第24話「閃治郎、祝祭ノ檜舞台デ英雄ト再会ス」

 篝火かがりびに無数の影を誘われながらの、妖艶ようえんとさえ思える踊りだった。

 そして、巫女みこたちが舞台のそでへとはけてゆく。

 走り去るリシアが、一度だけ意味深に振り返るのが閃治郎センジロウには見えた。

 彼女のうるんだ瞳には、ゆらゆらと揺れる周囲の光が写り込んでいる。

 だが、そのままリシアは幕の奥へと消えた。

 気付けば、隣の真琴マコトが腕にしがみつく力を強める。

 そんな時、舞台へ降りてきた足利アシカガが声を張り上げた。


「祭の夜へようこそ! 民草たみぐさを楽しませることもまた、将軍家の務め……しからば、強き勇者たちよ! 互いの武を競い、力と技とを知らしめよ! 天覧武芸祭てんらんぶげいさい、開幕を宣言するっ!」


 そこには、普段の飄々ひょうひょうとしてゆるい雰囲気の男はいなかった。

 もろ肌を脱いだ足利の肉体は、見事な筋肉に覆われている。決して巨漢でもなく、むしろ細身なのだが……無駄な肉が全くついていない。

 彼はそのまま、日の丸がついたおうぎを手に、舞台の奥へと呼びかける。


「それでは、第一試合! ナイトの座に呼ばれし勇者、桜蘭ロウラン殿!」


 群衆の中から、どよめきがあがる。

 そう、この王都ヴォーダンハイムにおいて、最も古参にして最精鋭……それは、ほまれいさおしに満ちた気高い騎士たちだ。

 中でも桜蘭は、シャルルマーニュに仕える最強の女騎士である。

 その姿が、舞台の右手側から現れる。

 今日は鎧も一段とピカピカで、たなびくマントは鮮やかな朱色だ。


「シャルルマーニュ殿下の第一の騎士、桜蘭! してまいるっ!」


 桜蘭は腰のさやから、宝剣デュランダルを引き抜く。

 多くの聖遺物せいいぶつつかに納めた、まごうことなき聖剣だ。

 京のみやこ不逞浪士ふていろうし魑魅魍魎ちみもうりょうと戦うのが、閃治郎たち新選組零番隊しんせんぐみゼロばんたいの任務だった。そして、異国の外国人とも少なからず戦ったことがある。銃は勿論もちろん、サーベルやレイピアといった刀剣は、日本の刀とはまるで違った。

 なにより、両刃りょうば大剣たいけんはそれ自体が鈍器どんきのようだったのをよく覚えている。

 だが、デュランダルの刃が持つ輝きは、閃治郎の中の西洋刀剣を忘れさせる。


「なんたる鋭さ……あれほどまでに研ぎ澄まされた剣が、西洋にもあろうとは」

「えっと、確かデュランダルっていうのは、騎士ローランの……桜蘭の愛刀だよ。最後の戦いにおいて、敵に渡るのを恐れるあまり、彼は……あ、彼女か。彼女は、岩に叩きつけて折ろうとしたんだ」


 だが、デュランダルは聖なる加護に守られた無敵の剣だ。

 真琴の話では、逆に目の前の岩を真っ二つに割ってしまったという。他にも、はるかな太古、神代かみよの時代にトロイア戦争というのがあって、その時の英雄が使っていたデゥリンダナを継承したものだとする逸話もあるらしい。

 こういう話をする時の真琴は、知的な輝きを灯した瞳が美しい。

 思わず魅入みいっていると、再び足利の声が響く。


「対するは……アーチャーの座より、那須与一ナスノヨイチ殿! ……って、マジ? あれー、彼も来てたんだ。いやあ、びっくりだなあ。いるなら、サムライの座に来てくれればいいのに」


