第22話「閃治郎、料理ニ悪戦苦闘ス」

 室町幕府むろまちばくふ征夷大将軍せいいたいしょうぐん足利アシカガ……正確には、十五人存在した将軍の一人だ。その足利が、義経ヨシツネを討伐すべく用いた策は、驚くべきものだった。

 閃治郎センジロウには、全く理解がおよばない。

 同時に、仰天ぎょうてんの作戦にはただただ舌を巻くばかりだ。

 とりででの戦いから明けて、翌日。

 王都おうとヴォーダンハイムは今、


「センッ、ちょっとそっち持って! 広げるよっ!」

「……真琴マコト殿」

「ん? なに? 忙しいんだから、手を動かすっ!」


 大通りには今、無数のテーブルが並べられている。市民総出で、祭の準備だ。広場にはやぐらが立てられ、次々と楽器が持ち込まれている。

 閃治郎も今、真琴と一緒にテーブルクロスを広げていた。

 これが終わったら、屋台で店を出す準備をしなければいけない。

 足利は、この王都で巨大な祝祭をもよおすことにしたのだ。

 夜を徹して騒ぎ、歌と踊りで飲み明かす……それだけではない。


「しかし、武術大会とは……まさしく、義経殿をおびき出す絶好の好機」


 そう、武術大会……その名も、天覧武芸祭てんらんぶげいさい

 あらゆるのエインヘリアルが、互いに本気で武勇を競うというものである。

 勇者庁ゆうしゃちょうから優勝者に報奨金が出るらしく、あっという間に街中に話が広まった。そして、その裏では誰もが牙を隠してて爪をぐ。戦いを目的とするならば、その場を用意することで義経をおびき出す算段ができあがっていたのだ。

 閃治郎にも、妙な確信がある。

 武を競って力と技を見せつければ、義経は必ずやってくる。

 灯火ともしびに吸い寄せられる羽虫はむしのように。


「よしっ、こっちはだいたいいいかな……セン、次だよ、次っ!」

「わ、わかった。……真琴殿、楽しそうだな」

「えっ? だって、お祭りするんでしょ? そりゃ、当然だよー! 江戸っ子だし!」

「江戸……その、東京とかいう名前になった」

「そ、東京都民だよ、わたし。ささ、こっちこっち!」


 真琴に手をつかまれ、グイグイと引っ張られる。

 閃治郎にとっては、言葉にできぬ驚きだ。

 女子がこうも簡単に、男子の手に触れてくるなど……それも、うら若き乙女がである。しかし、互いに裸を見てしまった仲でもあるし、真琴の時代ではこうしたふれあいも珍しくないらしい。

 やがて、目の前に閃治郎たちの屋台が見えてきた。


「マコト様、言われた通りに用意しておきましたが」

「お疲れ様、リシアッ! すっごい、綺麗! お祭りの服だねー! うんうん、いいじゃん? あとやっぱ、お祭りには焼きそばだよねっ! あと、おでんでしょ、わたあめでしょ、それから」

「おでん……ああ、こちらのポトフのことですねぇ。それと、マコト様」

「ん? どしたの、リシア」


 料理がずらりと並んで、すでに開店準備は完了しているようだ。

 中には、砂糖を詰めてガラゴロと回っている、不思議なカラクリもある。先程真琴が口にした、わたあめとかいう菓子かしを作る機械らしい。

 リシアは今日は、長い金髪を頭の上で丸く結っていた。普段の羽衣はごろものような薄布も刺激的だが、また一段と露出の激しいドレスを着ている。背中など丸出しで、見ていてとても落ち着かない。

 閃治郎の視線が無遠慮ぶえんりょだったのか、リシアはほおを赤らめうつむいてしまった。

 だが、そんな彼女が真琴になにかを渡す。


「マコト様も、これを……お祭りは、着飾って過ごすのがならわしですからぁ」

「ほへっ? わたしの? ……これを、着るの? わたしが?」

「サイズ、合ってると思いますぅ。その、わたしのおふるを仕立て直したんですが」


 真琴は渡された服を広げて、「げっ!」と顔を赤くした。

 女の子がしてはいけない表情を、閃治郎は見てしまう。

 それは、リシアが身につけているのと同様に、酷く布面積ぬのめんせきの少ないドレスだ。それも、ところどころ水晶のように不思議な素材で透けている。夕闇迫る中で、斜陽しゃようの光を浴びてキラキラと七色に輝いていた。


