面になったりはしていないようだし、今の時代の人間も平面説を唱えたりはしていない。

 ただ、宇宙に関する概念はないようで、空に浮かぶ星々は夜空を彩る輝き程度にしか思われていない。事の吉兆を占うのに使われている程度だ。

 球体の表面はほとんどが海で、その中にロディア大陸がある。

 世界地図を見たニルマは不審に思った。

 地図には、ロディア大陸しか書かれていないのだ。どうも、この国の人間にとって世界とはロディア大陸のみを指すらしい。


「大陸って五つぐらいあったよね?」

「六つですね」


 ザマーがすかさず補足した。


「ロディア大陸……私の家は地面に埋まってたけど、位置はそんなに変わってないはずだよね。ということはここは五千年前で言うならパルティア大陸のはず……まるっきり形が変わってない?」

「いえ。全体像で比較しようとするからそう思うんですよ。パルティア大陸を半分にすれば、ロディア大陸とほぼ一致しますね」

「……半分沈んだ? いや、他の大陸も全部沈んだってこと?」


 五千年前。世界は普通の人間では生存が出来ないような環境になっていたし、山は消し飛び、大地は抉れ、小さな島の一つや二つは沈みもしていたが、それでも大陸そのものは残っていたはずだった。


「……ああ。単に存在が確認できないとのことです」


 資料を確認していたザマーが言う。

 それによれば、異世界からの侵略により世界は分断されてしまっていた。

 この国周辺はまだ侵略に抵抗出来ているようだが、世界の大部分はすでに侵略者の手に落ちているのだ。

 そのため、他の大陸と連絡が取れなくなり、渡航もできなくなってしまっている。

 そんな状態がずっと続いており、結果としてロディア大陸以外の世界はないも同然という認識となっているらしい。


「まあ、とりあえずロディア大陸しかないってことね」

「他の大陸が全て侵略者の手に落ちてるんだとしたら、もう末期ですけどね」


 そのロディア大陸には三つの国があり、その一つがアーランド王国だ。

 アーランド王国は十三の地区にわかれている。

 中心に王都のある中央区があり、その周囲の東西南北を四つの地区が取り巻いている。

 そのさらに外側に八つの地区があり、ニルマが今いるドーズ地区はその南西に位置していた。

 ドーズの街は、ドーズ地区のほぼ中央に位置していて、ニルマが寝ていた洞窟は街の北側にある。

 これから向かう予定のカナエ山は街の南側にあり、徒歩で一時間程度の距離だ。

 ドーズ地区は山が多く、調べ尽くしたつもりでもまだ洞窟や遺跡が新たに発見される。そして、そんな場所はほぼダンジョン化しはじめているのだ。


「地理はなんとなくわかったかな。じゃあ行ってみようか!」

「今からですか? もっと準備とかは?」

「日帰りの距離でしょ。どうにでもなるって」

「まあ、手ぶらパジャマで洞窟歩いてましたし、今更ですか……」


 二人は、カナエ山の遺跡へと向かうことにした。


  *****


 街の南から出ている街道沿いに歩いて一時間。

 二人はカナエ山に到着した。

 標高は五百メートルほどでそれほど高くはない山だ。

 遺跡は中腹にあるらしいので、緩やかな山道を登っていく。


「しかし、自然とかも完全復活してるよね」


 木々が乱雑に生え、虫が飛びまわり、鳥の鳴き声がどこからともなく聞こえてくるそれは、ごく普通の山の光景でしかない。

 だが、大地が腐り果て、生き物が死滅した地獄のような有様を鮮明に覚えているニルマからすると、別世界のように思えるのだ。


「そんなにひどかったんですか?」

「うん。みんな宇宙に逃げ出すしかないぐらいにね」

「そこに残って戦い続けたマズルカ神官ってなんなんですかね」


 呆れたようにザマーが言うが、地獄と化した地表で生きていられたのは神官の中でも限られた者たちだけだった。


「誰かが残って、奴らを抑えておかないと、宇宙船とか壊されちゃうしね」

「ということは、今ここにいる人たちは宇宙から戻ってきたということですか?」

「多分ね。戦いが終わったら戻ってきて、テラフォーミング技術で世界を修復する、みたいな計画だったから」

「結構壮大な話だったんですね……てっきり世界の復興を手伝うのが嫌だから居眠りを決め込んだのかと思ってましたよ」

「だって、みんながいつ戻ってくるのかわからなかったしさ。起きてたって仕方ないじゃん」

「ですが、そうすると今の文明レベルはどうしたことでしょうね?」

「うーん。文明の断絶がおこったのかなー? まあ、それは今考えても仕方ないし……と、ついたね」


 遺跡だった。

 それは角の部分だけが、地表に露出しているのだろう。

 外見からでは、百メートル四方もあるようには見えない状態だ。


「やっぱりネルズファーの神殿だね」


 近づき、壁面の汚れをはらう。

 石のような材質だがまるで磨耗していなかった。そのため、そこに刻まれている意匠がはっきりと見てとれる。


「ネルズファー……悪魔の一種だと記憶にはありますが」

「悪魔だけど一定の信仰を得て、魔神と呼ばれるようになったやつだね。とりあえず中に入ろう」


 壁面にある窓らしき穴から中に入る。

 入ってすぐは小部屋になっていた。

 調査済みの地図によれば、外周部にたくさんある部屋の一つだろう。


「特に何もないというか、何かあったとしても持ち出された後かな? じゃあ中央の大部屋に向かおうか」

「待ちな!」


 小部屋の扉を開けてさらに中に行こうとしたところで、窓から何者かが入ってきた。

 ぞろぞろとやってきたのは総勢六名。

 見るからに柄は悪いが、冒険者のようだった。


「待つけど、なんの用?」


 一応聞いてはみたが、彼らはろくなことを考えていない下卑た顔をしていた。

 ニルマは金目のものは持っていないし、準国民登録をしているので攫って売ることもできない。

 となると体目当てなのかもしれなかった。

 セシリアも似たような目にあっていたし、よってたかって一人の女を襲うのが流行っているのかもしれない。


「その靴をよこしな。そうすりゃ命だけは助けてやらんでもない」 

「あー、これ金目のものだったか。強盗ね。わかった」


 ニルマの靴はエルフから奪ったものだ。

 出すところに出せば価値があるのかもしれなかった。


「ちょっと待って下さい。なんで僕の腕を掴むんですか」


 ニルマは自然とザマーの腕を掴んでいた。


「強盗なら殺していいかなって」

「いえ。だからなんで僕の腕を掴むんですか?」

「ザマーミサイル?」

「妙な名前つけないでくれませんかね!? というかですね。聖職者としてナチュラルに殺すって選択がでてくるのはどうなんですか!」

「知らなかった? マズルカの聖女は独自の判断で悪人を成敗していいんだよ?」

「ただの私刑じゃないですか! それにこの国の法がそれを許しませんよ?」

「大丈夫だって。ここはダンジョン。国家の目が届かないんだから、マズルカの法を優先しても問題なし!」


 マズルカの法を優先すれば、国内法と衝突する場面があるのはわかっている。

 郷に入れば郷に従えということで、できるだけ国内法を守ろうとニルマは思っているが、ここがダンジョンであるなら話は別だ。


「なに、ごちゃごちゃ言ってやがんだ! 殺してから奪いとってもいいんだぞ!」

「ふむ。じゃあ、ザマーがどうにかしてよ。私のやり方に不満があるんでしょ?」

「僕がですか!」

「うん。がんばって!」


 ニルマはザマーを冒険者たちの方へと押しやった。

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