第23話「閃治郎、祭ノ夜ニ少女ト歩ク」
広場の方から、夜風に乗って音楽と歌が流れてくる。
このヴァルハランドに招かれた英雄たち、エインヘリアルによる武術大会。
大いに歌って騒ぎ、食べて飲んで、勇者と勇者の真剣勝負に酔いしれる。
忙しく
「これ、セン! 小僧、ワシじゃ! ……なんじゃ、随分と気張っておるのう?」
聞き慣れた声は、
はたと気付いて、閃治郎は焼きそばを作る手を止める。
眼の前に今、
絶世の美女としか形容できぬ美貌が、目の前でにんまりと笑っている。
「あっ、ああ……将門殿。あ、そうだ、将門殿も焼きそばを、いや、おでんを!」
「いらん! というか、セン……お
よく見れば将門は、
どれくらいの時間、こうして屋台の仕事に手を動かしていたのだろう。
絶え間なく客が押し寄せる、祭はまさに宴も酣、
だが、将門は面白くなさそうに言葉を続ける。
「ワシはなあ、セン……お祭りは大好きじゃ! それを、この程度の怪我で」
「でっ、でもですね、将門殿。あまりにも酷い傷、今は一刻も早く」
「じゃかしい! ま、まあ、気持ちは嬉しいがの。じゃが、祭というからには寝てもいられまいて。見よっ!」
将門は荷物の紙袋から、食材を取り出した。
小麦粉と、肉、そして野菜や海産物が並ぶ。
「セン、場所を代われぃ! ワシが焼こう……フッフッフ、祭と聞いてから考えておったわ! 売るぞ、ワシは……ワシが考案した、将門焼きを!」
「まっ、
「うむっ! まずは小麦を水に
「えっ……それは確か、こう……どこかで見たことがあるような」
「これぞ将門焼きっ! このヴァルハランドで、ソースなるものを得た
それは、お好み焼きとかいう庶民の料理では?
そう思ったが、閃治郎は黙っていた。
さあさあ、と将門は浴衣姿にたすきをかけて、閃治郎を屋台から追い出す。確かに、
上機嫌の将門は、早速将門焼きなるものを作り始めた。
「えっと、じゃあ、リシア殿。ここは将門殿に任せて……リシア殿?」
「なんじゃ、センは聞いておらんおか? リシアは広場でこれから、他の
「あれっ、そういえば……いつからいなかったんだ? そうか、僕は夢中で」
「ふむ、結構な売り上げではないか、セン! でかした! うむ、でかしておる!」
売上の入ったザルの中を見やって、将門はにんまりと笑った。
まるで子供、それも無邪気な
「そ、そういえば……」
「既に広場の方に向かったであろう。ほれ、セン! お主も行かぬか」
「いや、でも」
「いいから、そこでモジモジしとる小娘を連れてゆけい。まったく、見てられぬわい!」
将門は、まるで普段の猛将ぶりが嘘のように器用に料理を焼いてゆく。将門焼きなるものの香ばしさが、再び往来から客を呼び込み始めた。
そして、閃治郎は見る。
そこには、この国の晴れ着を身に
「あ、セン……そ、その、変じゃない、かな? ちょっと、恥ずかしいっていうか」
「真琴殿……綺麗、だ」
「や、やだっ、もぉ! からかうの、ナーシッ! めっ! だからね?」
「いや、本当に! その、驚いた……見違えてしまった」
そこには、先程のリシア同様にめかしこんだ真琴が立っていた。普段のセーラー服に
あまりにも際どく、裸も同然の姿だった。
そして、全裸である以上に美しく、閃治郎の視線を釘付けにする。
将門は集まり始めた客の相手をしながら、少しいやらしい笑みを浮かべていた。
「ニッシッシ! セン、いいから真琴を連れて少し祭を楽しめい!」
「もっ、もお! まーくんっ! ……セン、迷惑、だよね?」
「い、いや……そんなことは! しかし、驚いた」
屋台から追い出される形で、閃治郎は真琴の手を取った。
柔らかく小さい手は、熱く震えていた。
だが、静かに引けば、握り返してくる。
