第19話「閃治郎、死セル亡者ノ怨念ヲ調伏ス」

 モンスターの砦からは、すでに火の手があがっていた。

 門は破壊され、今は内部で戦闘が散発しているようである。

 そして、同じエインヘリアルと思しき一団が閃治郎たちを出迎えてくれる。ローブ姿で長杖ロッドを持った姿は、どうやらウィザードの座に集まる魔道士たちのようだ。

 彼等は、あとから来た閃治郎センジロウとビリーを振り返る。

 その顔には、呆然ぼうぜんとした驚きが張り付いていた。


御免ごめん! 戦況せんきょうはどうでしょうか」

「あ、ああ……若いの、お前さんは」

「僕は、サムライの乾閃治郎イヌイセンジロウ。こっちはガンナーのビリー・ザ・キッド殿です」

「おお、最近できた新しい座の方か。私はエルヴィン・ロンメル、魔法が使える訳ではないがウィザードだよ」


 壮年そうねんの男は、西洋の軍服姿だ。恐らく、魔術かと見紛みまがうばかりの戦略を誇る戦上手いくさじょうずなのだろう。見るからに厳格そうな顔も今は、呆気あっけに取られたように表情を失っていた。

 それでもロンメルは、顔を手で拭うと智将ちしょうたたずまいを取り戻す。


「砂漠のきつねと呼ばれた私が、まさに狐につままれたような……先程、我々の窮地きゅうちを一人の騎兵きへいが救ってくれたのだが。うむ、あれは東洋の島国日本に伝わる戦士、サムライでは」

「恐らく、僕の仲間です。彼女は……あ、いや、彼は」

疾風怒濤しっぷうどとうとはまさに、あのことだ。ただ突き進み、触れる全てを蹂躙じゅうりんする。そうしてモンスターの群れを両断し、そのまま騎馬で上層に向かってしまったよ」


 なんと、将門は砦を騎乗したまま駆け上がったらしい。なんともはや、恐るべきは坂東武者ばんとうむしゃ膂力りょりょく胆力たんりょくだ。ソウルアーツによって将門マサカドは、今まさに『』とも言える存在だった。

 そして、周囲の散らかりようを見聞していたビリーも肩をすくめる。


「このへんに散乱した骨は、こりゃスケルトンか? こっちのビチャビチャなのは……グールか。派手にやったな、大将は」

「サムライの次はカウボーイか。それも若い」

「それで? ロンメルさんよう、首尾は上々に見えるが」

「うむ、やはりモンスターには明確な指揮系統がある。つまり、指揮官がいるのだ」


 やはりかと、閃治郎は周囲を見やる。

 弓を構えたアーチャーや、罠のたぐいがないかと警戒心をとがらせるスカウトがうろついている。そして、砦の奥には階段があり、その先から戦いの音が響いていた。

 恐らく、ナイトやウォーリアーを中心に、本隊は上へ上へと攻め上っているのだ。

 急いで追いかけようと、閃治郎はロンメルに一礼して走り出す。

 その背後に続くビリーは、奇妙なことを言い出した。


「よぉ、ボーイ……ちょっと面倒なことになりそうだぜ?」

「む? なにかあるのか、ビリー殿」

「さっき、魔導師まどうしの連中が戦ってた相手……ありゃ、だ」

「アンデット、とは」


 階段を登りながら、ビリーは説明してくれた。

 ――不死者アンデット、それは摂理せつりを逆行する呪われた魔物である。

 骸骨がいこつ化物ばけものであるスケルトンや、食人鬼しょくじんきグール……共に、かつては人間だったものだ。それが、邪悪な術で彷徨さまよう死体となって襲い来る。

 死体は死なない、ゆえたちが悪いのだ。

 高レベルのクレリックがいれば、多少は有利に戦えるが……アンデットは痛覚もなく多少のダメージではひるまない。また、生者が無意識に持つ力の加減がないたいめ、驚異的な物理攻撃力を誇るのだ。


「あとな、やっかいなのは……アンデットは制御する術によって、伏兵ふくへいに使われたりするとやっかいだ」

「なるほど。転がってる死体が突然、背後から襲ってくるのは恐ろしいな」

「だろ? オマケに、やたらとタフときてやがる。……ま、ボーイの大将には無関係みたいだったな。圧倒的な力でき殺したみてえになってた」


 恐るべきは、ソウルアーツである。

 ソウルアーツとは、生前の全てが問われる、エインヘリアルの究極奥義である。各職業をつかさぢ巫女みこですら、ソウルアーツを会得えとくする条件をはっきりと明言できていない。

 ただ、研鑽けんさんを積んで己の技を鍛える……それが必須ひっすなのは確かだ。

 漠然ばくぜんと戦っている者には、大いなる力など宿りはしないのだ。


「あの大将、生前はどんなサムライだったんだ? 普通じゃねえぞ、ありゃあ」

平将門公タイラノマサカドこう……サムライのサムライによる統治、武家社会ぶけしゃかいを目指した人物とされている。一方で、朝廷……日ノ本ひのもと皇家こうけへ弓引いたとも言われているな」

「ま、ただの叛逆者はんぎゃくしゃならソウルアーツなんざ使いこなせねえさ」


 ビリーの言葉に、閃治郎は大きくうなずく。

 少なくとも、この異世界ヴァルハランドにおいて、将門は信頼すべき仲間だ。

 そんなことを考えていると、鎧姿にマントの背中が見えてくる。

 振り向く騎士たちの中に、桜蘭ロウランの姿があった。


「むっ! 閃治郎か……そっちは銃とかいう武器を使う新顔だな」


 ビリーが一瞬気配を強張こわばらせたが、なにも言わなかった。やはり、剣と魔法の中世社会なのがヴァルハランドだ。生きた時代の雰囲気が近い騎士たちには、飛び道具を使う者たちは格下に思えるのだろうか?

