二人の記念日。
さとぱん
【一話完結】二人の記念日。
11月22日はいい夫婦の日。二人が出会って1年目の日。二人にとって特別な日。
僕は今日少し高めのレストランを予約した。一年目の記念日を祝うには少々やりすぎかと思ったが普段かっこいいところを見せられていない分こんな時くらい頑張らないと、とそう思ったのだ。
東京駅に6時30分。遅れないように家を一時間前に出た。前日、車で迎えに行くと言うと彼女は「たまには電車で出掛けたい」というので僕は仕方なく電車を利用した。電車は種類が多すぎてまるで迷路のようだ。余裕をもって家を出たはずが結局待ち合わせの5分前になってしまった。
銀の鈴の前に彼女は立っていた。僕に気づくと彼女は顔を明るくして手を振っている。
「電車は二度と使いたくない」
「なんで?たまにはいいじゃんw」
「待ち合わせに遅れるところだった」
「あたし基本待てるタイプだよ?」
「僕は待たせたくないタイプなの」
そんな他愛もない会話をしながら僕らは東京の人混みをスルスルと抜けていった。
「今日は何の日か知ってる?」
「知らない」
「嘘つき」
「本当だよ」
「じゃああたしもあなたもこんなおめかしして来ないもん」
「分かってるなら恥ずかしいから聞かないでくれよ」
「今日は二人の愛の記念日w」
「よくもそんなことを恥ずかしげもなく言えるね」
「だってうれしくて」
はたから見たらイチャイチャしてるに過ぎないがこんな会話が僕は好きだった。そして時間を忘れさせてくれた。
駅から数分のところにレストランはあった。あまり身構えないようにそんなに雰囲気のある所にしたつもりはないが、店構えは高級感をまとっていた。
「やっぱりその辺の居酒屋にしない?」
「へぇw男のくせにびびってんだw」
「冗談だよ」
店に入るとウェイトレスがやってきた。名前を告げると店の中心あたりの席をすすめられた。
「君は緊張しないの?」
「あたしは他の男と何回も来てるから」
「そんなこと冗談でも言うもんじゃない」
「あたしにそんな器用なことできると思う?」
店内に流れるシューマンの「トロイメライ」が僕の緊張を少しづつ解いてくれた。
「君と出会えてホントよかったよ」
「何よ急にw」
「ほんとに幸せだ」
「やめてよ恥ずかしい///」
「もう君しかあいせn…」
「やめてw」
「さっきのお返しだ」
色とりどりのきれいな料理を食べながら僕らの会話は弾んでいった。
「もう一度料理名を言ってみろって言われても無理な気がする」
「漢字とカタカナ合体させた料理名はあたしたちには馴染みないもんねw」
「店にはすまないけどこのお酒も正直味がいいのかもわからない」
「舌がおこちゃまだねw」
「君もたいがいでしょ」
料理も残すところわずかになったころ、ウェイトレスがやってきて窓際が空いたからそこに移らないかと言ってくれた。そこからの眺めがこの店の売りでもあるらしい。気づけば店の中もちらほらとしか人がいなくなっていた。
「確かにここは特等席かもしれないね」
「記念日にはぴったり」
オレンジを基調とした照明の店内で彼女の頬が少し赤くなっているのに気が付いた。
「今日は満足してくれた?」
「うん、見直した。連れてきてくれてありがとね。」
「ひとこと余計だよ。」
「どこのカップルよりもあたしたちが一年目の記念日を記念日してる」
「ちょっとなに言ってるかわからない」
彼女が景色を見ながら赤い頬で言った。
「あたしもあなたに会えてホントよかったよ、ってこと」
僕にはそれがお酒の力か、はたまた違うのか分からなかった。しかしどちらにせよ僕は満足していた。
「今日その言葉が聞けただけでも来た甲斐があったよ。」
「次に言うときは十年後かな」
「毎日でもいいくらいだけど」
「特別感がないじゃない」
