第6話
「エルフ? あれもソルジャー?」
「はい……とても、強いと。出会ったら一目散に逃げろと言われています。ですが、こんな進行度のダンジョンに出てくる相手ではないはずなんですが……」
見た目は人間と変わりないので、彼女が敵対する侵略者だとすぐにわかるはずもない。
だが、このような存在をエルフと呼ぶならその判定は簡単だ。
彼女は美しすぎた。
人とは思えないほどに美しかったのだ。
「どうする?」
「よ、様子を見ましょう。ホワイトローズは中級パーティですがレオノーラさんの個人ランクは上級でもおかしくないと言われています。エルフをどうにかできるかも……」
「中級って、さっきザマーに殺されたのもそうだよね?」
「いともあっさりと、僕のせいにされている……!?」
ザマーは愕然とした顔になっていた。
*****
「よくも! シントラ! トーマスにポーションを!」
仲間に指示を出しつつ、レオノーラは炎弾を放った。
無詠唱による矢継ぎ早での連射だ。
面で制圧するようにエルフの周囲へと放ち続けた。
エルフはそれを、棒立ちのまま食らい続けた。
エルフの周囲で爆発が連続する。
だが、爆炎はエルフへと届いてはいなかった。
炎弾は当たる直前に爆発し、その影響は見えない壁に阻まれているのだ。
「魔法障壁……こんな規模のものがありえるなんて……」
レオノーラは一瞬にして実力差を悟った。
隠そうともせず展開されるその障壁は、優に万を超える数が重ねられていた。
そして、レオノーラの炎弾は最外層にある障壁一枚すら破ることができていないのだ。
「待たせたな! 行くぜ!」
ポーションで止血したトーマスが突撃する。
武器を持てないので体当たりをするしかないが、結果は同じだった。
エルフの周囲にある何かを破ることはできず、攻撃が届かないのだ。
「そのまま続けて! 特大のやつをお見舞いしてあげるわ!」
シントラも弓により加勢するが、矢による攻撃もさほどの意味はない。
だが、レオノーラは、攻撃をし続けていれば反撃はないと踏んでいた。これほどの防壁を保ちながら攻撃はできないと判断したのだ。
レオノーラは集中力を高め、呪文を唱える。
それは、近接戦闘では使い物にならないほどに時間と魔力を要する魔法だ。
本来、人間サイズの相手を対象とするような規模ではない、対軍、対城塞の魔法。レオノーラは、エルフを仕留めるにはこの規模の魔法がいると考えたのだ。
――馬鹿にして……!
エルフはトーマスたちの攻撃を食らい続けても微動だにしていなかった。
そして、呪文を唱え続けるレオノーラを興味深そうに見つめているのだ。
「トーマス! どいて!」
トーマスが大げさに飛び退く。退避できたかを確認もせずにレオノーラは魔法を発動した。
対象範囲を精密に制御し、本来なら広範囲を焼き尽くす魔法をごく最小限の範囲に止め、その熱量を一点に集中させる。
魔力が根こそぎ奪われていく中、レオノーラは気を失うことなく最後まで魔法発動を完遂した。
「……ど、どう!? もう一滴たりとも魔力を絞り出せないってぐらいに全てを……」
エルフが轟炎に包まれる。
それは洞窟の岩盤を溶かすほどのものだった。
そんな炎の中で生きていられる生物などいるはずもなく、たとえ障壁があろうとその障壁ごと焼き尽くせるとレオノーラは確信していた。
だが。
「……そんな……」
エルフは無傷だった。
全力を尽くしてもなお、数万ある防壁の一枚目を破ることすらできなかったのだ。
「なあさたあからからさわあわたかかたたかたら」
エルフが奇妙な、それでいて美しい声を発した。
終わりだとレオノーラは思った。
これほどの力を持つエルフが攻撃に転じれば、レオノーラたちに為す術などあるはずもない。
一瞬で、細切れにされ、消し炭にされることだろう。
だが、次に起こったことは、レオノーラにとって予想外のものだった。
レオノーラたちの体が光に包まれたのだ。それは優しく暖かい、慈愛に満ちた輝きだった。
「これは……回復魔法!?」
身の内に力があふれてくる。
気付けば失われた魔力はすっかりと元に戻っていた。
レオノーラは仲間たちを見た。
彼らも気力、体力ともに回復しているようだった。
トーマスの、切断されていた腕まで綺麗に治っている。
つまり、全員が完全回復してしまったのだ。
エルフは、優雅で見蕩れてしまいそうな微笑みを見せた。
「助けてくれたのか……?」
トーマスがつぶやく
「ばか! これはそんなんじゃないわ!」
だが、レオノーラはエルフの意図を悟っていた。
エルフが手招きする。それは、かかってこいと言わんばかりの身振りだった。
「こんなのやってられるかよ!」
シントラが背を向けて、逃げ出した。
しかし、その逃走も長くは続かない。
すぐに転けてしまったのだ。
「ぎゃあああああああ!」
倒れたシントラが叫びのたうつ。
シントラの両脚は、膝のあたりで綺麗に断たれていた。
レオノーラには、その攻撃が何なのかすらわからなかった。
つまり、躱しようもないということであり、エルフはいつでも好きなときに、彼らを皆殺しにできるのだ。
「なからなはたまたさや」
エルフが歌うようにそう言うと、切り落とされたシントラの足が、ずるずると動きはじめた。それは切り口へと近づいてき、ぴたりと接合する。
シントラの足は、すぐさま元通りになっていた。
「ちくしょー! いっそ殺せ!」
「たたまたたわたさわたなさまさら」
エルフが、何かを言うがやはり意味のない歌のようなものとしか聞こえなかった。
だが、エルフが何を言いたいのかは、その行動から簡単ににわかる。
逃げずに、絶望的な戦いを続けろと言っているのだ。
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