第21話「閃治郎、仇討チヲ決意ス」

 本拠地に戻った閃治郎センジロウたちを、重苦しい空気が包んでいた。

 先程、将門は自室へ連れて行かれ、今はリシアの魔法による治療が続いている。食堂を兼ねた広間には今、閃治郎とビリーがまんじりともせず向かい合っていた。

 結論からいうと、とりでに立てもったモンスターの掃討は成功した。

 だが、首謀者である義経ヨシツネには逃げられてしまったのだ。


「ヘイ、サムライボーイ。そのヨシツネとかってのは」

「僕たちの祖国、日ノ本ひのもとでは伝説的なサムライだ。その名を知らぬ者などいない」

「ヒューッ、たいした大物じゃねえか。……なんでそんな英雄様が、モンスターなんかを操ってる? マサカドの大将みたいに、国盗りとやらがしたいのか?」


 義経の真意はわからない。

 だが、彼は言ったのだ……いくさがしたいと。平家を滅ぼしたいと。義経の中ではまだ、あの大戦おおいくさは終わっていないのだ。


「義経殿は源平合戦において、数々の武功をあげ……最後は、兄である頼朝ヨリトモ殿の裏切りでお尋ね者となり、誅殺ちゅうさつされてしまった」

「よくある話さ、ボーイ。なんつったかな……ほら、東洋に猟犬がどうこうって諺があるだろう」

狡兎死こうとしして良狗烹りょうくにらる、か」


 先日、その話を酒場でしたばかりである。

 義経の忠臣、武蔵坊弁慶ムサシボウベンケイと会った日である。彼は今、どこでなにをしているのか……無事に義経には出会えたのだろうか? だとしたら、狂奔きょうほんに取りかれた主君を見て、なにを想ったのだろう。

 ただ、はっきりしていることがある。

 再び義経と戦うならば……弁慶とは敵味方になるということだ。


「弁慶殿が上手くいさめてくれればいいのだが」

「サムライってのは、あれだろ? 王様のためなら腹も切るような人間だ。忠義っていうのか? ……ちょいと難しいんじゃないか」

「忠臣なればこそ、時には命をとして主君を正さねばならない。だが……」


 それっきり、二人の間で会話が尽きてしまった。

 明るい材料など何一つなく、今回の事件はヴァルハランドに招かれたエインヘリアルたちには衝撃だった。今も、勇者庁ゆうしゃちょうではヴァルキリーたちが対策に追われている。

