第17話「閃治郎、王ト将ノ覇気ニ戦慄ス」

 閃治郎センジロウは、全身の肌が粟立あわだつ感覚に震えていた。

 幕末の京都で戦ってきた自分には、わかるのだ……目の前の二人が、途方もなく強い武人であることが。それは、治安維持のために都市を防衛する戦いではない。まさに、大軍を率いたしょううつわを感じさせる覇気だった。

 シャルルマーニュと将門マサカドは、まるで踊るように立ち回る。

 ひらめく剣閃けんせんは、二人をかざる星座のように輝いていた。


「ははっ、やるなあ! どうだい? 僕の元に来て騎士にならないかなあ?」

「ぬかしおる! ワシはもののふ、サムライじゃあ! おぬしこそっ、かわいい顔をしておる。ワシのものにならんか!」

「あー、そういう……や! それは困るかな!」

「で、あろうなあ!」


 この場の誰もが、二人の動きをとらえられない。

 民や衛兵たちに見えているのは、

 無数に広がる複数のシャルルマーニュと将門が、限られた範囲の中で互いを切り合い、潰し合っている。

 それは全て、まさしく星座……星々の輝きだ。

 遠く天の彼方にある星の、過去の光しか見ることができない。

 達人同士の戦いは、さらに加速してゆく。

 そして、閃治郎にはそれがとても美しく見えた。


「これは……なんという。僕たちのレベルでは、ついていけない戦いだ」

「シャルルマーニュ殿下……まずい、閃治郎! 二人をお止めしろ!」

「む、桜蘭ロウラン。しかし、どうやって」

「シャルルマーニュ殿下を本気にさせてはならない! あのお方はああ見えて、覇者の闘気を持つお方! 我らエインヘリアルが持つ最強の力を、すでに体得しておられる!」

「それは……」


 閃治郎は以前、リシアから聞いていた。

 リシアはサムライの座を守護する巫女で、職業としてのサムライに分類されるエインヘリアルの力と技を管理している。彼女のおかげで、閃治郎の居合いあいを将門や足利も使えるし、その逆もしかりだ。