人々でごった返す祭の夜に、閃治郎は真琴と共に歩き出す。
「す、凄い人混みだね、セン」
「ああ……っと、真琴殿! もっとこっちへ」
「う、うん……じゃあ、こ、こう、しても……いい?」
おずおずと真琴は、閃治郎に腕に腕を絡めてきた。
柔らかな胸の膨らみが、二の腕に当たる感触が熱い。
自然と互いに身を寄せるようにして、行き交う民の中に
共に違う時代、異なる世界からこのヴァルハランドにやってきた。
だが、今は同じこの場所に暮らす仲間……同じサムライである。
そんなことを考えていると、クスリと真琴が笑った。
「ふふ、おかしいの……セン、緊張してるの?」
「
「へー、うぶなんだ? トシさん……
「そうだ。新選組の鬼の副長、僕にとって一番尊敬できる
「……そっか」
そぞろに広場へと歩く中で、珍しく真琴は話してくれた。
閃治郎たちが生きた幕末から、150年以上も未来……
侍が戦う時代は終わり、
誰もが明日は戦場で死ぬかも知れない……それを愚行と
真琴は、戦争を知らず、経験もせずに育った少女なのだった。
「前にも言ったよね……戦争。わたしたちには、わたしたちにだけは、戦争があった」
「そ、それは」
「……受験戦争。みんなね、勉強するんだ。でも、わたしは失敗しちゃった。わたしの生きる平成って時代はね、セン……学問の優劣が、将来に大きく関わってくるの」
「なんと! しかし、受験戦争とは」
「わたしね……受験に失敗しちゃって。それで、信じられなくて……合格発表の時、自分の番号がなくて。そのままぼんやり家に帰ろうとしてたら、車に
そして、真琴は死にゆく中で出会った……ヴァルキリーのエルグリーズに。彼女は真琴を、戦死した勇者として認めてくれた。
そう、真琴は戦ったのだ……寝る間も惜しんで、勉強に取り組んだ。
必死で受験という魔物と戦い抜いたのだ。
「でも、おかしいんだ。わたし、受験に失敗してなにが残るんだろうって、あの時は思ってた。でも、今は……センたちと一緒に暮らしてると、残ったものが沢山あるって思える」
「真琴殿……僕は、君が同じサムライでよかったと思っている」
「もぉ、なーに? それ、どういう意味かな?」
「立派だと思ったのだ。剣よりも銃という時代が来て、それでもやはり銃よりも学問と思える僕がいる。その学問を文字通り真剣に、真琴殿は突き詰めたのだ」
花火が上がって、ドン! ドドン! と夜空が震える。
周囲から歓声があがり、次第にその声が広場へと向けられていった。
そして、広場には
よく見れば、櫓の上で女たちに囲まれ
「足利殿! なにを呑気に」
「あっ、見てセン! 巫女の舞いが始まるみたい」
群衆の視線を集めるステージの中央に、美女たちが並んでいた。その何割かはエルフで、閃治郎と同じ人間もいる。酷く小柄な女の子は、確かホビットとかいう種族だ。
間違いない、このヴァルハランドに招かれたエインヘリアルの守護者……それぞれの職業の座を守る巫女たちだ。
音楽が始まって、巫女たちは広がり舞いを踊り始めた。
熱情を
熱狂と興奮の視線を集めて受け止め、巫女たちは肌も
「あっ、セン……リシアが」
「あ、ああ」
巫女たちの中に、リシアがいた。先程のあの、
揺らめく
思わず閃治郎も、異国の舞いに
リシアはまるで、ここに閃治郎がいるのを知っているかのように踊る。その
だが、突然の轟音……けたたましく
その音で閃治郎は、我に返った。
「……始まるか、天覧武芸祭。最初の組み合わせは」
周囲からの
そうして巫女たちが下がると……エインヘリアル同士の戦いが始まろうとしていた。
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