第18話「閃治郎、石化ノ魔力ト戦ウ」

 明けて次の日、閃治郎センジロウ王都おうとヴォーダンハイムを出て、剣を振るっていた。

 一歩王都を出ると、そこはモンスターが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする危険な大自然が広がっている。しかし、ここ最近の異変を勇者庁ゆうしゃちょうは敏感に察知していた。

 多くの場合、モンスターが群れることはない。

 ゴブリンやオークのようなモンスターであれば、同族同士で小さな戦闘集団を形成することがある……だが、異なる種族同士の連携など、常識では考えられないのだ。


「――ッフ!」


 閃治郎の抜刀術ばっとうじゅつが、モンスターを一刀両断に斬り捨てる。

 コボルトとかいう、いぬの顔をしたモンスターだ。その巨体が、斜めにずるりと上半身を落として倒れる。

 閃治郎は剣をクルクルと回して、血糊ちのりを捨てつつさやへと収めた。

 敵の数は多い。

 それもそのはず、驚くことにモンスターたちは軍団を形成しているのだ。打ち捨てられたとりでに立てもり、エインヘリアルたちの攻撃に対して見事な防衛戦闘を継続している。

 やはり、誰かが手引きをしているような気がした。


統率とうそつの取れた敵に思えるが……むっ、新手!」


 不意に、頭上を巨大な影が覆った。

 咄嗟とっさに身を投げだして、大地を転がる閃治郎。岩場のゴツゴツとした地形は、ところどころに隆起りゅうきした岩石が散乱している。大軍が布陣するには向かない場所だ。

 だからこそ、閃治郎たちサムライの出番なのである。

 先程まで閃治郎が立っていた場所に、巨大な蜥蜴とかげが落ちてきた。


「むう、面妖めんような……こんなおぞましいバケモノもいるのか。だが……斬るッ!」


 ひたいに一本の角が生えた、紫色にぬらぬらと光る大蜥蜴だ。低く地をうようなシルエットは、全長はかなり大きい。まるで、ちょっとしたしろのような威圧感がある。

 長い舌を出して吼える蜥蜴の魔物に、改めて閃治郎も身構えた。

 だが、あやしく光る敵の眼光に、突然の異変が彼を襲う。


「な、なんだ……? 身体、が」


 ぎょろりと瞳孔どうこうを細めた目が、閃治郎をにらんでくる。

 そのひとみ魅入みいられたように、身体が動かない。

 まるで、自分が周囲と同化して岩になったようだ。

 魔物は近付いてくる、しかし閃治郎は身動き一つできない。鞘を握ってつかに手を添えたまま、抜刀することすらかなわないのだ。

 なにかしらの精神攻撃を疑った、その時だった。


「ヘイ、サムライボーイ! 奴を……バジリクスを直視すんな!」


 銃声が響いて、バジリクスと呼ばれた魔物が一歩下がった。

 その瞬間に、再度発砲音……おぞましい絶叫と共にバジリクスは身をよじる。見れば、片目に射撃が命中したのか、眼球が弾け飛んでいた。

 同時に、閃治郎をさいなんでいた目に見えぬ束縛そくばくが消える。

 気付けばとなりに、カウボーイハットの男が立っていた。


「ビリー・ザ・キッド殿か! かたじけない」

「奴の視線は魔力が宿ってんのさ。睨まれると石化しちまう」

「なんと!」

「まあ、オイラもこっちに来てから色々あってな。痛い目みてんだよ、バジリクスには」


 危険な魔物らしく、ビリーは銃口を敵へと突きつけたままだ。

 以前は敵対し、街中で不要な緊張感を作ってしまったが……手練てだれの拳銃使いは、味方になるとこの上なく頼もしい。


「それよかボーイ、いいのか? 砦自体へもう騎士様たちが進んでるぜ?」

「シャルルマーニュ殿か」

「あと、あのいけすかねえ女騎士……なんつったか? ローラン?」

桜蘭ロウラン殿も一緒か。騎士らしく正面突破をはかるつもりかもしれないな」


 シャルルマーニュを中心とする、ナイトの座に集いし騎士たち……彼等は人数も多く、それ自体が巨大な騎士団を形成している。ならば、真正面からの戦いでも互いに連携して戦果をあげられるだろう。

 だが、閃治郎たちは四人しかいないのだ。

 加えて、真琴マコトには後方での仕事を任せてある。

 彼女は実質的には非戦闘員だし、巫女みこであるリシアを守ってもらっていた。


「で、弱小のガンナーやサムライは、狭いこっち側から砦を目指す、と」

「互いが陽動になれば、それでよし。手柄よりまず、モンスターと砦の排除が優先だ」

「やれやれ、欲のないボーイだぜ。ま、手伝うから片付けちまおうぜ」

委細承知いさいしょうち! 手を借りるぞ、ビリー殿」


 昨日の敵は今日の友、背後からの援護射撃はこの上なくありがたい。

 片目を失ったことで、バジリクスは怒りに燃えている。ほとばしる殺気が、先程にも増して強烈だ。だが、冷静さを失ってくれればありがたい……付け入る隙にもなるし、チャンスも増える。

