第22話「閃治郎、料理ニ悪戦苦闘ス」
同時に、
「センッ、ちょっとそっち持って! 広げるよっ!」
「……
「ん? なに? 忙しいんだから、手を動かすっ!」
大通りには今、無数のテーブルが並べられている。市民総出で、祭の準備だ。広場には
閃治郎も今、真琴と一緒にテーブルクロスを広げていた。
これが終わったら、屋台で店を出す準備をしなければいけない。
足利は、この王都で巨大な祝祭を
夜を徹して騒ぎ、歌と踊りで飲み明かす……それだけではない。
「しかし、武術大会とは……まさしく、義経殿をおびき出す絶好の好機」
そう、武術大会……その名も、
あらゆる
閃治郎にも、妙な確信がある。
武を競って力と技を見せつければ、義経は必ずやってくる。
「よしっ、こっちはだいたいいいかな……セン、次だよ、次っ!」
「わ、わかった。……真琴殿、楽しそうだな」
「えっ? だって、お祭りするんでしょ? そりゃ、当然だよー! 江戸っ子だし!」
「江戸……その、東京とかいう名前になった」
「そ、東京都民だよ、わたし。ささ、こっちこっち!」
真琴に手を
閃治郎にとっては、言葉にできぬ驚きだ。
女子がこうも簡単に、男子の手に触れてくるなど……それも、うら若き乙女がである。しかし、互いに裸を見てしまった仲でもあるし、真琴の時代ではこうしたふれあいも珍しくないらしい。
やがて、目の前に閃治郎たちの屋台が見えてきた。
「マコト様、言われた通りに用意しておきましたが」
「お疲れ様、リシアッ! すっごい、綺麗! お祭りの服だねー! うんうん、いいじゃん? あとやっぱ、お祭りには焼きそばだよねっ! あと、おでんでしょ、わたあめでしょ、それから」
「おでん……ああ、こちらのポトフのことですねぇ。それと、マコト様」
「ん? どしたの、リシア」
料理がずらりと並んで、
中には、砂糖を詰めてガラゴロと回っている、不思議なカラクリもある。先程真琴が口にした、わたあめとかいう
リシアは今日は、長い金髪を頭の上で丸く結っていた。普段の
閃治郎の視線が
だが、そんな彼女が真琴になにかを渡す。
「マコト様も、これを……お祭りは、着飾って過ごすのがならわしですからぁ」
「ほへっ? わたしの? ……これを、着るの? わたしが?」
「サイズ、合ってると思いますぅ。その、わたしのお
真琴は渡された服を広げて、「げっ!」と顔を赤くした。
女の子がしてはいけない表情を、閃治郎は見てしまう。
それは、リシアが身につけているのと同様に、酷く
「こっ、ここ、これを着るの!? わたしが!?」
「とっても似合うと思うんですぅ……そ、それに、えっとぉ」
もじもじと指を指で弄びつつ、リシアが小声で呟く。長い耳が真っ赤になっていて、パタパタと羽根のように動いていた。
閃治郎はよく聴き取れなかったが、真琴まで頬を朱に染める。
「その……お祭りって、王都でもどこの村でも……おっ、おお、想いを、伝えるチャンス、なんですよ?」
「……ちょっと待って、リシア。えっと」
「私、わかるんです……マコト様も、きっと、私と同じ……だから、きっ、きき、着てくださいっ!」
閃治郎は首を
そして、
妙な居心地の悪さを感じて、閃治郎は二人の空気から逃げた。
「ふむ! とりあえず……出店をやるのはいい案だな。僕も手伝おう! さあ、なにをやればいい? えっと、まずは
「あ、ちょっと待って! センッ、勝手にいじらないで!」
「センジロウ様、その機械は――」
わたあめとかいう菓子の製造機が、ブゥン! と回り始めた。
そして、まるで雲のように砂糖が周囲に舞い散る。
往来を行き来していた民も、突然の騒ぎにざわざわと集まり出した。
だが、閃治郎は慌てて機械を止めようとする。
しかし、なにをどうすればいいかわからず、一層強い勢いで砂糖の糸が広がっていった。
……大惨事である。
「す、すまない! ええと、どうやって止めれば」
「リシア、これも精霊さんで動いてるんだよね。止めたげて!」
「は、はいぃ! あっ、ちょ、ちょっと、鍋が」
バタバタと屋台の中で、三人はもつれ合いながら大騒ぎだ。
それでもどうにか、ガタゴトと揺れる機械が停止する。真琴が落ちそうになった鍋を元に戻しつつ……気付けば閃治郎と密着していて、あたふたと離れた。
リシアはリシアで、オロオロしてしまって見ていて気の毒になる。
だが、それらは全て閃治郎が招いた不手際の結果なのだった。
「すまない、その、わたあめというのが」
「ん、いーよ! 待ってて、ほら……こうして棒でね」
まだ、空中をふわふわと白い
真琴は用意してあった
あっという間に、彼女の手にはふわふわとした
「そうか、わたあめ……本当に綿のような飴なのだな!」
「えっと……そこのボク、これあげるね! ほらっ、センもやって」
「わ、わかった! 任せてくれ!」
見物人の子供たちに、真琴はわたあめを配り始めた。
閃治郎も見よう見まねでやってみるが、これが意外と難しい。
そうこうしている間に、見守る者たちの何人かが客として並び出した。真琴はあらかた全てのわたあめを拾い終えると、それを無料で配ってしまった。
その上で、おでんをリシアに任せつつ鉄板に火を入れる。
気付けば天は、地平線を残照で染めながら星空に変わっていた。
「へえ、珍しい料理だね。一つくれるかい?」
「俺はこっちのポトフをもらおう!」
「おねーちゃん、おれもフワフワのしろいの、ほしー!」
あっという間に
忙しく働き出した真琴とリシアを手伝おうと、閃治郎も
「……僕は、役に立たないな……それもそうか」
今の今まで、剣以外のことを学んでこなかった。
ただただ人を斬り、魔を
改めて自分が、剣術以外に能のない人間だと思い知らされた。
だが、そんな彼の背中をバシバシと真琴は叩いてくる。
「セン、気にしなくていいから。とにかく、やれることやってみて。失敗したって、死ぬわけじゃないんだしさ!」
「真琴殿……」
「……ちょ、ちょっと、もぉ……そういう、子犬みたいな目で見詰めないでよ」
「す、すまない! よし、とりあえず、この焼きそばとかいうのを僕が盛り付けよう」
「ん、お願いね。じゃあ、リシア……ちょっとゴメン、これ……着替えてこようかな」
先程のドレスを手に、真琴は二、三のアドバイスを残して行ってしまった。
リシアは閃治郎をフォローしてくれるし、彼女にとっても珍しいであろう料理をどんどん売ってゆく。普段、
そういうところに頼り切ってる自分が、酷く生活力のない人間に思えた。
「すまない、リシア殿。僕は……こういう時はまるで駄目だ」
「い、いえっ! そんなことないですぅ! そんなこと、ないです、から」
「だが、やってみよう。なんでも手伝えることがあったら教えてくれ。僕は……本当に、剣を振るう以外、なにもできない男らしいからな」
ひらひらとドレスを夜風に遊ばせながら、リシアはてきぱきと働く。その
リシアはぎこちない手付きで、懸命に鉄板の上にそばを踊らせる。
「センジロウ様はサムライ、来たる
「しかし、それはいけない。僕だってできることはあるだろうし」
「いいんです! 私が、そうしたいんですから」
こうして、祭の夜が始まった。
あちこちで
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