第21話
ドーズの街、冒険者センターにある異界研究所の一室。
そこに、ドーズ地区を牛耳る五名が集まっていた。
ドーズ領主、冒険者センター長、異界研究所所長、ドーズ商工会会長、イグルド教ドーズ管区大司教といった顔ぶれだ。
「これがエルフかね?」
ドーズ領主の老人が言った。
部屋の中ほどにある、無機質な寝台にそれは乗せられている。
近隣の山で発見され、中級冒険者パーティのホワイトローズによって持ち込まれた女の死体だ。
「人とは思えない程に美しいと聞いていましたが……見る影もありませんね」
そう言うのは冒険者センター長の男だ。
女の顔は苦悶に満ちていた。絶命の際、余程の苦痛に見舞われたのだろう。
「近づいてもいいのか? それが本当にエルフなら死んでいるとは限らんぞ? 赤鬼ドベルグは、エルフの頭部を破壊したらしいが、それでも死んでいなかったと聞いたぞ?」
小太りの男、ドーズ商工会の会長は怯えているようだった。
赤鬼の異名を持つ特級冒険者のドベルグ。冒険者の中では最上級の実力を誇る彼でも、エルフは殺せなかったのだ。
「ほう? その話は内密にしていたはずですが。まあいいでしょう。おっしゃる通りドベルグは、エルフを殺したそうですよ」
センター長は答えた。
エルフと戦い、生還した珍しいケースのためセンター長もよく覚えていたのだ。
「それで、どうなった?」
会長も噂程度のことを聞いただけだったのだろう。詳細は知らないようだった。
「ドベルグは得意の戦槌でエルフの頭部を粉砕したそうです。それでエルフは倒れ、ドベルグは勝利を確信した。だが、次の瞬間にはエルフの頭部は元通りになり、立ち上がっていたそうです」
「エルフは不死身なのか……ならば、エルフの死体らしきものなど危険ではないか!」
「不死の可能性はあるのかもしれませんが、ここまでぴくりともしていなければ大丈夫ではないですかね」
「それで、ドベルグはどうなったのだ?」
「褒められた、と」
「は?」
「言葉はわからなかったそうですが、そんなニュアンスを感じたと。そして、短剣を貰ったとのことです」
「なんだと? 復活したエルフを前にして、阿呆みたいにただ授けられるのを待っていたとでもいうのか?」
「復活したエルフに四肢を砕かれ、身動きはとれなかったらしいですね。エルフは短剣を置き、ドベルグに止めをささずに去ったとのことです」
エルフとの遭遇事例は多々ある。
出会ったほとんどの者は死んでいるが、どういった気まぐれなのか、エルフは冒険者を見逃すこともあったのだ。
「しかし、これは本当にエルフなのか? ただの人間の女にしか見えんぞ?」
領主が女の死体をがしげしげと観察して、首を捻る。
人の姿をした侵略者、エルフ。
冒険者達のあいだでまことしやかに噂される存在だ。
その力は強大であり、出会えばまず助からない。
その姿を見たなら一目散に逃げろと伝えられていた。
「だが、ホワイトローズがわざわざ我らを謀るとも思えません。これがエルフかどうかを判定する方法はなにかありますかね?」
「さてな。とりあえず解剖だ。これが本当にエルフなら人間とは異なる特徴がなにか出てくるんだろうぜ?」
センター長の問いに、研究所所長が答えた。
所長の顔には暗い笑みが浮かんでいる。珍しい研究対象を前にして喜びを隠しきれないという様子だった。
なにせエルフの死体が入手できたのは今回が初めてだ。試したいことが色々とあるのだろう。
「侵略者とは関係ない、ただの殺人鬼ということもあるかもしれんがな」
領主が言う。
エルフは強力な存在だと噂されているが、その実体は謎に包まれていた。
それほど強い者がいるのならダンジョン攻略などできないはずだが、エルフがいたとされるダンジョンもコアの破壊自体はその後行われているのだ。
つまり、エルフはコアを守っているわけではない。侵略者と関係があるのかもわからなかった。
「しかしだ。エルフに個体差があるのかもしれんが、特級冒険者のドベルグに倒せなかったエルフを、中級のホワイトローズが倒せたというのはどういうことなんだね?」
「協力者がいたと聞いていますね」
商工会長の疑問にセンター長が答える。
「……そいつがやったのではないか?」
「言われてみれば」
「そこをもうちょっと突っ込んで聞きたまえよ、君ぃ!」
「私が聞き取りを行ったわけではありませんしね」
「あー、それについてはこっちでも少し調べた」
研究所所長が口を挟んだ。
研究所では日々、ダンジョンでの戦いに役立てるための研究を行っている。
エルフを倒す手段があるのなら興味を持つのは当然だろう。
「ホワイトローズと一緒に戦ったのは、聖女を名乗るニルマという女だ」
「ニルマ……そのような聖女のことを聞いたことはありませんが?」
イグルド教ドーズ管区大司教が口を開いた。
「ああ、マズルカ教の聖女って言ってるな。他所の聖女も全部覚えてるのか、あんた?」
「マズルカ? さすがにそこまで泡沫な団体の聖人までは網羅しておりませんね」
「で、そいつはダンジョンの中にある家で五千年ばかり寝ていたと言ってるらしい」
「そいつはふざけてるのか? 五千年も生きていられるわけがなかろうが!」
商工会長が憤慨した。
確かに戯言にしか聞こえないだろう。
「そうでもないだろう。五千年生きてるという点では他に実例がある。あんたのところの枢機卿にいたよな?」
「ええ。ミクルマ様ですね」
「他にも転生を繰り返して記憶を継続してる奴もいる。それもある意味五千年生きているな」
「わかった! 五千年という部分に文句は言わぬわ! それで、そいつはどうやってエルフを倒したのだ?」
「さてな。詳しい話は直接聞いてみるしかないだろう。幸い、そいつは準国民に登録していて所在もわかっている。呼べばくるだろうさ」
「とにかく。現時点では、何もわかってはいないのだな?」
領主がまとめるように言った。
「だな。今回は、エルフらしき者の死体を入手できた。ということに留まる。それを共有したかっただけだ。あとで横槍を入れられると面倒だからな。解剖と調査はうちで進める。それでいいな?」
異論は出なかった。
そもそも研究所以外で調べたところでたいしたことはわからないだろう。
彼らは、それほど深く考えてはいなかった。
ホワイトローズがエルフの死体を持ち込んだの金のためだし、研究所が死体を調べるのは侵略者に対抗するための手がかりになるかと思ったからだ。
だが、彼らは気付いていなかった。
確かにそれは完膚なきまでに死んでいたが、少しも腐敗の兆候を示してはいないことを。
その血肉が持つ魔力は失われておらず、常に周囲にまき散らしていることを。
それが一体何をもたらすのか。
この時点の彼らには、知る由もなかったのだ。
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