第14話「閃治郎、休日ニ女騎士ト遭遇ス」

 改めて街に出ると、普段とは違った賑わいが閃治郎センジロウを出迎えた。

 大通りに人があふれ、雑多ないでたち者たちが往来を行き交う。西洋や大陸の風土を感じさせる者たちもいるが、見たこともない装束しょうぞくの人間も少なくなかった。

 混み合う中で自然と、真琴マコトと密着しながら歩く羽目はめになった。


「真琴殿、僕から離れないことだ。迷子になられても困るからな」

「あ、うん……って、てて、てっ! ……手、を、あ、う」

「こっちだ、すでに店の目星は付けてある」


 混雑の中で自然と、閃治郎は真琴の手を握っていた。やはり、剣を取るサムライとは思えぬほどに、やわらかく小さな手だ。彼女が言うスポチャンとやらも、閃治郎が知ってる道場剣術とは違うようである。

 ともあれ、日曜日というもののはなやいだ空気には、閃治郎も驚くばかりだった。

 やがて二人は、剣や鎧を扱う武具屋へとたどり着く。


「……あのさ、セン」

「ん? どうかしたか? 真琴殿、ここの品揃えはなかなかで、先日将門マサカド殿に」

「買い物っていうのはね、セン」

勿論もちろん。真琴殿にも、ちゃんとした剣と、あとはできれば防具を……怪我をしては大変だからな」


 何故なぜ、真琴はふくれっ面でくちびるとがらせているのだろうか?

 せぬ……やはり、さっぱりわからぬ閃治郎だった。

 以前、京のみやこにいたときも経験がある。隊士の仲間内で花街はなまちにでかけても、どうにも閃治郎には女というやつが苦手だった。それで遠慮するのだが、いつも夜遊びに駆り出される。