「ねぇ、今度から特別な日はここに来るのはどうかな?」
「特等席を予約してね」
11月22日はいい夫婦の日。君が旅立って1年目の日。誰かにとって特別な日。
今日は俺にとって特別な日だ。大学時代に付き合い始めた一つ下の彼女とは5年になる。仕事の都合で遠距離になってしまったとき結婚を考え始めた。今日はそんな彼女にプロポーズをしようと有休を使い東京まで足を運んだ。
集合は東京駅に7時きっかり。だけど電車が遅れて30分も遅刻してしまった。
重い荷物キャリーを引っ張って急いでいくと彼女はきょろきょろと辺りを探していた。
「ごめん!電車が遅れて…」
「いいよ、そんなことだと思った。」
「…じゃあ行こうか?」
「うん」
お互い久しぶりなこともあり何を話すか探りあっていた。
「久しぶりに顔見れてよかった」
「うん…」
どうしても会話が続かない。口数の少ないまま店についた。
「着いた、ここだ。」
「えっ、大丈夫?こんな高そうなところ」
「大丈夫だよ」
店内に入ると白髪の品のよさそうなウェイトレスが席へ案内してくれた。
店の中心の席をすすめられ言われるがままおすすめのコース料理を頼んだ。
窓際の席の男が一人で二つのワイングラスにワインを注いでいた。
緊張でどうでもいいところにばかり目がいってしまう。
「久しぶりに会ったのに俺たち他人みたいだw」
「ごめんね、ちょっと緊張してる。」
向かいの席の男がこちらをちらりと見た、気がした。
「ごめんね、無理に会いたいなんて言って」
「気にすんなよ、遠距離だから仕方ないだろ」
「うん…」
緊張でまともに彼女の目が見れない。視線はまた男のほうにいってしまう。料理を食べ終え夜景を見てながらワインを飲んでいる。時折下を向いて小さな写真をのぞいている。
ふと顔が上がったと思ったら今度はこっちを見てにこりと微笑みパチリとウィンクした。
そして白髪のウェイトレスを呼び会計を済ませ出て行った。
「僕らが一緒にいて何年になるかな?」
一言だけ写真の中の彼女にそうつぶやいた。
出会って一年目の11月22日、僕があの提案をしてから変わらず記念日は
このレストランで祝う。それは変わらない。
僕らを案内してくれたウェイトレスが今でも働いている。これも変わらない。
このレストランの味はいつ来てもおいしい、これも変わらない。
変わったことといえば君が隣にいないこと。
君はサプライズかそれとも僕へのあてつけかわからないが11月22日の夜に亡くなった。
僕は今日を君の「命日」ではなく「記念日」として祝うつもりだ。
君が旅立って一年目の記念日。 僕が一人になって一年目の記念日。
「僕らの記念日に」
そう言って僕は用意してもらった二つのワイングラスにワインを注ぎ、誰も座っていない向かいのグラスにチンッと軽くあてた。
僕から向かって正面の席から男女の会話が聞こえてくる。
「ごめんね、無理に会いたいなんて言って」
「気にすんなよ、遠距離だから仕方ないだろ」
「うん…」
とても楽しそうな会話とは思えない。
せっかくこんなおいしい料理やワインにそんな会話は似合わない。
ふと景色を見るとそこには東京の夜景が広がっていた。
写真の妻が満面の笑みでこちらを見ていた。妻がふとしゃべった気がした。
「あなた、あたしたちの席は特等席だけど一人で座るには寂しいわね」
僕もそれに答えてるようにしてにっこりと笑った。
「あぁその通りだね、そろそろ若い世代に譲ろうか」
向かいの若い男がこっちを見ている。私はパチリとウィンクをしてその場を後にした。
ウェイトレスに「そこの二人をこの席に」とだけ残して。
fin,
二人の記念日。 さとぱん @satopan
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