第15話「閃治郎、ぱらでぃんト共闘ス」

 民の悲鳴は閃治郎センジロウを変える。

 京都守護職きょうとしゅごしょくとして、不逞浪士ふていろうし怪異かいいと戦うのが新選組だ。その剣は、無辜むこの民をみやこごと守るためにあるのだ。

 即座に閃治郎は、往来へと飛び出て身構える。

 すぐ隣で、りんとした少女の声が響いた。


「この気配……王都ヴォータンハイムにモンスターだと!?」


 素直に閃治郎は驚き、同時に納得した。

 先程の女騎士、桜蘭ロウランの身のこなしは見事なものだった。自分とたがわぬ速さで即座に臨戦態勢、しかも敵意の本質を見抜いている。

 二人は同時に、殺気が満ちた空を見上げた。


「なんと、先日のぬえもどき! ……おかしい、昨日僕たちが討伐したはずだが」


 そこには、先日戦ったグリフォンが飛んでいた。

 見るからに大きな群れのおさが一匹、そして小振りなのはグリフォンの子ヒポグリフだ。ざっと数えても、十匹以上は飛んでいる。

 しかも、逃げ惑う民を脅かしているのは、グリフォン自体ではなかった。


貴公きこうにも見えるか? ……何故なぜ、モンスターがあのような行動を!」

「ああ、見えているとも。僕にもわからないが、これは……これはまるで」


 グリフォンやヒポグリフの背には、武装した巨漢が乗っている。

 よく見れば、牙の生えた獣貌じゅうぼうの戦士たちだ。

 顔はいのししのようで、突き出た鼻を鳴らして互いに呼びかけあっている。


「……僕は昔、絵草紙えぞうしで見たことがあるぞ。桜蘭、あれは貴女あなたの国の西遊記とかいう」

天蓬元帥てんぽうげんすいこと猪八戒ちょはっかい様ではない! クッ、無礼な……元帥はオークに似ている自分を気にしておられるのだぞ?」

「そ、そうなのか!? 会ってきたようなことを言う」

「ヴァルハランドは神々の国、諸国の神話が交わる土地だからな。ま、まあ、お会いした時は私も流石さすがに驚いたが」


 だが、今は呑気のんきなことを話している余裕はない。

 今朝ちらっと新聞で見た気がする……確か、東の村がオークに襲われたと。今まで、閃治郎にとって魔物は害獣、野の獣のようなものだった。

 しかし、今は違う。

 敵は統率とうそつされ、モンスター同士が長所を持ち寄り連携している様子だ。

 グリフォンの機動力で、王都の中心部へとオークを送り込む……これはすでに、なんらかの軍略が働いていると見て間違いない。


「おい、確か閃治郎とかいったな。やれるか?」

「無論だ」

「見ろ、オークの一部が降りてくる。民を守らねば……騎士の挟持きょうじにかけて!」


 桜蘭は腰の剣を抜き放った。

 それを正面で、天へと捧げるように真っ直ぐ構える。

 騎士の作法にのっとった儀礼で、張りのある声が叫ばれた。


「我こそはシャルルマーニュ殿下の騎士、桜蘭! 宝剣デュランダルを恐れぬなら、かかってくるがいい!」


 堂々と名乗りを上げて、桜蘭は両手で剣を身構えた。

 その頃にはもう、地を蹴る閃治郎はオークの一団に接触していた。

 突然、街の中に出現した、それは戦場……あっという間に、人々が逃げ惑う地獄絵図じごくえずが広がってゆく。

 即座に閃治郎は、居合いあいの一撃で手近なオークを斬り伏せる。

 くぐもった絶叫と共に、胴体を横一文字に裂かれた巨体が倒れた。


「ここは僕が引き受けた! 落ち着いて避難を! 真琴マコト殿は……おお、ありがたい!」


 ちらりと見やれば、真琴も懸命に人々を誘導していた。

 こういう時、彼女が振るう剣は道を指し示す。敵を斬るよりも、何倍もの人間を救える気がするのだ。

 真琴とて、モンスターは恐ろしいだろう。

 だが、勇気を奮い起こす彼女が、閃治郎には立派なサムライに見えた。

 そのままさやへと剣を戻して、返す刀で再度抜刀ばっとう……棍棒こんぼうを振りかぶったオークを払い抜ける。背後でドサリと、肥満体に近い巨躯きょくが倒れた。

 抜刀と納刀のうとう、それ自体が流れるような一連の動作だ。

 そして、わずかに生じるすきを狙った急降下が、絶叫と共に両断された。


「貴公、抜け駆けだぞっ! 私が名乗りをあげてる隙に!」

「なにを呑気のんきなことを言ってるんだ」

「騎士の戦いは、常に誇り高くなければいけない! ……特に、私は! フランツ王国の人間ではないから! 誰よりも騎士たらんと身を正さねばならんのだ」

「……それは、理解できる。僕たちも同じだからな」


 桜蘭は閃治郎と同じアジア人だ。

 どういう経緯かは知らないが、彼女の一族は国を出て、西へ西へと旅し……あのシャルルマーニュの臣下になったらしい。フランツ王国というのはもしや、イギリスと共に日本へ介入してくる、あのフランスのことだろうか?