 閃治郎も驚くが、どうやら足利は事前に組み合わせ表を見ていなかったようだ。

 そして、その名に戦慄する。

 那須与一とは、源平合戦に登場する弓の名手である。屋島やしま合戦かっせんにおいて、船で沖に逃げた平家方の『この扇を射てみよ』という挑発に対して、毅然きぜんと立ち向かった若武者だ。

 本来ならば、彼もまたサムライのはずだが……なにか事情があるのだろうか。

 隣の真琴も知らなかったようで、驚きに目を白黒させている。

 だが、舞台には与一は現れなかった。


「妙だな……サムライたる者、勝負の時間に遅れるとは、宮本武蔵ミヤモトムサシでもあるまいし」

「だよね。なんだろう……セン、なんだか胸騒ぎが」


 再度足利が呼ぶが、与一は出てはこなかった。

 周囲の観衆もざわめきを広げてゆく。

 だが、次の瞬間……悲鳴と共になにかが降ってきた。

 びしゃりと濡れた音と共に、舞台の中央に真っ赤な鮮血が広がる。その中央に、大弓を持った若武者が大の字に倒れていた。

 なにかを言いかけて、彼は苦しげに血を吐き出す。

 そして、哄笑こうしょうが夜空に広がった。


「ハハハッ! 駄目じゃないですか……与一、私が教えた通りにしなければ。戦の作法さほうおきてなんて、守るに値しないんですよ? 


