第16話「閃治郎、覇者ノ闘気ニ驚愕ス」

 桜蘭ロウランの協力もあって、閃治郎センジロウは無事にモンスターを撃退できた。

 だが、ようやく安全になった民たちは、皆が不安げだ。どうやらこの王都ヴォーダンハイムが、直接モンスターに襲われたことが驚きらしい。

 ヴォーダンハイムは、閃治郎が知る江戸や大阪、京のみやこよりも巨大だ。

 周囲を城壁に覆われ、あちこちに高い尖塔せんとう幾重いくえにも並んでいる。前後左右の他に、上下にも都市整備が考えられた、とても進んだ文明の土地である。

 それだけに、鉄壁の防備に安心していた民の心配ももっともだ。

 それでも、桜蘭はよく通る声で周囲に声をかける。


「安心せよ、ヴォーダンハイムの民よ! 我ら、ナイトの座に集いし騎士が、必ず王都を守る! 我が主君シャルルマーニュ殿下と、この宝剣デュランダルに誓おう!」


 剣を高々と天へ振り上げ、桜蘭はよどみなく宣言した。

 その姿は、まさに勝利の女神……凛々りりしい表情は、戦乙女いくさおとめヴァルキリーに選ばれたエインヘリアルに相応しい。

 どこか猪突猛進ちょとつもうしんで融通がきかないところがあるが、その腕は閃治郎も認めるところだ。

 堂々たる女騎士の声に、周囲から感嘆かんたんの声があがる。


「おお……騎士様だ! そうだ、ナイトはエインヘリアルで最も強き者たち!」

「座を守る巫女様も、あのハイエルフ十二氏族ゾディアック・クラン筆頭家の御令嬢ごれいじょうだ」

「さっきも騎士様たちが、モンスターを撃退してくれたんだ。これなら、きっと大丈夫だ!」

神々の黄昏ラグナロクが予言されてより、すでに数百年……ウォーリアーやウィザード、クレリック、そしてナイトといった英雄たちが守ってくれる! ヴァルハランドの平穏は約束されているんだ!」


 残念ながら、比較的新しいガンナーやサムライの話は出てこない。

 だが、それでいい。

 閃治郎は元より影の戦力、歴史にすら名を残さぬ新選組零番隊しんせんぐみゼロばんたいの組長なのだから。戦いなど、記憶する価値はない。戦いを知らずに平和に暮らす民、そして国に価値があるのだ。

 それでもえて言うなら、仲間のことをいつか知ってほしい。

 新選組の男たちがそうだったように、閃治郎には誇れる仲間がいるのだから。

 その一人が、背後から元気そうに声をかけてくる。


「セン! やったね。怪我した人が少しいたけど、被害は少ないみたい」


 振り返ると、笑顔の真琴がこぶしを突き出してくる。

 グッと立てた親指サムズアップの、その意味はわからない。だが、なんとなくめでたいものに思えて、閃治郎も大きくうなずいた。

 そんな真琴の隣には、まだシャルルマーニュがくっついている。

 小柄な彼を見ていると、やはり先程の人影が気になった。

 閃治郎の視線に、悪びれることなくシャルルマーニュは真琴を抱き寄せる。


「ん、どうしたんだい? ええと、閃治郎だったね」

「助かりました、シャルルマーニュ殿下」

「あ、それ? やーめよーよぉ。桜蘭にも言ってるんだけどね、彼女はどうしてもまた、僕を王にしたいって言うしさ」


 当たり前だが、エインヘリアルは生前の記憶を持っている。

 自分が生まれた土地、尽くした国家や馴染なじんだ風土を覚えているのだ。

 王を目指していた者であれば、当然その理想を持っているのである。


「ちょっと、あの、シャルルマーニュ殿下っ! もー、いつまで……ほら、肩! はな、れな、さいっての!」

「ハッハッハ、シャイなんだな。では、僕らも退散するとしようかな」


 真琴に脇腹わきばらへとの肘鉄ひじてつを打ち込まれて、ようやくシャルルマーニュは彼女から離れた。だが、ちゃっかりと真琴の手を取りうやうやしく跪く。

 どうも騎士の連中は、いちいちやることが仰々ぎょうぎょうしい。


「では、かわいい人……確か、そう、真琴。うん、いい名だ。真琴、またいつかお会いしましょう。んでもって、できれば愛し合いましょう、なんてね」


 真琴の手にくちびるを寄せて、ニッコリとシャルルマーニュは笑う。

 これはだなと、流石さすがの閃治郎も苦笑がこぼれた。人たらし、時々いる妙なうつわや才気、魅力を持つ人種である。たちが悪いのは、この手のやからは実力が伴わない者も多いということだ。

 だが、先程のシャルルマーニュの剣は、見事の一言に尽きる。

 どうやら騎士たちは、攻守両面において卓越した剣技を持っているようだ。


「さて、桜蘭。そろそろ戻ろうか。あ、真琴はその格好だと、いわゆる近代の人間なのかな? ねえねえ、携帯電話とかいうの、持ってるかい?」

「ほへ? あ、うん……リシアの魔法のおかげで、精霊に充電してもらってるけど。ほら」

「おっ、ちょっと見ない型だねえ。板切れじゃないか。まあいい、メアドを交換しよう」

「あ、うん……って、ええーっ!?」


 メアド、とは?

