第7話
ホワイトローズに勝ち目はなかったが、彼らは逃げ出すことも、全滅することもできなかった。
逃げれば攻撃され、治される。
戦っても、何も通用せず、全力を使い果たしたところで回復させられる。
そんなことが延々と続けられているのだ。
「もっと私を楽しませろ」
ぽつりとニルマがつぶやいた。
「エルフの言葉がわかるんですか?」
セシリアが聞いた。
「なんとなくそう思っただけ」
「適当ですね……」
ザマーはそう言うが、エルフの行動から考えるとそう外れてもいないはずだとニルマは思っていた。
「そういや、ザマーって多言語対応だったよね?」
ザマーはニルマ専用にカスタマイズされた目覚まし時計だが、ベースとなったモデルが存在する。
あえて機能を削除していないのなら、ベースモデルの機能は全てザマーにも搭載されているはずだった。
「ですけど、未知の言語ではどうしようもないですね」
「で、どうする? ここはセシリアに従うけど」
飛び出すのは簡単だ。
だが、この時代の常識を知らないニルマには、それがもたらす影響がわからない。
何が適切な行動なのか判断できないのだ。
「できれば、助けてあげたいです。けれど、ここで全滅してしまってはエルフの脅威を伝えることができませんし……」
「じゃあ助けよう。ザマーはセシリアの盾になっててね」
「目覚まし時計ってそういう使い方するものじゃありませんけどね」
そう言いつつも、ザマーはセシリアの前に立った。
ニルマは、ポータルのある広場に入っていった。
エルフがにやりと笑う。その表情に驚きはない。ニルマたちがいることにはとっくに気づいていたのだろう。
「助け、いる?」
ホワイトローズのもとへ行き、一応聞いてみた。余計なお世話かもしれないからだ。
「助けて……って、なんなのあなた! パジャマでこんなとこまで来くるなんて! ふざけてるの!?」
レオノーラが振り向く。
その顔は、希望に変わることなく一瞬で落胆へと変わった。
「格好はほっといてよ。それより助けがいるの?」
「パジャマの女一人で、エルフがどうにかなるわけないでしょ!」
「できるできないは置いといて、助けはいるの? いらないの?」
「……いる……助けて……」
ニルマにどうにかできるとは思っていないのだろう。だが、藁にもすがるとはこういうことなのかもしれなかった。
エルフは、このやりとりを楽しそうに見ていた。
内容を理解していないようだが、突然の珍客に興味津々の様子だ。
「でもさ。私も無関係の人を無償で助けるわけにはいかないんだよね」
「この状況でお金!? いいわ! 生きて帰れたならいくらでもあげるわよ!」
「いやー、一応聖職者としては、金を取って助けるってのは外聞が悪いし」
「聖職者……あなたが?」
「あんたらの宗派は?」
「イグルド教よ。皆もそう」
「じゃあ、マズルカに改宗して。それで助けてあげる」
聖女なら衆生の全てに救いの手を差し伸べろと思うものもいるかもしれない。
だが、全てを救うなら宗教団体などいらないだろう。
マズルカ教が存在するのはマズルカを信じる信徒を守るためであり、ニルマが優先して救うのはマズルカ教徒なのだ。
「わ、わかった! なんでもいい! とにかく助けて!」
さすがにエルフも少し退屈そうにしはじめた。
それを察したレオノーラは慌てて首を縦に振った。
「おーけー! じゃ、入り口あたりに仲間がいるからそこで待ってて」
ニルマが、エルフとレオノーラの間に割って入る。
レオノーラたちは慌てて逃げ出した。
エルフはレオノーラたちを見逃した。
興味はすでに、ニルマに移っているようだ。
「こんにちは。全員見逃してくれるならこのまま帰るけど?」
「なかさわかなたなあたさやあ」
逃がさない。戦えと言っているようだった。
言葉はわからないが、表情や身振りはこの世界の人間と変わりないようだ。
「適当に食い散らかしつつも、骨の髄まで楽しもうって感じだよね」
「さあまたたたまたたたあさはまさやあ」
「じゃあ、やりますか」
エルフに動きはない。
まずは攻撃してみろとでも言いたげだ。格の違いを見せつけて、絶望させたいのだろう。
先ほどのホワイトローズとの戦いもそうだった。
実力差はわかりきっているのに、いつまでもいたぶり弄んでいた。嗜虐的な性格をしているのだ。
――なるほど。小石をぶつけた程度じゃ、平気そうだ。
エルフの周囲には幾重にも防御結界が存在していた。
ひとつひとつは大したことのないものだが、何万と重ねればそれは難攻不落の要塞と化す。
しかも少々破ろうと、それは次々と修復していくのだ。
「まあ関係ないけど」
躱すつもりがないなら、気にせず打つだけだ。
ニルマは踏み込んだ。
同時に腰を落とし、半身になり、拳を突き出す。
沈墜勁と十字勁がのったそれは、すべての防壁を打ち抜き、エルフの肉体へ到達した。
ニルマの拳がエルフの腹にめり込む。
発生した衝撃を全てエルフの内に留め、ニルマは飛び退いた。
「げぼお」
エルフは血の塊を吐いた。
目から、耳から、鼻から。逆流してきた大量の血液が、溢れ出る。
血まみれになり、エルフは倒れた。
ニルマがこれまでに散々見てきた光景だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます