第20話「閃治郎、恩讐ノ戦鬼ト遭遇ス」

 朽ち果てた武器庫のような一室で、閃治郎センジロウは再会した。

 王都おうとヴォーダンハイムで目撃した、視線すら合わせたことのない影……だが、あの時の直感が確信に変わる。目の前の人間が、巨大な悪意を凝縮した男だと。

 そう、男だ……酷く華奢きゃしゃ矮躯わいくだが、自分と同じ男性だと思った。

 泰然たいぜんと揺るがぬ余裕をもって、シャルルマーニュと将門マサカドが交互に言葉をかける。


「えっと、君が首謀者かな? モンスターを操るのって、どうやるもんだか」

「の、ようじゃなあ? じゃが、ワシ等を前に逃げられると思うでないぞ?」


 そう、東西の双璧とさえ思える、二大英雄が目の前にいるのだ。

 遠く西洋、欧州に覇をなした王……カール大帝ことシャルルマーニュ。そして、日ノ本ひのもとに新たな国を打ち立てようとした始まりの武士、平将門タイラノマサカド。治めた土地や時代、広さや長さは関係ない。二人は同格の武人であり、偉大な存在感を後世に残した覇王なのだ。

 だが、敵は見た目通りの酷く幼気な声をとがらせた。


「ええ、逃げるつもりはありません。予想外の大物が釣れて、困ってはいますけどね」


 酷く落ち着いた口調だ。

 謎の自信に満ちて、それを疑いもしない声音である。

 気付けば閃治郎は、いつでも飛び出せる体勢でわずかに腰を落とす。自然と利き手が剣のつかを握っていた。

 無防備に立つ小男は、まとったボロ布のケープを外す。

 そこには、嫌に目の細い笑顔が浮かんでいた。


「私の名は、源義経ミナモトノヨシツネ……まあ、牛若丸ウシワカマルとか遮那王シャナオウとか、好きに呼んで頂いて結構ですよ」


 ――源義経。

 その名を知らぬ侍は、いない。このヴァルハランドに招かれたサムライの、誰よりも知られた名である。

 どこか雰囲気は、閃治郎の知っている沖田総司オキタソウジと似ている。

 だが、貼り付けたような笑顔は無機質で、その奥が全く読み取れない。

 義経は腰の太刀たちを抜くでもなく、一同を見渡し溜息ためいきこぼした。


「失敗、ですね。やはり、魔物や化性けしょうたぐいでは、完全に統率とうそつされたこまにはならないようです。残念ですよ」


 残念と口にしながら、全く感情が感じられない。慚愧ざんきの念は勿論もちろん、過失や損耗をいた様子も見えなかった。酷く空虚で、ただそれらしい言葉を並べているだけにしか見えない。

 その様子にムッとしたのは、剣の切っ先を向ける将門だった。


「その気色悪い笑みをやめぬか、うつけが!」

「うつけ、ですか? 私が?」

「そうじゃ! 手前てまえの軍勢を失っておいて、なにを笑う! 化物ばけものとて生命いのち、おぬしはそれでもしょううつわか!」

「……えっと、あなたはどうやら同じ日ノ本の人間とみましたが。どちら様でしょうか」


 まるで手応えがない対応だ。

 将門ははっきりと苛立いらだちに顔をゆがめている。もとより表情豊かで激情家だが、端正な美貌が怒りに震えていた。

 逆に、拍子抜けといった雰囲気でシャルルマーニュは剣を肩に遊ばせる。

 彼はちらりと閃治郎を振り向くと、わずかに声をひそませた。


「なんか彼、有名なサムライ? ちょっと閃治郎や将門とは雰囲気違うよね」

「え、ええ……彼の名は、源義経。源平げんぺい合戦がっせんにおいて、最も活躍した武将です」

「なるほど……源平? それって、平……平将門とは」

「あ、そっちの平家へいけとはあまり関係が……時代も違いますし」


 ちらりと見れば、将門は剣を向けたまま義経に詰め寄る。

 すらりと長身の美丈夫びじょうぶから見れば、義経はまるで子供だ。

 だが、妙な達観たっかん諦観ていかんの念を感じる。

 平家物語にうたわれた猛将の覇気もなく、それどころかサムライらしさも感じられない。勿論、このとりでにモンスターを集めた人間にも見えなかった。


「答えよ、義経とやら! なにが目的じゃ!」

「目的……ああ、そういうのは必要ですよね。なるほど、確かに」

「ふざけるでない、ものがっ!」


 光が走った。

 振り上げた剣を、将門は袈裟斬けさぎりに叩きつけたのだ。

 衝撃波が床を走り、砦自体がビリビリと震える。

 恐るべきごうの剣……太刀筋たちすじはそのまま、周囲を衝撃波でぎ払った。吹き荒れる風の中で、閃治郎はシャルルマーニュと共に目を見張る。


「消えた? 気配が……」

「閃治郎、後だ!」


 シャルルマーニュの声に、慌てて振り返る。

 すると、先程上ってきた階段の前に、義経の笑顔があった。

 距離はそれほどでもないが、立っていた閃治郎たちをすり抜けたかのようだ。どこをどう移動したのか、彼はまるで点から点へと瞬間的に動いたように見えた。

 なにより、将門自身が驚きに目を見開く。


手応てごたえあったかと思ったがのう……はしっこい奴じゃ!」


 不可解だ。

 まず、義経の力量がわからない。音に聞こえた英雄なればこそ、かなりの力を備えていることは想像だにかたくないが。だが、それがどれほどのものか全く読めなかった。不気味な笑顔が、なにも伝えてこないのだ。