 だが、閃治郎は桜蘭に奇妙な共感を覚えた。

 互いに背を守ってかばいつつ、阿吽あうんの呼吸でオークを斬り倒してゆく。


「桜蘭殿は、騎士の一門の出ではないのか? 確か騎士とは、西洋では貴族の階級でもあると聞いているが」

「私はどこまでいっても、とうの国に生まれた女だ。だがっ! この忠節はすでにシャルルマーニュ殿下のもの……騎士である以上に、騎士であらねばならん!」

「僕たちと、新選組と同じだな。ならば、やることは一つだ」

「ああ! 有象無象うぞうむぞうのオーク共っ! この桜蘭、決して負けはせぬっ!」


 騎士と武士、生き方は違えども、同じ方向を向いている。

 少なくとも、閃治郎と桜蘭は同じものを見据みすえている気がした。

 それは、民と国の平和。


「そういえば、沖田さんたちも剣の名前を名乗ってたっけな……菊一文字きくいちもんじとか、さっ!」


 閃治郎の脳裏を、懐かしい記憶が蘇る。

 神速の達人剣士、沖田総司を思い出せば、自然と居合の技が冴え渡った。

 新選組の隊士の中には、業物わざものの刀を借り受けたり、譲り受けた者も多かった。元より武家の家に生まれた者など、数えるほどしかいなかったのである。質屋しちや商人あきんどたちは、死蔵されている名刀を貸してくれた。

 その礼として、隊士は名乗る声に剣のを添えて、宣伝をしたのである。

 勿論、銘も無き神剣を振るう閃治郎には、縁のない話だった。


「フッ、やるな! 閃治郎とやら!」

「貴女も、女性とは思えぬ剣のえだ」

「この宝剣デュランダルには、聖人の加護かごが満ちている。偉大なるトロイアの英雄より受け継がれし、この刃に私の正義は宿っているのだ!」

「やれやれ……暑苦しい騎士様だ」


 互いに競うように、オークを斬る。

 上空から襲い来るヒポグリフも、どちらからとも言わず叩き落とした。

 打ち合わせの言葉は必要ない。

 剣を振るう互いの覇気が、無言の連携を完璧に繋げていた。二人はまるで、一つの刃のように剣舞けんぶおどる。その刃に触れた敵意は、血煙ちけむりと共にバタバタと倒れていった。

 だが、モンスターを掃討しつつある中、閃治郎は違和感を感じる。


「おかしい……計画的な襲撃に見えて、妙にもろい。桜蘭殿、これは――」


 桜蘭は、美貌に汗を光らせ剣を振るっていた。

 両刃の剣は斬れ味鋭く、輝く刀身の斬れ味は恐るべきものだ。だが、桜蘭は総崩れとなったモンスターたちへの攻撃をやめようとしない。このまま放っておけば、単騎で追撃に出てしまうのではと思われる程だった。


「いや待て……それを敵は狙っているのか? とりあえず、桜蘭殿!」

「なんだ、閃治郎! 怖気おじけづいたか? 私の剣技に見惚みとれたか!」

「いや、それはありないが……」

「ハッハッハ! 照れるな照れるな。さあ、宝剣デュランダルよ、民の敵を討て!」


 奇妙な違和感は今や、不安となって閃治郎の胸中に広がっている。まるで、空を覆う黒いきりだ。こんな時、自分の剣士としての直感を疑ったことはない。

 なにかある……そう思ってくれたのは、閃治郎だけではないようだった。


「そこまでだよ、桜蘭! もういいっしょ、ね? モンスターは逃げてくが、ここは王都のド真ん中……すぐに城の衛兵やヴァルキリーたちが飛んでくるさ」

「し、しかし、殿下! ……殿下? その、なんです? 鼻の下なんか伸ばしちゃって」

「いやぁ、騎士ってのはねえ桜蘭。君主ロードと美しき御婦人レディのために戦うもんなんだよ」

「当然です! ですからこうして私が……それなのに殿下は」


 桜蘭をいさめてくれたのは、シャルルマーニュだ。

 彼自身も、お付きの騎士たちを従え剣を振るってくれたようだ。だが、何故なぜだろう……シャルルマーニュは当然のように、真琴の肩に手をかけている。小柄な身体で精一杯背伸びしてまで、真琴を抱き寄せているのだ。

 そして、そんな無理な姿勢なのに、不可解な程に剣技が冴え渡る。

 疾風しっぷうごと太刀筋たちすじだが、剣も速いが手も早い。


「真琴殿」

「あっ、ちち、ちがっ、違うのセン! これは」

「いや、シャルルマーニュ殿には感謝だな。真琴殿が安全でなければ、落ち着かん」

「セン……あ、あのね。他に言うこと……ない?」

「シャルルマーニュ殿、頼み申した! 跳ねっ返りのお転婆てんばだが、大事な仲間……この恩は、剣にて返すのみっ!」


 背中で何故か、真琴の怒るような声が聴こえた。

 ウスラトンカチとか朴念仁ぼくねんじんとか、あとは耳に馴染なじみのない言葉が続く。空気を読めとはどういうことか? ケーワイKYとは? 真琴の時代の日本語は、なかなかに難しい。しかし、自分を責める言葉だと閃治郎には伝わったし、いわれのないことなのでに落ちない。

 やはりせぬ。

 だが、逃げ遅れたオークを処理し、グリフォンが飛び去るのを見送った。

 片付いたようだが、やはりまだ違和感がなにかを訴えかけてくる。


「やはり妙だ。――ムッ! 誰だ、あれは……!」


 ふと視線を感じた。

 突き刺すようにとがって、それでいて湿ったような暗い眼差しだ。

 ふと振り向き見上げれば……尖塔せんとうの上で謎の人影が見下ろしている。頭から目深にフードを被り、全身をマントでおおった矮躯わいくだ。そう、酷く小さい……真琴は勿論もちろん、シャルルマーニュよりも小さい。

 その姿は不穏な気配を残したまま、瞬時に閃治郎の視界から消えてしまうのだった。

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