「こっ、ここ、これを着るの!? わたしが!?」

「とっても似合うと思うんですぅ……そ、それに、えっとぉ」


 もじもじと指を指で弄びつつ、リシアが小声で呟く。長い耳が真っ赤になっていて、パタパタと羽根のように動いていた。

 閃治郎はよく聴き取れなかったが、真琴まで頬を朱に染める。


「その……お祭りって、王都でもどこの村でも……おっ、おお、想いを、伝えるチャンス、なんですよ?」

「……ちょっと待って、リシア。えっと」

「私、わかるんです……マコト様も、きっと、私と同じ……だから、きっ、きき、着てくださいっ!」


 閃治郎は首をかしげるばかりだ。

 そして、何故なぜか真琴がうるんだ目でにらんでくる。

 せぬ、わからぬ、皆目見当かいもくけんとうもつかない。

 妙な居心地の悪さを感じて、閃治郎は二人の空気から逃げた。


「ふむ! とりあえず……出店をやるのはいい案だな。僕も手伝おう! さあ、なにをやればいい? えっと、まずはなべを……ん、火が入ってないぞ? それと、これは」

「あ、ちょっと待って! センッ、勝手にいじらないで!」

「センジロウ様、その機械は――」


 わたあめとかいう菓子の製造機が、ブゥン! と回り始めた。

 そして、まるで雲のように砂糖が周囲に舞い散る。

 往来を行き来していた民も、突然の騒ぎにざわざわと集まり出した。

 だが、閃治郎は慌てて機械を止めようとする。

 しかし、なにをどうすればいいかわからず、一層強い勢いで砂糖の糸が広がっていった。

 ……大惨事である。


「す、すまない! ええと、どうやって止めれば」

「リシア、これも精霊さんで動いてるんだよね。止めたげて!」

「は、はいぃ! あっ、ちょ、ちょっと、鍋が」


 バタバタと屋台の中で、三人はもつれ合いながら大騒ぎだ。

 それでもどうにか、ガタゴトと揺れる機械が停止する。真琴が落ちそうになった鍋を元に戻しつつ……気付けば閃治郎と密着していて、あたふたと離れた。

 リシアはリシアで、オロオロしてしまって見ていて気の毒になる。

 だが、それらは全て閃治郎が招いた不手際の結果なのだった。


「すまない、その、わたあめというのが」

「ん、いーよ! 待ってて、ほら……こうして棒でね」


 まだ、空中をふわふわと白い飴細工あめざいくが舞っている。

 真琴は用意してあったばしをパチン! と割ると、その片方を空へと突き上げた。器用に手首を回して、次々とたなびく飴を拾ってゆく。

 あっという間に、彼女の手にはふわふわとした綿わたのようなかたまりができた。


「そうか、わたあめ……本当に綿のような飴なのだな!」

「えっと……そこのボク、これあげるね! ほらっ、センもやって」

「わ、わかった! 任せてくれ!」


 見物人の子供たちに、真琴はわたあめを配り始めた。

 閃治郎も見よう見まねでやってみるが、これが意外と難しい。

 そうこうしている間に、見守る者たちの何人かが客として並び出した。真琴はあらかた全てのわたあめを拾い終えると、それを無料で配ってしまった。

 その上で、おでんをリシアに任せつつ鉄板に火を入れる。

 気付けば天は、地平線を残照で染めながら星空に変わっていた。


「へえ、珍しい料理だね。一つくれるかい?」

「俺はこっちのポトフをもらおう!」

「おねーちゃん、おれもフワフワのしろいの、ほしー!」


 あっという間に大盛況だいせいきょうになった。

 忙しく働き出した真琴とリシアを手伝おうと、閃治郎も羽織はおりそでをまくる。だが、狭い屋台の中でなんだか酷く動きにくい。しかも、おでんをうつわに盛ろうとして失敗し、焼きそば見ててと言われてもなにもできない。

 勿論もちろん、わたあめの機械には怖くて近寄れない。


「……僕は、役に立たないな……それもそうか」


 今の今まで、剣以外のことを学んでこなかった。

 ただただ人を斬り、魔をち邪悪をほろぼしてきたのだ。不逞浪士ふていろうしやもののけのたぐいは、京の都では排除すべき敵でしかなかった。

 改めて自分が、剣術以外に能のない人間だと思い知らされた。

 だが、そんな彼の背中をバシバシと真琴は叩いてくる。


「セン、気にしなくていいから。とにかく、やれることやってみて。失敗したって、死ぬわけじゃないんだしさ!」

「真琴殿……」

「……ちょ、ちょっと、もぉ……そういう、子犬みたいな目で見詰めないでよ」

「す、すまない! よし、とりあえず、この焼きそばとかいうのを僕が盛り付けよう」

「ん、お願いね。じゃあ、リシア……ちょっとゴメン、これ……着替えてこようかな」


 先程のドレスを手に、真琴は二、三のアドバイスを残して行ってしまった。

 リシアは閃治郎をフォローしてくれるし、彼女にとっても珍しいであろう料理をどんどん売ってゆく。普段、巫女みことして振る舞っている彼女の、意外な一面を見た気分だ。そういえば本拠地でも、彼女は掃除や洗濯、料理も真琴と分担してやってくれる。

 そういうところに頼り切ってる自分が、酷く生活力のない人間に思えた。


「すまない、リシア殿。僕は……こういう時はまるで駄目だ」

「い、いえっ! そんなことないですぅ! そんなこと、ないです、から」

「だが、やってみよう。なんでも手伝えることがあったら教えてくれ。僕は……本当に、剣を振るう以外、なにもできない男らしいからな」


 ひらひらとドレスを夜風に遊ばせながら、リシアはてきぱきと働く。そのひたいに玉の汗が浮かんで、彼女の美貌が一層輝いているような気がした。

 リシアはぎこちない手付きで、懸命に鉄板の上にそばを踊らせる。

 細切ほそぎり、いわゆるめんなのだが、閃治郎の知る蕎麦そばとは少し違うようだ。


「センジロウ様はサムライ、来たる神々の黄昏ラグナロクに備える戦士なのですから……そして私は、それをお支えする巫女。雑事は私がやるのが道理です! ……ずっと、そうでも、いいと思ってます」

「しかし、それはいけない。僕だってできることはあるだろうし」

「いいんです! 私が、そうしたいんですから」


 こうして、祭の夜が始まった。

 あちこちで篝火かがりびが灯され、街を熱狂が包んでゆく。その渦中かちゅうで閃治郎は、不思議とリシアを以前よりも近く感じた。気付けばいつも、見守り支えてくる健気なハイエルフの少女……彼女の可憐な姿に改めて気付かされ、思わず頬が火照ほてるのだった。

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