 ただ、はっきりしていることが二つだけある。

 一つは、将門の一撃を難なく避けてみせるだけの戦闘力があるということ。

 そしてもう一つは……目的は不明だが、モンスターを率いて民をおびやかしているということである。

 その義経は、やれやれと肩をすくめて見せる。

 わざとらしさが、まるで芝居しばいの役者のようだ。


「目的ってのがあったほうが、いいですか? なら、そうですね……まず、それを探すことを目的としましょう。探して見つからなければ、作るということで」

「ふざけるでないっ! これだけのことをしておいて……国や民をなんと心得こころえるか! こころざしもなく、理想も持たず、なんのために剣を振るう! それでもお主、サムライかや!」

「あ、それは傷つくなあ……美しいお姉さん。色々考えることが多くて、目的を失念してたんですよね。なにしろ、一度死んだはずですしね……まだまだいくさができそうだとわかったら、嬉しくなってしまって」


 ヒュン! と再び将門の剣が歌った。

 放たれた剣閃けんせんが、真空の刃となって突き抜ける。

 能面のうめんのような義経の顔に、赤いすじが線を引いた。

 笑顔のまま、切り裂かれたほおに彼は手を当てる。


「痛いなあ、酷いじゃないですか。でも、嬉しいですよ……皆さん、お強いですから。これは戦のし甲斐がいがある。ふふ……興奮してきましたね」

「大義も持たぬ男が、なにが戦か! 戦とは児戯じぎではない、たましい闘争とうそうぞ! 心を持たぬうぬには、それがわかるまい。ならば斬るのみ! この平将門が、くびはねてくれよう!」


 ゾクリ。

 不意に、悪寒おかんが閃治郎の背を駆け上がった。

 武者震むしゃぶるいにも似たしびれる感覚が全身に広がってゆく。

 そしてそれは、たける将門の闘志が原因ではなかった。


「なんだ……? 手が、震えてる? これは」

「おやおや、閃治郎。見なよ、奴を。嫌な顔をするなあ。本当に嫌な表情だ」


 そう、シャルルマーニュが言うように……義経の顔が激変していた。

 先ほどと同じ、笑顔だ。

 だが、その細められた目が燃えている。

 憎悪ぞうおの暗い炎が、赤々と燃えているのが感じられた。

 変わらぬ笑顔の奥で、なにかが義経の激情に火を付けたようだった。

 彼は、先ほどと同じ平坦な声をわずかににごらせる。


「……平将門? 平家……たいらのおおおおおおっ!」

「な、なんじゃ!?」

「平家、平家、平家っ! あなた、平家の女なんですか!」

「ワシは男じゃ!」

「構いませんよ! 平家は人間じゃありませんから! 男なら殺す! 女なら犯して殺して、また犯す! 同じことです……鏖殺おうさつですよ!」


 義経の全身から、暴虐的な戦意がほとばしる。

 目に見えぬ闘気が、まるで流れて渦巻うずまくようににらいでいた。空気が沸騰ふっとうするような緊張感の中で、剣を抜きつつ無防備に義経が歩き出す。

 すかさず閃治郎は、将門の前に出て彼を背にかばった。


「将門殿っ! あきらかに異様、異質……警戒を。そうか……将門殿を、自分の時代の平家一門と思っているのか」

「平家は滅ぼさなければいけません……ああ、なんだ。目的、あるじゃないですか! 私の目的、それは! 戦! 戦ですよ! 平家を滅ぼすんです!」

「クッ、話が通じない? ――ッ!」


 即座に閃治郎は剣を抜いた。

 抜いた、つもりだった。

 しかし、居合いあいの一撃は目の前の義経を斬らなかった。

 

 さやから剣は抜けてはいなかった。


「なっ……!」

「邪魔です、どいてください? ああ、いえ……そのままで結構。踏み台には丁度ちょうどいいですから」


 義経の突き出した足が、

 瞬速を誇る閃治郎の抜刀術ばっとうじゅつより、速く……はやく、蹴りが押し当てられたのだ。そして、造作もなく突き出した足が、ピクリとも動かない。

 そして、次の瞬間には目の前の義経が消えた。

 背中になにかがポンと乗った、その感触と共に部屋に声が満ちる。


なぶり殺しますよ! さあ、さあさあ!」


 周囲に無数の義経が浮いていた。絶えず高速移動を繰り返す彼が、天井や壁を蹴ってせる。先程の不可解な回避能力は、部屋全体を使った義経の移動力、それも常軌をいっした機動力が見せた技なのだった。

 流石さすがにシャルルマーニュも、剣を構える。

 十はくだらぬ数の義経は、あっという間に将門に殺到した。


面妖めんようなっ! 斬り捨てる!」

「死んでください、美しい人……平家に生まれた不幸を呪いながら、死んでくださいね!」


 文字通りの瞬殺だった。

 あっという間に将門は、無残に斬り刻まれた。おおよそ剣術とは言えぬ、乱れ咲く無数の刃に血の花びらが舞う。大勢の義経が一人に戻った時……血の海に将門は倒れていた。

 そして、目を疑う光景がさらなる驚きを連れてくる。


「……いただきましたよ、あなたの力」


 不意に義経の周囲で、見えない力が凝縮されてゆく。

 それは、先程将門が見せたソウルアーツ『日ノ本一のつわもの』……巨大な軍馬だ。そして義経の強さは、その名に恥じぬ圧倒的なものだった。同時に、サムライとして認めがたい残虐さに満ちていた。

 そのまま義経は、軍馬にまたがり部屋を駆ける。

 あっという間に壁をブチ破り、その姿は外へと消えていったのだった。

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