 閃治郎は将門の軍略や、足利の戦略眼を借りることができる。

 そして、個人の能力と技能は、鍛えることでさらなる真価を発揮できるのだ。


「高みへと至った者だけが振るえる、たましいの一撃……。まさか」

「ああ! シャルルマーニュ殿下はすでに、ソウルアーツを体得している。――来るぞっ!」


 その時、激しくぶつかり合っていたシャルルマーニュと将門は距離を取った。

 互いに手の内は知れているのだろう……まさしく、一撃必殺の切り札を突きつけあった瞬間だった。

 そんな中でも、二人は笑っている。

 そう、実に愉快そうな、愉悦ゆえつさえ感じる笑みを浮かべているのだ。

 不適で不遜で、痺れる程に頼もしい……常人には理解不能な挟持きょうじ尊厳そんげんが満ちた笑みだった。そして、その意味が閃治郎には痛いくらいに伝わってくる。


「将門、だったよね。いっやー、参ったよ。この技を僕に使わせるのは、君が初めてだ」

「ほう? なにやら策があるようじゃな。しからば、ワシも全力で応えるかのう!」

「東洋のサムライの話は、桜蘭から少し聞いてるよ。死をも恐れぬ一騎当千の戦士……だが、僕たち騎士はサムライとは違う」

「なにを言うか、シャルルマーニュとやら。同じであろう。我らは修羅しゅら、そして羅刹らせつ! 戦いのよろこびに酔いしれ踊る、破壊と殺戮の権化ごんげ!」

「それは否定しないけどね。そういう人間でも夢を見る。将門、君は?」

「ワシか、ふむ……そうよな、国盗くにとりであろう! 誰もが笑って暮らせる国を、このワシが世界からもぎ取ってみせる!」

「……いいね。じゃ、話は終わりだ」


 不意に、ガツン! とシャルルマーニュは剣を地に突き立てた。

 そして、突き立つ剣のつかに両手を置く。

 瞬間、彼がまとっているマントが逆巻く空気の奔流ほんりゅうひるがえった。

 シャルルマーニュの小さな少年の体から、常軌をいっした闘気が満ち溢れていた。それは、あまりに強力な殺気となって周囲を覆ってゆく。

 そして、閃治郎は信じられぬ光景を見た。


「なっ……シャルルマーニュ殿の身体が!」


 そう、徐々に頼りない少年の姿が変貌へんぼうしてゆく。

 陽炎かげろうのようにゆらめく空気の中で、シャルルマーニュは見るも壮観な青年の姿へと成長していた。まるで、十年の歳月が一瞬で埋め尽くされたかのような錯覚……だが、確かにそこにはりんとしたたたずまいの勇壮ゆうそうな騎士が立っていた。

 そして、シャルルマーニュは剣を抜いて構える。


「我こそはフランク王国の王! カール大帝なり! これぞ、ソウルアーツ……『栄光ある覇者の凱歌ビブラ・フランク』! この姿で僕はようやく、持てる力をフルに使うことができるんだよね」


 口調だけはどこか飄々ひょうひょうとしたシャルルマーニュのままだ。

 だが、自らをカール大帝と名乗った男の迫力は凄まじい。

 長身の美丈夫イケメンと化したシャルルマーニュは、フッと残像を残して消えた。次の瞬間、将門が防御に構えた刀が金切り声を歌う。かろうじて受け止めた一撃は、無双の益荒男ますらおである将門の顔から笑みを消した。


「ほう! カカッ、まっこと重畳ちょうじょうよなあ……この力! これかソウルアーツかや!」

「おっと、いけない……綺麗な顔をしてるので、手加減してしまったよ。どう? このへんで手打ちにしない?」

「ぬかしよる……ワシはまだ負けてはおらん! ――ッ、グ!」


 将門のひざが沈む。

 同時に、足元が陥没かんぼつして、土塊つちくれが宙を舞った。

 シャルルマーニュ……否、カール大帝の振るった何気ない一撃が、将門を圧倒していた。

 閃治郎は、流石さすがに割って入ろうかと身構える。

 だが、二人の間につけ入るすきが全く見えない。

 恐らく、無防備に止めに入れば、その瞬間に閃治郎は消し飛ぶだろう。

 そして、それは隣で身動きできぬ桜蘭も同じのようだった。


「この局面で……二人は、笑っている」

「勝負あったな。閃治郎、あれがシャルルマーニュ殿下のソウルアーツだ。戴冠式たいかんしきを終えた真の王、カール大帝の姿になることで、殿下の力は普段の何倍も高まる」

「なるほど……だが、見てくれ。あれは……将門殿は」

「なっ、馬鹿な! あの女は、いや、あの男は馬鹿か? 今の殿下に勝てるはずが」


 カール大帝の一撃は、圧倒的な剣圧けんあつで周囲を薙ぎ払ってゆく。

 将門は刃で受けて耐えているが、身に纏うドレスが引きちぎれて宙を舞った。

 だが、半裸にひん剥かれる中で……将門は笑っていた。

 まるで、野生のおおかみのような、飢えた獣が獲物を見つけたような笑みだ。

 眼光鋭く、将門はカール大帝の剣に耐えながら叫ぶ。


「ふむ、大義である! 南蛮なんばんの王よ……しからばワシも見せようぞ! もののふの本懐、坂東武者ばんどうむしゃの力を! ――おおおおおおっ!」


 将門の身体から、光がほとばしる。

 圧倒的に優位な状況で、すぐにカール大帝は剣を引いた。

 あと少し押し込めば、耐えきれなくなった将門を両断できる……そういう間合いだったが、躊躇ちゅうちょなく退いた。その英断もまた、王のなせる技だろう。

 将門の全身から、凛冽りんれつたる闘争心が湧き上がる。

 まさか、将門も既にソウルアーツを?