 閃治郎は剣士だが、鉄砲の恐ろしさは嫌というほど知っている。

 同時に、本当の使い手でなければ、その強さを生かせないことも生前学んでいた。

 ビリーはえて何もいわず、今はモンスター討伐が先だと無言で語った。


「桜蘭殿……この先にまだ敵が?」

「ああ、それだが、その」

「……まさか、将門殿が」

「その、まさかだ」


 まだ階段の上からは、激しい戦いの音が響いてくる。

 その大半は、モンスターの絶叫だ。それも、痛みに泣き叫ぶような悲鳴である。上のフロアで今、嵐が吹き荒れている……それも、二つの巨大な英雄という名の大嵐だ。

 桜蘭はやれやれと剣をさやにしまいながら、少し残念そうに語り出した。


「実は、シャルルマーニュ殿下が……そちらの将門殿と意気投合してしまってな。お互いソウルアーツを会得した、類まれなる強きエインヘリアル同士。故に」

「たった二人で突撃してしまったのか」

「そうだ。こうなるともう、私たちの出番はない……クッ、護衛どころかおともすらかなわないとは!」


 どうやらこの場の騎士たちは、待つように言われたらしい。

 いかにもあのシャルルマーニュらしいなと、出会って間もないのに閃治郎は納得してしまった。後のフランク王、カール大帝になる少年……シャルルマーニュは基本的に、気さくでほがらか、人当たりのいい男だ。

 だが、生まれついての騎士にして王、その内面には激しい闘争心が渦巻いている。

 将門という英傑の覇気は、そんな彼の激情を駆り立てる種火となるのだ。

 ならば、既に勝負は時間の問題かもしれない。

 互いに競うようにして将門とシャルルマーニュが剣を振るえば、モンスターの数がいかに多かろうが問題にならない。むしろ、警戒すべきは自分たちの方だと閃治郎は身構える。


「桜蘭殿、各方おのおのがたも。この砦には、アンデットなる魔物も出る様子。用心めされよ」

「ほう? 聞いたか、諸君しょくん! 気を引き締めよ!」


 勝負あったとばかりに、周囲の騎士たちは緊張の糸を途切れさせている。だが、桜蘭の言葉に一同は再び剣を構えた。

 だが、遅かった。

 不意に室内を、息苦しいまでの怖気おぞけが包む。

 同時に、そこかしこで髑髏の剣士が立ち上がった。


「クッ、待ち伏せか! このままでは殿下の退路が断たれる! 騎士団、やるぞっ!」


 広いフロアはあちこちに、桜蘭たちが倒したオークやゴブリンの死体があった。それを押しのけるようにして、床からアンデットが生えてくる。

 どうやら、このフロア自体がアンデットを伏せておいた罠らしい。

 閃治郎もビリーと共に臨戦態勢を整える。

 おぞましい死者の叫びは、絶望の嘆きのように響き渡る。


「チィ、グールもいやがる! ヘイ、ボーイ! 悪いが銃はこの手のモンスターとは相性が悪い。やるなら銀の弾丸シルバーバレットが必要なんだが」

「心得た! 牽制に徹して身を守ってくれ。僕が相手をしよう」

「頼むぜ。オイラにブシドーとやらを見せてくれよ」

承知しょうちっ!」


 両手を振り上げ、グールが襲ってくる。その動きは鈍く緩慢かんまんで、とりたてて危険には思えない。

 だが、油断なく閃治郎は抜刀と共に踏み込んだ。

 グズグズに腐った肉を、鋭利な太刀筋たちすじが斬り裂く。

 死体を斬る奇妙な手応えは、普段よりも重く湿った感覚を伝えてきた。

 ふと振り向けば、桜蘭が仲間を鼓舞こぶしながら剣を振るっている。


「騎士たちよ、ふるい立て! なんとしてもこのフロアの敵を掃討するんだ!」

「桜蘭様、敵が上への階段を」

「なんと! シャルルマーニュ殿下の背後をいて、挟撃きょうげきするつもりか。クッ!」


 すかさず閃治郎は床を蹴った。

 一人で突出すれば、すぐに無数のスケルトンが襲い来る。

 だが、背後からの発砲音が敵の出鼻を挫いた。ダメージにならないにしろ、機先を制する銃弾が閃治郎に教えてくれる。敵の位置、数、そして距離。

 剣のつかを握れば、閃治郎の脳裏に無数の敵意がヴィジョンとなって浮かび上がった。


「上へは行かせないっ!」


 瞬時に抜刀、切っ先が風を生む。

 光の弧をえが剣閃けんせんが、一度に全てのアンデットを通過した。

 骨は割れる音もなく裂かれ、腐った肉も鋭利な断面をのぞかせる。

 閃治郎はそのまま、階段を駆け上がりながら居合を放ち続けた。

 背後にはビリーに加えて、桜蘭と騎士たちがいるのでうれいはない。

 そうして、次々とうごめく死者を死体に戻していると……不意に視界が開けた。上のフロアはそれ自体が巨大な広間で、朽ち果てた大砲などが置いていある。壁には砲口を突き出す空間が等間隔に空いていた。


「将門殿! シャルルマーニュ殿も! ご無事ですか!」


 声を張り上げれば、死屍累々ししるいるいの向こうで二人の男が振り返る。既に馬を降りた将門と、小さな体に鎧を着込んだシャルルマーニュだ。

 そして、彼等の前にはボロボロの布を頭から被った、謎の人影が待ち受けているのだった。

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