 閃治郎には、自分が顔立ちのいい美男子イケメンだという自覚がない。

 それをダシに、仲間たちが女を遊びに誘おうとしてる魂胆こんたんも見抜けなかった。


「センってさ、なんか……時々ガッカリな子だよね」

「む、ガッカリな子……子とはなんだ、子とは。僕は年上だぞ?」

「はいはーい、そーですねー! ……ガッカリってとこは否定しないんだ」

「……失望させてしまったことは、謝る。すまない。でも僕は」

「ぷっ! いや、ごめん。なんかさ、センって真面目だよね」


 怒ってねたかと思えば、笑い出す。

 やはり女は、わからない。

 だが、どうやら真琴の機嫌はなおったようだ。

 先程から繋いだ手は、今もしっかりと握り返してくる。

 肌から肌へと伝わる体温には、悪い感情の流れは感じられなかった。


「こっちだ、まずは剣だが……まあ、真琴殿には真琴殿の剣がある」

「あ、これ? うーん、流石さすがにこれでモンスターとは戦えないかな」

「戦うだけが剣ではない、と、僕は思う。それに、真琴殿が危険を犯して戦う局面は、今後なるべく作らないつもりだ」


 店内には、所狭ところせましと甲冑や刀剣が置かれている。中には、おとぎ話の金太郎が持つような巨大まさかりもあるし、見慣れぬ機械仕掛けの弓もある。

 そして、真剣な目で品を見定める客たちも、大半がエインヘリアルのようだ。

 エインヘリアル、それはヴァルハランドに招かれし勇者のたましい。その技能に合わせて、職業のに導かれるのだ。

 そんな同じ異邦人たちは、男女を問わず閃治郎と真琴を振り返る。


「ん? そうか……やはりサムライはこの国では珍しいのだな」

「センはその羽織はおりが目立つからねー……そ、それに、ほら、えっと」

「真琴殿を皆、見てるな。可憐かれん乙女おとめをジロジロ見るのは、不躾ぶしつけだ」

「かっ、可憐な乙女!? や、わたしじゃなくて、センを見てるんだと思うけど……」


 乾閃治郎イヌイセンジロウ、どこまでも残念男子だった。

 しかし、そのことに無自覚なままで、彼は店のすみで足を止める。雑貨のたぐいを集めたスペースで、万屋よろずやにしては品揃えがいい。

 やはり、将門の話もあれこれ聞いておいて正解だったと、閃治郎は一人うなずいた。


「真琴殿、さやを……というのは、まあ、違うが。その剣も、そのまま背負って歩くよりは、竹刀や木刀のように入れ物があった方がいいだろう」

「へっ? そ、そう?」

「幸い、僕にもわずかだが手持ちがある。日々の働きで得たものだが」

「あ、お金ならわたしも持ってるよ! いいって、いいって!」

「いや、よくない。……僕が買ってやりたいのだ。先日の礼だと思ってほしい。それに」

「そ、それに……?」


 閃治郎はそこまで言ってから、はたと気付いた。

 今、自分は熱心になにを言っていたのか? 思い返してみれば、今更いまさらになって少し恥ずかしくなってきた。ただ、仲間として、同志として接しているはずなのだが……つい、自分に妹ができたみたいで嬉しかったのかもしれない。

 新選組の中でも、零番隊ゼロばんたい秘匿ひとくされた隠密部隊おんみつぶたいである。

 閃治郎にも、命を預ける部下が何人かいたが、生き残ったのは彼だけなのである。


「そ、その、なんだ! うん、お礼だ! 昨日は、その、ぬえっぽいあれを」

「ああ、グリフォン?」

「そう、その、ぐりほん? とかいう魔物との戦いだ。……僕は、真琴殿に助けられた」

「べっ、別に……そんなの、普通だし。とっ、当然だよっ!」


 ほおを赤らめ、真琴はそっぽを向いてしまった。

 総髪ポニーテイルに結われた髪が、静かに揺れる。

 彼女はいつも、スポチャンとかいう剣術遊戯チャンバラ用の剣を背負っている。そのままひもでたすき掛けにしているのだが、剣は剣だ。武士にとっては、命そのものである。

 どれ、と閃治郎は売り場を見渡し、程よい品を見つけて手を伸ばす。


「これなどがよかろう。丈夫そうだし、それに装飾が綺麗ではないか――ん?」


 閃治郎が手を伸ばしたのは、上品そうな布袋ぬのぶくろだ。長柄んがえのものをしまうためのもので、見たこともない素材で光沢をたたえている。精緻せいち刺繍ししゅうも見事なもので、触れるときぬのような肌触りだった。

 だが、そんな彼の手に、白く細い手が重なる。

 隣を見れば、鎧姿の騎士がこちらを見ていた。


貴公きこう、手を離されよ」

「ああ、済まない。いや、でもこれは僕が」

「クッ、離せ! これを先に見つけて求めたのは、この私だ!」

「……僕の手が早かったように見えるが」


 先に布袋をつかんだのは、閃治郎である。その上から、少女の手が触れてくるのだ。

 少女は、漆黒しっこくつやめく髪を頭で丸くむすんでいる。顔立ちも細面ほそおもてで、切れ長の目が美しい宝石のようだ。一目で大陸の女性だとわかる。

 彼女は手を離そうとしないばかりか、閃治郎をキツい目でにらんでくる。

 背後では真琴がなにかを言おうとしていたが、あえて閃治郎はそれを手で制した。


「僕自身の買い物ならば、女性へゆずりもしよう。だが、今日は大事な品を買い求めに来ているのだ。申し訳ないが」

「それはこちらも同じこと! ……斬るか。クッ、抜け!」

「あいにくと、僕の剣は軽々しく抜いていいものではない。それも人間に、女性に抜くなどと……もう、人は斬りたくないんだ」

「ならばどうする! クッ……品揃えはいいが、私の見立てではこれが一番の品と見たが」

「それには同意だ」


 なんともまあ、物騒な騎士様である。

 だが、彼女の上から目線、不遜ふそんな態度も頷ける閃治郎だった。この世界では先輩格に当たる、将門や足利アシカガが教えてくれたのだ。騎士、いわゆるナイトの座は古来より、多くの英雄が招かれていると。つまり、このヴァルハランドでは最も一般的な職業なのだ。

