第16話「閃治郎、覇者ノ闘気ニ驚愕ス」
だが、ようやく安全になった民たちは、皆が不安げだ。どうやらこの王都ヴォーダンハイムが、直接モンスターに襲われたことが驚きらしい。
ヴォーダンハイムは、閃治郎が知る江戸や大阪、京の
周囲を城壁に覆われ、あちこちに高い
それだけに、鉄壁の防備に安心していた民の心配ももっともだ。
それでも、桜蘭はよく通る声で周囲に声をかける。
「安心せよ、ヴォーダンハイムの民よ! 我ら、ナイトの座に集いし騎士が、必ず王都を守る! 我が主君シャルルマーニュ殿下と、この宝剣デュランダルに誓おう!」
剣を高々と天へ振り上げ、桜蘭は
その姿は、まさに勝利の女神……
どこか
堂々たる女騎士の声に、周囲から
「おお……騎士様だ! そうだ、ナイトはエインヘリアルで最も強き者たち!」
「座を守る巫女様も、あのハイエルフ
「さっきも騎士様たちが、モンスターを撃退してくれたんだ。これなら、きっと大丈夫だ!」
「
残念ながら、比較的新しいガンナーやサムライの話は出てこない。
だが、それでいい。
閃治郎は元より影の戦力、歴史にすら名を残さぬ
それでも
新選組の男たちがそうだったように、閃治郎には誇れる仲間がいるのだから。
その一人が、背後から元気そうに声をかけてくる。
「セン! やったね。怪我した人が少しいたけど、被害は少ないみたい」
振り返ると、笑顔の真琴が
そんな真琴の隣には、まだシャルルマーニュがくっついている。
小柄な彼を見ていると、やはり先程の人影が気になった。
閃治郎の視線に、悪びれることなくシャルルマーニュは真琴を抱き寄せる。
「ん、どうしたんだい? ええと、閃治郎だったね」
「助かりました、シャルルマーニュ殿下」
「あ、それ? やーめよーよぉ。桜蘭にも言ってるんだけどね、彼女はどうしてもまた、僕を王にしたいって言うしさ」
当たり前だが、エインヘリアルは生前の記憶を持っている。
自分が生まれた土地、尽くした国家や
王を目指していた者であれば、当然その理想を持っているのである。
「ちょっと、あの、シャルルマーニュ殿下っ! もー、いつまで……ほら、肩! はな、れな、さいっての!」
「ハッハッハ、シャイなんだな。では、僕らも退散するとしようかな」
真琴に
どうも騎士の連中は、いちいちやることが
「では、かわいい人……確か、そう、真琴。うん、いい名だ。真琴、またいつかお会いしましょう。んでもって、できれば愛し合いましょう、なんてね」
真琴の手に
これはたらしだなと、
だが、先程のシャルルマーニュの剣は、見事の一言に尽きる。
どうやら騎士たちは、攻守両面において卓越した剣技を持っているようだ。
「さて、桜蘭。そろそろ戻ろうか。あ、真琴はその格好だと、いわゆる近代の人間なのかな? ねえねえ、携帯電話とかいうの、持ってるかい?」
「ほへ? あ、うん……リシアの魔法のおかげで、精霊に充電してもらってるけど。ほら」
「おっ、ちょっと見ない型だねえ。板切れじゃないか。まあいい、メアドを交換しよう」
「あ、うん……って、ええーっ!?」
メアド、とは?
だが、
真琴は驚きつつも、勢いに流されそのメアドとやらを交換したらしい。
「結構、僕から見て凄い未来の人も来ててねー。で、電話ってのも便利だよね、と。よし! またメールするよ、真琴。今度、
それだけ言って、シャルルマーニュは
だが、彼の隣に立つ桜蘭が閃治郎を
「閃治郎! 助力には感謝する。だが……先程、屋根の上に不穏な気配を感じた」
「……桜蘭殿も感じていたか」
「最近、嫌な噂を聞いたことがある。……サムライなる新参者の中に、妙な女がいるそうだな」
思わず閃治郎は、気付けば自然と背に真琴を
だが、桜蘭の追求の声は鋭く尖る。
「
真琴が「あちゃー」と顔を手で覆った。
ようやく話が読めて、閃治郎もフムと
思い当たる
将門は、確かに始めてみた者は女と見間違えるだろう。そして、確かに彼は国盗りを声高に叫んでいた。
それが怪しいと、桜蘭は言うのだ。
「ま、待ってほしい。将門殿はそういう人間では」
「そうだよ! まーくんは悪い人じゃないんだから!」
珍しく真琴も気色ばむ。
だが、一触即発の空気が重く垂れ込める中、
「おうおう、
誰であろう、将門その人が現れた。
だが、その格好に思わず閃治郎は言葉を失う。
将門は、洋服を着ていた。
それも、婦人用のスカートをはき、
そして、見目麗しい洋服姿は、腰に
「それで、じゃ……そこな小娘! ……ワシに文句があるなら、ワシに言わんか」
一瞬で空気が凍った。
周囲で遠巻きに見守る、民たちの
将門はまだ笑顔だが、閃治郎にもはっきりとわかる殺気が
そして、その
瞬間、シャルルマーニュが肩を
「抜いちゃ駄目だよ、桜蘭……いいね? インラン」
「このような挑発に私が――」
「だから、剣から手を放しなさいって」
「はっ!? い、いつのまに クッ!」
インランとは、桜蘭の中国語読みである。
そう、桜蘭は腰のデュランダルを
彼女は、剣の
まるで
そして、将門は無防備にゆらゆらと桜蘭に歩み寄った。
「騎士だかなんだか知らんがのう……
既に将門は、桜蘭の剣の間合いに入っている。
防御も回避も不可能な距離で、その構えすら見せない。
だが、桜蘭はただ硬直して震えるしかできなかった。
改めて閃治郎は、将門の本気に驚く。
そして、そんな緊張感の中で動ける、シャルルマーニュにも目を見張った。
「まぁまぁ、やーめよぉ? ね? うちの子が悪かったね、美しい人。できれば是非、お
「ワシは男じゃから、遠慮は無用ぞ?
「あ、男なんだ。……ま、いっか。素敵なディナーがいいか、それとも」
瞬間、閃治郎は言葉を失った。
呼吸すら止まったかも知れない。
気付けば、二人は剣と刀で切り結んでいた。
拮抗する
一歩も
「ハハッ! ワシの剣を受けおるか……小僧、名は!」
「シャルルマーニュだよん、美しい人……そうか、
「大真面目じゃ! お主とて一国の王であろう!」
「そうだったんだけどね、なんか少年時代の姿になっちゃって。でも、いいよねえ……自分の国。最高だよねえ!」
「おうよ! ワシは今度こそ、楽土を作る。飢えや
閃治郎は勿論、桜蘭も二人の間に割って入れないようだった。
極限の力を持つ者同士の戦いを、ただ見守ることしかできないのだった。
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