 目と目で互いに頷き合うと、閃治郎とビリーは逆方向へと走り出した。

 バジリクスの長いしたが、閃治郎を追って伸ばされる。

 どうやら敵は、まずは閃治郎を始末するつもりらしい。


「おっと、後ろは振り向かなくていいぜ! オラッ、そこだ!」


 閃治郎の俊敏性しゅんびんせいに迫る勢いの舌が、空中で弾けて消える。

 高速で動く敵へと、あまりにも精密な射撃が浴びせられていた。

 言葉通りに、閃治郎はただ一撃を練り上げることに専心する。そのまま肉薄の距離に間合いを詰めるや、珍しく剣の柄を逆手さかてに握る。


天然理心流てんねんりしんりゅう零式ゼロしき……奥義おうぎっ! 玄武轟槌撃げんぶごうついげきッ!」


 踏み込む一歩が、足元を陥没かんぼつさせる。

 同時に、閃治郎は抜き放つ剣の柄をバジリクスの脇腹へ向ける。インパクト……この技は、当て身だ。硬い防御力を持つ相手には、斬撃よりも打撃が有用な時がある。刀身を半分ほど見せたまま、愛刀は鉄槌てっついごとく敵を強打した。

 仕上げに、鞘をさらに突き出す。

 納刀のうとうのパチン! という音と共に、バジリクスの体内に衝撃波が伝わってゆく。

 攻撃した場所と逆側に、その余波が波動となって広がった。

 身の毛もよだつ断末魔だんまつまと共に、バジリクスは動かなくなる。


「よし、取った! ビリー殿、改めて礼を言う。ありがとう」

「おいおい、気持ち悪ぃな……ま、感謝してんならこんどカワイコチャンでも紹介してくれ」

「む……まっ、真琴殿は駄目だ。リシア殿も同じく! ……ふむ、となると」

「本気にすんなっての。さ、進もうぜ」


 バジリクスの死体は、後続の真琴たちが処理してくれるだろう。ビリーも、バジリクスの角が霊薬れいやくとして高く売れると教えてくれた。ここは山分けにすることで合意し、先を急ぐ。

 ガンナーという職業も、やはりヴァルハランドでは新参者しんざんものだ。

 今でもこの世界では、弓が一般的な飛び道具である。

 だが、ドワーフたちが弾丸を作ってくれるし、硝石しょうせき硫黄いおうを使って火薬もガンナーたちが自分で確保している。銃の有用性を閃治郎は、改めて知らされた。

 同時に、卓越した腕を誇るビリーが、この上なくありがたい。

 二人は周囲を警戒しつつ、互いに命を預けて進んだ。


「よぉ、サムライボーイ……ありゃ、オタクんとこの大将じゃないのか?」


 ようやく砦が見えてきて、戦いの音が響いてくる。

 怒号どごうと絶叫、剣戟けんげきの音。

 その熱気を受けて、長い黒髪をなびかせる美貌が立っていた。一番高い岩の上で、腕組み立ち尽くしている。その切れ長の瞳は、戦いの趨勢すうせい見据みすえるように細められていた。

 大鎧おおよろいを着込んだ、将門マサカドである。

 彼は閃治郎たちに気付くと、肩越しに振り返ってニッコリと笑う。


「おう、追いついてきた! 見よ、大戦おおいくさじゃなあ……血がたぎりよる!」


 酷く無邪気な、とても素直な笑みだった。

 まるで子供のようで、閃治郎には将門が幼く見えた。


「ようし、ではワシも行くかの! セン! そこな短筒たんづつ使いも! ゆるりと来るがよいぞ……手柄てがらは全て、ワシのものじゃ!」


 見上げる閃治郎たちに背を向け、将門は腰の太刀を抜いた。

 瞬間、彼の周囲で空気が沸騰ふっとうしたようにうずを巻く。

 とんでもなく巨大な圧力が、瞬時に閃治郎やビリーを包んでいた。

 そして、ぼんやりと将門が光り出す。


「ワシとてサムライの座に呼ばれし男よ! ソウルアーツなるもの、とうに会得えとくしておるわっ!」


 あっという間に、将門は光の中で騎馬きばまたがっていた。

 かぶとを被って手綱たづなを握った、その姿はまさしく益荒男ますらおだ。

 怜悧れいりな美しさが、ゾッとするほどに凶暴な覇気を広げてゆく。戦意に満ちて高揚した顔は、瞳があやしい輝きを放っていた。


「これぞワシのソウルアーツ! 『日ノ本一ひのもといちつわもの』よ! さあ、いざかん!」


 将門は愛馬へとむちを入れた。

 いななく駿馬しゅんめは、彼のエインヘリアルとしての力が生み出した存在である。だが、本当に生きた馬そのものだ。

 将門はそのまま岩を駆け下りるや、真っ直ぐに砦へと突き進んでゆく。

 その行く手には、モンスターが十重二十重とえはたえ……だが、全く速度を落とさず将門は突っ込んだ。

 そして、追いかける閃治郎は目を見開く。


「なっ……将門殿には、触れることすらかなわぬのか!?」


 まさに、覇道疾走はどうしっそう……その行く手をさえぎる、あらゆるものが消滅してゆく。そう、将門が進む先に道は開かれてゆく。そして、立ちふさがる全てが消し飛ばされているのだ。

 剣を手に、意気揚々いきようようと将門は行ってしまった。

 あとに残るのは、道。

 かろうじて進路上にいなかったモンスターたちは、次々と逃げ始めた。

 将門が作った道を走りながら、改めて閃治郎は思い知った。平将門タイラノマサカドは、日ノ本で最初に武家社会を作ったと言われる男である。そして、彼が言う国盗くにとりとは、民百姓たみひゃくしょうのための国造りらしい。

 ソウルアーツを解放した将門には、敵などいないように思われるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る