 だが、ふところからシャルルマーニュは奇妙なものを取り出した。小さいが、どうやらからくりのたぐいらしい。パカリとそれを開いて、少年は赤外線がどうとか言いだした。

 真琴は驚きつつも、勢いに流されそのメアドとやらを交換したらしい。


「結構、僕から見て凄い未来の人も来ててねー。で、電話ってのも便利だよね、と。よし! またメールするよ、真琴。今度、是非ぜひ食事でも一緒に」


 それだけ言って、シャルルマーニュはきびすを返した。

 だが、彼の隣に立つ桜蘭が閃治郎をにらんだ。


「閃治郎! 助力には感謝する。だが……先程、屋根の上に不穏な気配を感じた」

「……桜蘭殿も感じていたか」

「最近、嫌な噂を聞いたことがある。……サムライなる新参者の中に、妙な女がいるそうだな」


 思わず閃治郎は、気付けば自然と背に真琴をかばっていた。

 だが、桜蘭の追求の声は鋭く尖る。


国盗くにとりを公言してはばらぬとか……クッ、怪しい!」


 真琴が「あちゃー」と顔を手で覆った。

 ようやく話が読めて、閃治郎もフムとうなる。

 思い当たるふしがある……将門マサカドだ。

 将門は、確かに始めてみた者は女と見間違えるだろう。そして、確かに彼は国盗りを声高に叫んでいた。平将門タイラノマサカドは、かつて関東一円を統一し、日ノ本ひのもとの中に新たな国を作ろうとした英傑えいけつである。

 それが怪しいと、桜蘭は言うのだ。


「ま、待ってほしい。将門殿はそういう人間では」

「そうだよ! まーくんは悪い人じゃないんだから!」


 珍しく真琴も気色ばむ。

 勿論もちろん、閃治郎だって仲間を疑われては黙っていられない。

 だが、一触即発の空気が重く垂れ込める中、呑気のんきな声が響いた。


「おうおう、小僧こぞう! 真琴も一緒かや? カカッ! なんの話をしてるかと思えば……ワシ、有名人じゃなあ! どうした? もっとワシをたたえろ! 句を読め、歌に歌うんじゃ」


 誰であろう、将門その人が現れた。

 だが、その格好に思わず閃治郎は言葉を失う。

 将門は、洋服を着ていた。

 それも、婦人用のスカートをはき、たけの長い上着を肩に引っ掛けている。どこか土方歳三ヒジカタトシゾウを思い出させる、堂に入った洋装だった。美貌の麗人に見えるが、男である。

 そして、見目麗しい洋服姿は、腰に太刀たちをぶら下げていた。

 ほおが赤いのは、恐らく酒を飲んでいるのだろう。


「それで、じゃ……そこな小娘! ……ワシに文句があるなら、ワシに言わんか」


 一瞬で空気が凍った。

 周囲で遠巻きに見守る、民たちのささやきとつぶやきすら消え失せる。

 将門はまだ笑顔だが、閃治郎にもはっきりとわかる殺気がみなぎっていた。

 そして、その凛冽りんれつたる気迫が桜蘭に向けられていた。

 瞬間、シャルルマーニュが肩をすくめて呟く。


「抜いちゃ駄目だよ、桜蘭……いいね? インラン」

「このような挑発に私が――」

「だから、剣から手を放しなさいって」

「はっ!? い、いつのまに クッ!」


 インランとは、桜蘭の中国語読みである。

 そう、桜蘭は腰のデュランダルをつかんでいた。彼女の騎士としての本能が、危機を察して警戒心が励起れいきしたのだ。

 彼女は、剣のつかを握ったままで堪えている。

 まるでへびに睨まれたかえるのように、動けない。

 そして、将門は無防備にゆらゆらと桜蘭に歩み寄った。


「騎士だかなんだか知らんがのう……坂東武者ばんどうむしゃめぬことじゃ。……斬り捨てるぞ、小童こわっぱが!」


 既に将門は、桜蘭の剣の間合いに入っている。

 防御も回避も不可能な距離で、その構えすら見せない。

 だが、桜蘭はただ硬直して震えるしかできなかった。

 改めて閃治郎は、将門の本気に驚く。

 そして、そんな緊張感の中で動ける、シャルルマーニュにも目を見張った。


「まぁまぁ、やーめよぉ? ね? うちの子が悪かったね、美しい人。できれば是非、おびに夕食などいかがかな? 僕はね、美人に弱いんだ。それに……美人は斬りたくない」

「ワシは男じゃから、遠慮は無用ぞ? 南蛮なんばんの王子よ」

「あ、男なんだ。……ま、いっか。素敵なディナーがいいか、それとも」


 瞬間、閃治郎は言葉を失った。

 呼吸すら止まったかも知れない。

 気付けば、二人は剣と刀で切り結んでいた。

 拮抗する鍔迫つばぜいへ至る動きが、閃治郎には全く見えなかった。新選組で最高峰の剣技を誇る、あの沖田総司オキタソウジのような神速の太刀筋である。

 一歩もゆずらず刃をぶつけ合いながら、二人は笑っていた。


「ハハッ! ワシの剣を受けおるか……小僧、名は!」

「シャルルマーニュだよん、美しい人……そうか、貴方あなたが平将門か。国盗り狙ってるって、マジで?」

「大真面目じゃ! お主とて一国の王であろう!」

「そうだったんだけどね、なんか少年時代の姿になっちゃって。でも、いいよねえ……自分の国。最高だよねえ!」

「おうよ! ワシは今度こそ、楽土を作る。飢えややまいのない、民百姓たみひゃくしょうのための国をのう!」


 閃治郎は勿論、桜蘭も二人の間に割って入れないようだった。

 極限の力を持つ者同士の戦いを、ただ見守ることしかできないのだった。

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