スケッチ190218 降り間違えた駅
終電がある、と言い残し、私は現場を後にした。
実際それは嘘でもなんでもなく、終電はある。
終電までは30分ほど猶予があったが、私は普段から道に迷いやすいし、このあとの現場もご一緒したら間違いなく終電がなくなることは明らかだったので、マイクブームを手放して後ろ髪をひかれつつ泣く泣くいななき駅へと向かった。
野田駅からJR大阪へ、そして阪急梅田から、宝塚線急行で豊中駅へ。
それが私のいつものコースで、阪急梅田からは高校のときの通学路と変わらず、もはや意識せずとも右手は定期券をスロットインし足は2駅後の豊中駅で立ち上がり電車を出る。
しかし私はやはり道に迷いやすく、自分が乗った電車が普通列車だということにも気づかず、しかもなぜか2駅後ではなく3駅後に席を立った。
いやに手を刺す冷気が鋭く、電車を振り返ると「普通」の文字。
駅名は「三国」だった。
最近の私の流行りは「アパート/マンションの階段」で、それらの階段があればそれを鑑賞しているだけで時間が潰せるんだけれども、三国駅ホームの横っツラには壁があり、ほとんど外の景色は見えない。それでなくとも24:00の冷気は、手袋のない私の素手には優しくなくて、私は大人しくベンチに座った。
Amazonプライムで映画を見て時間を潰すという選択肢もあったけれども、今ダウンロードしている映画はどれもこれも30日レンタルしているものばかりで、今見始めてしまうと48時間以内に全部見終えてしまわないとならない。
最近はそんな精神的余裕もなく、せっかくレンタルした映画をふいにするのも嫌だったので、私は「何もしない」ということを選択した。
ホー厶をゆっくりと見渡してみると、私と同じタイミングで降りた人々はみんな既に階段を降りたのか、ほとんど誰も人はいないようだった。
向こうの方に喫煙所か待機所のようなガラス張りの小部屋があり、その中には誰もいないけれど、その小部屋の向こう側には誰かがいた。
ガラスはあまり綺麗ではないのか、その誰かの像はうすぼんやりと歪んで見える。
黒い服を着ているらしいこと、右側のレールの方を向いているらしいことはわかるが、それ以外は何もわからなかった。右側のレール。私の帰り路線と同じ側だ。彼女も(性別は判断できなかったはずだけれどなぜか私は女性だと無意識に思っていた。なぜだろう)、私と同じように降り間違えて電車を待っているんだろうか。少しの間見ていると、彼女は小さく身じろぎした。
24:16。電車がやってきた。
30分ほども待ったかのように思えた。
私は彼女の方に目をやることなく、電車に乗り込んだ。三国駅の冷気が扉によって断たれ、電車は走り出した。
とんぼ詩集 とんぼ玉骨太郎 @Taron-Bone
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