 サムライなどとは違い、座をつかさどる巫女も名門ハイエルフの女性が選ばれる。

 リシアだって十二氏族ゾディアック・クランなる高家の出だが、その中でもリシアの家は末席まっせきらしい。

 さてどうしたものかと、閃治郎は相手の顔を伺う。

 フンと鼻を鳴らす少女騎士は、鎧の上からでもわかる見事な胸を見せつけるようにふんぞり返った。かなりの自信家のようで、全身から緊張感に満ちたプライドがみなぎっている。

 だが、幼い声が響いて彼女は振り返った。


桜蘭ロウラン、そっちにいるのかい? どうだろうか、君のお眼鏡めがねにかなう品は見つかりそうかい?」


 とても若い、幼いとさえ言える声だった。

 そして、今度は金髪碧眼きんぱつへきがんの少年が現れる。背後には騎士たちをしたがえていて、只者ただものではない雰囲気に閃治郎も驚いた。場にいるだけで、自然と畏怖いふ畏敬いけいの念を吸い上げる……まるで、生まれながらの大君主マジェスティのような貫禄かんろくだ。

 だが、酷く小柄な容姿で、まだまだ遊びたい盛りの子供のようにも見える。

 桜蘭と呼ばれた少女騎士は、手を引っ込めるやその場に片膝かたひざを突いた。


「我が君、シャルルマーニュ殿下でんか

「はは、そういうのやめよーよ。ね、桜蘭? 君は僕の騎士である前に、友人じゃないか」

「しかしながら、殿下。西へ西へと放浪した我が一族を、殿下は手厚くぐうし――」

「もー、そういうのね、いいから。ね? ほら、立って。そっちの人たちもドン引きしてるじゃないのさ」


 シャルルマーニュ……少年はそう呼ばれて、苦笑くしょうこぼしている。

 それでも桜蘭が立たないので、彼は閃治郎と真琴とを見てかたすくめた。

 どうも、人当たりのいい人物のようで、王とうやまわれても気さくさを隠そうともしない。


「ごめんねー、ええと……桜蘭と同じ東洋人みたいだけど、君、名は?」

「僕は乾閃治郎、こっちは」

神凪真琴カンナギマコトです! あ、あの、もしかしてシャルルマーニュって」


 どうやら真琴は、彼のことを知っていらしい。

 驚く彼女を見て、シャルルマーニュは嬉しそうにほおくずす。年相応どころか、それ以上に幼くあどけない印象だ。年の頃はそう、とおかそこいらに見える。


「あっ、僕のこと知ってる? カール大帝ことシャルルマーニュだよん」

「だ、だよん、て」

「で、こっちのかわい子ちゃんは、桜蘭。彼女は東洋人だけど、信頼できる騎士さ」

「……ひょっとして、桜蘭って……ローラン、なの!?」


 おずおずと立った桜蘭は、フンと鼻を鳴らした。

 どうやら二人共、西洋の騎士としては高名な者たちであるらしい。そのことを真琴が耳打みみうちしてくれるが、閃治郎も二人が只者ではないことは理解できた。


「私としては、殿下。本当は故郷の発音でインランと」

「いや、それ困るなあ。ほら、僕の一番の騎士が淫乱いんらんって」

「クッ! 殿下! 全然っ、違います! 桜蘭でインランなんです!」

「まあまあ、いつものことじゃん? それより買い物だよ、桜蘭」


 なにやら、シャルルマーニュ少年のマイペースっぷりに、桜蘭は振り回されているみたいだった。どういう訳かはわからないが、伝説の騎士ローランは……チャイナドレスが似合いそうな中華美人ちゅうかびじん、桜蘭なのだった。

 だが、シャルルマーニュがなにかを言いかけた時……不意に外の往来で、人々の悲鳴が響き渡るのだった。

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