 だが、その答えはこの場では明らかにならなかった。


「双方、それまでです! ……まったく、なんということでしょう」


 不意に、闘争の空気が弾けてかき消えた。

 そして、天女の羽衣はごろものような薄布を纏った女性が割り込んでくる。長く伸びた耳は、エルフとかいう種族、亜人だ。だが、閃治郎には怜悧れいりな横顔が不愉快そうにゆがんでいるのが見えた。

 ああいう顔は、いつも一緒のリシアは見せてくれない。

 だが、整い過ぎたエルフの美貌は、無機質な怒りに凍りついていた。


何故なぜ、エインヘリアル同士で争うのです! シャルルマーニュ、ナイトの座に集う者のおさが、これではこまります!」

「これはこれは……我らが巫女殿みこどの

「すぐに剣を引き、明日の戦いに備えなさい!」

「明日の戦い、と言いますと? ああ、例の神々の黄昏ラグナロクとかいうやつですかな?」

「そうではありません。とにかく、サムライなどという新参者を相手に、あまりに軽率!」


 エルフはどうやら、ナイトの座を守護する巫女のようだ。

 だが、その視線はちらりと閃治郎を見て、失望とも侮蔑ぶべつとも取れる眼差しを反らした。

 確か、シャルルマーニュや桜蘭といった騎士……ナイトというのは、このヴァルハランドでも古参の歴史ある職業である。

 その長に等しいシャルルマーニュを、エルフは不機嫌そうにたしなめていた。

 そして、閃治郎にも聞き覚えのある声が響いて、真琴マコトが声を上げる。


「あっ、リシア! こっちだよ、こっちー!」

「マコト様! センジロウ様も……ご無事ですか? この王都にモンスターだなんて」

「そっちよりも今、まーくんとシャルルマーニュさんが……あ、でも、終わったみたい」


 息を切らせて走ってきたのは、リシアだ。

 彼女は立ち止まると、膝に手をつき呼吸をむさぼる。

 ややあって、ようやく呼吸を整えるや周囲を見渡した。


「エインヘリアル同士でのいさかいは、勇者庁ゆうしゃちょうによって禁止されています。マサカド様、どうか剣をお引きください」

「ん、まあ……そうじゃなあ。きょうがれた。またの機会にしようぞ!」

「今後も駄目ですっ!」

「そ、そうか。ふむ……じゃが、シャルルマーニュとやら! いや、カール大帝……どっちでもいいが、よきいくさじゃった! 次に会うまで、その首を預けておくぞよ?」


 将門に悪びれた様子は、微塵みじんもなかった。

 そしてそれは、シャルルマーニュも同じようである。

 シャルルマーニュが剣をさやに収めると、その肉体が急激にしぼんでゆく。威厳に満ちたカール大帝の姿は、すぐに先程の小さい少年の矮躯へと凝縮されて消えた。


「まあ、楽しみはあとに取っておこうか。ところで、将門だったね」

「おうよ! 言い残すことはあるか、シャルルマーニュとやら」

「また、試合を……死合しあいをしよう。それで、勝った方が負けた方をデートに誘うんだ。どう?」

「でぇと? ああ、逢瀬おうせのことであるか! よいぞ、じゃがワシは男なんじゃが」

些細ささいないことさ、美しい人。では、次を楽しみにしてるよ。桜蘭、戻ろうか」


 あくまで王者の威厳を保ったまま、シャルルマーニュは桜蘭を連れて去っていった。

 閃治郎もようやく、一心地で深い溜息を吐き出す。

 だが、どうやらリシアはナイトの巫女にたっぷりとお小言を言われているようだった。ひたすらに恐縮して、何度も頭を下げるリシア。それに対して相手は、どこか見くびるような傲慢さを隠しもしなかった。

 そして、二人の会話から知ることになる。

 明日、エインヘリアルたちを総動員して、勇者庁がモンスターの駆除を行うらしい。それには、あらゆる座のあらゆるエインヘリアルが、参加することになっているようだった。

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