 今、王都おうとヴォータンハイムを未知の脅威が取り巻いているのだ。

 謎の力を使う義経は、戦いを、ただ戦を求めている。

 それは手段ではなく、目的そのものなのだと彼は明言したのだ。

 そんな時、不意に明るい声が響き渡った。


「はいっ、セン! ビリーも! お茶だよっ。あと、軽くごはんも作ってみた。腹が減っては戦はできぬ、だぞっ!」


 真琴マコトがお茶と軽食を持ってやってきた。

 テーブルの上に、サンドイッチや果物が並ぶ。

 笑顔の真琴はこんな時でも、普段以上に気丈きじょうに振る舞っていた。こんな時だからこそだと、閃治郎も彼女の空元気からげんきを察する。

 ビリーも肩をすくめると、いつもの軽薄な笑みを取り戻した。


「いただくぜ、サムライガール。こんなとこでうだうだしてても、なにも解決しないからな。そうだろ? サムライボーイ」

「ああ。腹ごしらえをしつつ、リシア殿の魔法を信じよう。今はただ、祈るのみ……僕がついていながら、情けない」

「いやあ、マサカドの大将は化物ばけものだな。あれだけメッタ斬りにされて、生きてるなんてよ」

流石さすが坂東武者ばんどうむしゃということだろう。義経殿とてそうであろうに、何故なぜ


 将門は平家の武士ながら、義経が戦っていた平家とは別なのだ。

 温かな茶を飲めば、自然と香気こうきに気分が安らぐ。張り詰めていた緊張感が、徐々に解きほぐされていった。

 ただ待つだけの時間も、仲間の存在がありがたい。


「そういや、ボーイ。あのとっぽい兄ちゃんはどうした? ほら、もう一人いただろ?」

足利アシカガ殿か? 今、勇者庁に出向いてもらっている。リシア殿が動けないからな」

「なるほど。……あとな、オイラは気になってるんだが」


 そう言って一度言葉を切り、ビリーはカップの茶を飲み干す。

 そうして真琴からおかわりを受け取りつつ、彼は重々しく口を開いた。


「その、マサカドの大将は……ソウルアーツを盗まれちまったのか?」

「ああ、確かに見た。義経殿は、将門殿のソウルアーツを……『日ノ本一ひともといちつわもの』を、完全に自分のものにしていた」

「それで、壁を穴をあけて、砦の外壁を真っ逆さまに駆けて逃げたってな。ちょいと信じられねえぜ。だって、垂直の壁をだぜ?」

「……鹿しかが降りれて、馬が降りれぬ道理がない」

「なんだそりゃ? ジャパニーズ・トンチか?」

「義経殿はかつて、いちたにの合戦で敵の背後を急襲するため、断崖絶壁を馬で降りたという。鹿も四足、馬も四足と言って、家臣たちを鼓舞こぶしたのだ」

「鹿も馬も一緒って……文字通り馬鹿だぜ、クレイジーだ」

「だが、事実だ。実際には、そこまで切り立った崖ではなかったそうだがな」


 それよりも、恐るべきは義経の謎の力である。

 どういうカラクリかは知らないが、将門は自分のソウルアーツを奪われてしまったのだ。彼の愛馬という形で顕現けんげんした力を、義経は自分のものにしてしまった。

 それについても、衝撃的だった。

 改めて戦慄せんりつを感じて、閃治郎は黙るしかない。

 そんな時、ドアが開かれ足利が戻ってきた。


「やあやあ、お待たせ。勇者庁で少し、話が長くなってしまってね。あ、お茶してるの? 私も欲しいなあ。いやもう、お腹ペコペコでねえ」


 相変わらず足利は、マイペースでニコニコとしている。

 真琴が茶を出すと、彼はテーブルに座って一同を見渡した。


「さて、どこから話そうか。まず……クレリックの座の者たちから、事後報告があったみたいだよ。勇者庁は今日になって、一人の少女の死を知った訳だ」


 その少女の名は、聖乙女ラ・ピュセルジャンヌ・ダルク。非業の死を遂げた救国きゅうこく女傑じょけつである。彼女もまた、死後にヴァルキリーによってこのヴァルハランドに招かれた。敬虔けいけんな信徒ゆえに、クレリックの座に聖女として並んだようである。

 そんなジャンヌが、もう半月も前に殺されていたという。

 閃治郎は言葉で問わなくても、義経の仕業だと悟った。


「ジャンヌは数少ない、ソウルアーツを会得えとくしたエインヘリアルでね。その力は、多くの人間を指揮して従え、統率する能力らしい。ようするに旗振はたふり役だねえ」

「なっ……まさか、では!」

「そうそう、センちゃん正解、大正解。義経はどうやら、ジャンヌのソウルアーツを奪った上で殺害、その力を使ってモンスターの軍団を作り出したと見ていいだろうねえ」


 それが恐らく、義経のソウルアーツなのだ。

 他者の力を奪う能力……つまり、強い者と戦うほど有利になる。加えて、常軌を逸した俊敏性と脚力、圧倒的な身のこなし。世にいう八艘跳はっそうとびのように、彼はあらゆる戦場を自在に駆け回るのだ。

 そうした力は全て、ただ戦うためだけに振るわれるのだろう。

 求めるものもなく、欲するところもない……ただただ、


「クレリックたちはずっと、ジャンヌの死を隠していた。そりゃね、看板娘かんばんむすめだったようだからさ。ソウルアーツを使えるエインヘリアルは、数える程しかいないからねえ。私も入れて十人いるかいないか、くらいじゃなーい?」

「なるほど……えっ!? 足利殿もソウルアーツを?」

「あ、言ってなかった? 凄いの出しちゃうよん?」


 初耳だが、流石さすが征夷大将軍せいいたいしょうぐんである。

 そして、ソウルアーツは生前の戦いや生き方、その英雄を象徴するような形で発動する。ひょっとしたら、足利の失われた記憶、本当の名前はそこに隠されているかも知れない。

 だが、義経と戦えばまたソウルアーツを奪われてしまうかもしれない。

 そう率直に閃治郎が言うと、気にした様子もなく足利はへらりと笑った。


「いやあ、逆にさ。私をおとりにして……義経をあぶり出せないかなあ」

「なんと! き、危険です」

「いや、そこはセンちゃん、なんとかしてよ」

「なんとか、と言われましても」

「……君が義経を斬るんだよ。あ、これ、将軍の命令ね? 幕臣ばくしんだってきいたしさ」


 時代は違えど、閃治郎たち新選組が幕臣であることに違いはない。そのつもりで治安維持のために戦ったし、仲間の仇討あだうちとあれば迷う必要はない。

 閃治郎は立ち上がると、足利に向き直った。


拝命はいめいいたします、足利殿。僕が、義経を倒します。説き伏せられるならそれでよし、無理ならば……斬ります」

「任せたよん? あと、ビリーちゃんだっけ? ガンナーのヘイヘちゃんとも話はつけてるんだ。よかったら協力してほしいなあ」


 ビリーが二つ返事で快諾かいだくした、その時だった。

 リシアの悲鳴と共に、階段をドスドスと降りてくる気配があった。


「ワシもゆくぞ、足利! ええいくそっ! このワシともあろう者が!」


 包帯まみれの将門が、裸で降りてきた。ふんどし一丁の腰には、必死でリシアがしがみついている。普段にも増して覇気に満ちてはいるが、将門の傷はどれも深そうだ。


「マサカド様っ! 傷が開いてしまいますぅ」

「離せ、離さんかリシア! この屈辱くつじょく、どう晴らしてくれよう。それにな……先程からワシのソウルアーツが全く出せん。どうなっておるのじゃ!」


 やはり、将門の力は奪われてしまったのだろう。

 これで義経は、ジャンヌのものと二種類のソウルアーツを持つことになった。恐らく、他者の力を奪って自分のものとするのが、彼のソウルアーツなのだろう。

 なんとも型破かたやぶりな上に、荒唐無稽こうとうむけいな力だ。

 だが、義経の戦いは常に常識にとらわれない、合理に満ちた無慈悲なものだったのを閃治郎は思い出す。


「とりあえず、将門殿」

「おう、センか! ワシの刀を持てぃ! 今すぐ奴めの首を、っと、お? か、身体が」


 その場に将門は崩れ落ちそうになる。

 慌てて駆け寄る閃治郎は、中性的な美貌を抱きとめた。


「仇は討ちます、将門殿」

「ワシはまだ、死んどらん。じゃが……情けなや、身体が言うことをきかぬ」

「まずは怪我を治してください。義経殿を討てば、力も戻るやもしれません。必ず、僕が義経殿を倒します。皆と一緒に、必ず」


 胸の中に将門のうなずきを拾って、閃治郎は決意を新たにする。

 今ここに、謎のエインヘリアル義経を討ち取るべく、サムライたちが一丸となって奮起することになったのだった。

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