 ひづめの音が落ちてくる。

 夜空の星々を踏みしめるようにして、駿馬しゅんめのいななきが近付いてきた。

 そして、舞台の上に巨大な軍馬に乗った少年が現れた。

 閃治郎がその顔を忘れることはない……だれであろう、源義経ミナモトノヨシツネだ。

 義経は、将門マサカドから奪ったソウルアーツ『日ノ本ひのもと一のつわもの』を使いこなしている。

 ソウルアーツの力で出現した軍馬は、場所を問わず風のように疾駆する……遮る全てを鎧袖一触がいしゅういっしょくほふりながら。

 巨大な馬の前足が、倒れた与一を踏み付ける。


「あっ、あれは! 義経殿っ!」

「まって、セン! 見て、あそこ! あれ、ビリーさんだよね!」


 真琴に言われてすぐに気付いた。

 あっという間に、義経を無数のやじりと銃口が取り囲んだ。

 この祭は、それ自体が罠……多くのエインヘリアルを戦わせることで、闘争に飢えた義経をおびき出したのである。

 周囲をぐるりと、アーチャーやガンナーの勇者たちが取り囲む。

 だが、義経は能面のうめんのような笑顔を絶やさなかった。


「おやおや、これは……ふふ、私も人気者ですね。では、こうしましょう」


 一声いなないて、巨大な軍馬が薄れて消える。

 舞台の上に降り立った義経は、血塗ちまみれの与一の髪をつかんだ。

 そしてそのまま、片手で吊し上げてしまう。

 小さく華奢きゃしゃな身体を裏切る、驚くべき膂力りょりょくだった。


「撃てば、与一にも当たりますよ? わかりますね? まあ……平家の人間なので、死んでもらっても全然構わないのですけど!」


 与一を義経は、容赦なく人間の盾にした。

 舞台に叩き落とされた時からすでに、彼は瀕死だ……与一にもう、自分で抵抗する力は残っていない。

 だが、生きている。

 座は違えど、共に神々の黄昏ラグナロクを戦い抜くべく集められたエインヘリアルだ。なにより、あまりにも卑怯な義経の振る舞いに、たまらず閃治郎は叫んだ。


「卑怯な! 義経殿、それが英雄として名高い源九郎義経ミナモトノクロウヨシツネいくさか!」

「おや? 君はこの間の……ああ、うん。卑怯かもね。でもねえ……。世の中、しきたりだなんだを守るのは馬鹿のすることでね」

「なんと! 義経殿、貴殿には誇りや挟持きょうじはないのか! サムライとしての魂は!」

「ああ、ないよ? ふふ……勝てばいいのさ。知ってるかい? 未来の日ノ本じゃ、こういうのをね……『』って言うんだ」


 ――勝てば官軍、負ければ賊軍ぞくぐん

 そう言われて、閃治郎は頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。

 耳を疑った……だが、実際に閃治郎は官軍と戦った。最後も、鬼の副長こと土方歳三ヒジカタトシゾウを援護すべく、官軍の真っ只中へ揺動のために斬り込んだ。

 それが、賊軍……負けたから、賊軍だと義経は言うのだ。


「私にそう教えてくれたのは、確か……そう、確か、山本五十六ヤマモトイソロクとかいう老人だったな」


 すぐに真琴のささやきが教えてくれる。

 山本五十六とは、閃治郎たちよりずっとあと、昭和と呼ばれた時代の海軍提督ていとくだそうだ。つまり、閃治郎たちよりは未来の人間で、真琴には過去の歴史上の人物である。

 その五十六を、義経は殺したと言った。

 なんの感慨かんがいもなく、さして気に留めた様子もない言葉だった。


「ソウルアーツを持ってなかったからね、すぐに殺したよ。さて……戦をしましょうか。これだけの観衆が集まってるんだ、楽しませないとね。それに……私は私だけを守ればいいけど、お前たちはどうかなあ?」


 咄嗟とっさに閃治郎は、真琴に叫びつつ舞台へ駆け上がった。


「真琴殿! 民を避難させてくれ! 僕は義経殿を!」

「わ、わかったっ! 気をつけてね、セン!」


 すぐに他の座のエインヘリアルたちも、集まった大勢の民を逃し始めた。

 だが、混乱が悲鳴を連鎖させる中へと、容赦なく義経は与一を放り投げる。もはや死体にも等しい与一だったが、力づくで放り投げられ地面に鋭角的に刺さって、そして動かなくなった。

 その無残な死が、民を恐慌状態へと陥れた。


「ひっ、ひいいいい! 殺されちまう!」

「もしや、これが予言にあった神々の黄昏では!? なんてこったあ!」

「あの若者はエインヘリアルではないのか? 何故なぜ、こんなことを」

「どけぇ! 逃げ遅れると殺されるぞ! どけってんだよお!」


 あっという間に、パニックが広まる。他の者たちと協力し合って、真琴が必死に声を張り上げていた。だが、大勢の過密さが、冷静さを奪い、与一の死でそれは恐怖に置き換えられてしまった。

 腰の剣を左手で掴んで、閃治郎は義経に相克そうこくする。


「あれまあ、与一……相変わらず弱い奴ですね。死んだみたいです」

「何故だっ! どうして同じ源氏の武者を、くつわを並べた仲間を!」

「ああでも、与一は兄が全員平家方へいけがたにつきましたので。そのことで以前、私は言ったんですよ。お前は弓が達者なだけで、さむらいの風上にもおけない裏切り者だと」

「まさか……それで与一殿は、我らサムライとは合流せずに?」

「さあ? そんなつまらないことより、やりましょうか……命を削り合う、血のたぎるような闘いを!」


 だが、その時だった。

 不意に誰もが弓を引き、構えた銃を納めた。

 そして、いつになく厳しい声音を響かせた、足利がやってくる。


「センちゃん、ここは私が。さて、源九郎義経! 私、ソウルアーツを持ってるよん? だから……命が惜しくなくば、かかってこい! 我こそは征夷大将軍せいいたいしょうぐん開祖足利尊氏かいそアシカガタカウジの血に連なる者なり!」


 恐るべき覇気が場に満ちて、閃治郎は肌が泡立った。普段からは想像もできない闘志が、足利の身からほとばしっている。助太刀すけだちにとデュランダルを構える桜蘭ですら、気圧けおされたその場から動けずにいた。

 そして……閃治郎の前には、巨大な影が舞い降りる。

 突然の再会は、最も不幸な形で実現することになったのだった。

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