第20話
ニルマは、一人で債権者に話を付けに行き、ザマーは教会で待機することになった。
一人で行かせるのは不安に思う面もあるが、子供を連れて行くのは変だと言われると従うしかなかったのだ。
――ニルマ様も、そこまで大人って雰囲気でもないですけどね。
教会の掃除をしながら、ザマーはふとそんなことを思った。
ニルマの肉体年齢は、十七歳程度だろう。修業の果てに最適化された肉体は、そのあたりの年齢で留まるようになったのだ。
「いや、最適化って……それ人間なんですかね……」
自分で考えたことに疑問を感じながら、ザマーは台所に向かった。
何もせずに待機を続けるのはザマーの得意技だが、教会の仕事をしているセシリアをぼんやりと見ているだけではあまりに薄情だ。
なので、ザマーはセシリアをの手伝いをしていた。
「え? 掃除はもう終わったんですか?」
「はい。他にもお手伝いすることはありますか?」
「いえ。夕食の仕込みは終わりました。後はお鍋でぐつぐつと煮込むだけです。少し休憩しましょうか」
二人はリビングに移動した。
セシリアが二人分のお茶を用意したので、それぞれがテーブルについた。
ちなみに神官長のローザは体調がすぐれないということで、寝室で休んでいる。ガルフォードの治療で負担がかかったのかもしれなかった。
「ザマーさんは、まだ小さいのに手際がよくて凄いですね」
「僕はこんな姿なだけで、子供ではありませんけどね」
「そうなんですか?」
「セシリアさんには理解しがたいかもしれませんけど、僕は目覚まし時計なんですよ」
「……?」
セシリアは長考した上で首をかしげた。
理解しようと頑張りはしたが、無理だったようだ。
「簡単にいってしまえば動く人形なんです。人間じゃないんですよ」
「え? どう見ても人間じゃないですか? ご飯を食べたりもしてましたよね?」
「人間を模倣していますので、人間のできることをほとんど行うことができます。けれどやはり人間とは異なるんですよ」
「魔法で動く人形などもあるとは聞きますが……では目覚まし時計というのは?」
「目覚まし時計としての役割を任せられた人形ですね。今の時代の人にはわかりにくいかもしれませんが」
「ご主人様を朝起こすのが専門の召し使いというようなことですか?」
「だいたいそのような理解でいいかと」
「なんといいますか……贅沢な話ですね」
「ですね。人型機械があまりに安価に作れるようになったのと、専門化と細分化が進みすぎて、こんなことになっちゃったわけですよ」
だが、ザマーはただの目覚まし時計ではない。
ニルマの使用に耐えるためにかなりのコストをかけてカスタマイズされているのだが、ザマーはその点は割愛した。話が複雑になるのを避けたのだ。
「ただいまー」
話をしていると、ニルマが帰ってきた。
「どうなりました?」
ニルマがテーブルについたところで、ザマーは聞いた。
「借金については解決したよ」
「まさか、皆殺しにしたんじゃ?」
「するわけないでしょ。お話してきたんだよ。延滞時の応相談について話をして、元金だけでいいことにしてもらった」
「どんな、相談をしたんだ……」
どうにでも解釈できる部分に相手はつけ込んできていたはずだが、そこを強引にまとめてきたようだった。
「その、元金だけでいいのはありがたいのですが、まだお金が……」
「で、そこは第二十四王子様が快く寄進してくださるということになりました!」
「恐喝!?」
「なんでそうなるのよ」
「聖女に伝わる謎の洗脳技術とかがあったりするんですか?」
「しつこいな-。こっちから強要はしてないって。帰ってきたらガルフォードがまだ聖堂にいてさ。世間話してたら、そんなことになったわけ」
「その、本当によろしいのでしょうか?」
セシリアが聞いた。
受け取れないとは言わないあたり、借金については本当に頭を悩ませていたのだろう。
「教会の運営資金をずっと出せって言ってるわけでもないし、借金分と壁修理代ぐらいはもらってもいいんじゃない?」
「どさくさ紛れに、ニルマ様個人の弁償を含めてるのはなんなんですかね?」
当然、冒険者センターの壁を壊した責任はニルマにあり、相応の修理代金を請求されていた。
「ガルフォードがぶつかって壊れたんだから、半分以上はガルフォードの責任なんじゃないの?」
「本気でそう思ってるらしいのが、恐ろしい……」
「いやー、問題が解決すると気分がいいね!」
「本当に……本当にありがとうございます……もう、駄目なんだと……どうしようもないんだとばかり……」
感極まったのか、セシリアは泣いていた。
「これでも聖女だからね。教会への尽力は惜しまないよ。あ、そーいやさ。二層で気になったことがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「二層の真ん中に、三層があるでしょ? 随分と狭いし、見張りもいたりしたけど、何があるの?」
「ああ、あそこにはダンジョンの入り口があるんですよ」
「それって、やばくない?」
「侵略者の行動は機械的なんですよ。ワーカーが一定数にならないとソルジャーは現れませんし、ソルジャーも一定数が環境適応しない限り侵略を開始しないんです。なのでワーカーを間引き続けて数を管理出来ていれば問題ないということです」
「なんのために? ポータルは見つけ次第、破壊するもんなんでしょ?」
「ワーカーの生体炉を継続的に得るためですね。他には訓練に使ったりとか」
「うーん。そーゆーの、そのうち破綻するパターンだよ?」
万全のセキュリティを誇る研究室から危険生物は脱走するものだし、絶対安全を謳うエネルギー炉は暴走するものだ。
ニルマはそんなケースの数々を目の当たりにしてきた。
「危険性があるのはおっしゃる通りなんですが、ワーカーから得られる資源が、社会の維持に必要ですので……」
生体炉から得られる電力や建材として利用できる分泌物は、街の様々な場所で活用されているとのことだった。
「敵がやってくることが前提のリソースってどうなのかなー……」
ニルマは首を傾げた。
だが、セシリアに文句を言っても仕方がないので、ひとまずはそういうものだと納得することにした。
「ま、それはいいとして。借金問題は片付いたから、私らは国民になるためにポイント集めをしなきゃね」
「僕もですか? 僕はこのままでも別にいいんじゃ」
もともとがニルマ専用の目覚まし時計という立場だ。
国民になったところで意味があるとも思えなかった。
「国民になっといたら、何をするにしてもやりやすいでしょ? 一人で好きに生きていくとしてもさ」
「まさか、僕を置いてどこかにいくつもりなんですか?」
「洞窟の中に置いていくのはどうかと思ったから街まで連れてきたけどさ。私に付き合う必要はないよ?」
「それは……」
ザマーはニルマと離れることになるなど考えてもみなかった。
生まれてすぐにニルマに納品され、それから五千年もの間、見守りつづけてきたのだ。
これからもそういうものだとばかり思っていた。
「僕はいらないということですか!」
思ったよりも強い口調になっていて、ザマー自身が驚いた。
「いや、捨てるとかってことじゃなくてさ。ザマーも自由に、好きにしていいんだよ。ってことなんだけど」
「だったらそばにいますよ。こんな世界に放り出されてどうしろって言うんですか。だいたい今朝も僕がニルマ様を起こしましたよね? 僕がいなくて一人で起きられるんですか?」
「そうかなー? 朝一人で起きるぐらい余裕じゃない?」
「いえ、私が起こそうとしても全然駄目でしたけど……」
セシリアが申し訳なさそうに言った。
「そうなの? じゃあこれからもお願いするけど」
「ええ、そうしてください」
ザマーは仕方がないという表情を作りつつ言ったが、うまくできている自信はなかった。
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